136 破魔の剣の捜索
俺たち動物軍の精鋭が富士山麓に向かったのは平成2年、1990年3月3日。ポール・マッカートニーが初来日公演を行った日だ。
説明しよう。
ポール・マッカートニーとは1960年代に世界的な人気を誇ったバンド、ザ・ビートルズの中心メンバーの一人。1980年に初来日の予定だったが、成田空港で大麻所持で逮捕され、国外退去処分を受けたため、そこから初来日まで13年もかかったのである。
この一週間前から、俺たち動物軍は渋谷区にある真王教総本部の徹底的な捜索を行った。とはいえ、犬や猫などの動物では真王教本部に潜入できるはずもない。潜入メンバーの中心は、スズメのチュン太をリーダーとし、ネズミのマッキーを潜入捜索の中心とする「ネズミ偵察部隊」だ。
捜索内容は言わずもがなだが、本部のどこかに『退魔の剣』が隠されていないか、その一点だ。この捜索は「魔王に発見され、魔王軍に取り込まれてしまうこと」が最大の懸念点だった。だが魔王は気づいているのかいないのか、動物軍の創作の障害になることは一度もなかったという。
結論から言えば、真王教総本部に『退魔の剣』はなかった。唯一時間がかかったのは、信者から集めたお布施を管理している大金庫の中身を調べることだったが、ネズミのマッキーが48時間連続で大金庫のある部屋に張り付くという苦労の上、大金庫には『退魔の剣』らしきものはないという結論を得た。
「だけどね、すんごくお金いっぱい入ってたチュー。ざっと数億円はあったチューよ!」
「うむ。奴らは現在静かな流行を迎えている、自分用のコンピュータという機械を売って利益を上げているようだな」
コンピュータという言い方が俺にはちょっと引っかかった。コンピュータ、ってパソコンのことだろうとはわかるが、まだこの時代はスマホどころか、インターネットすら一般的には普及していないのだ。
うん……? また何かが心に引っかかった。だけどやはり思い出せない。何が引っかかったのかすらわからないのだ。すごくモヤモヤする……
とにかく『破魔の剣』があると思われるのは、富士山麓にある真王教の建物3つ「第2ハジュン」「第6ハジュン」「第7ハジュン」のどれかであろうというのが、現在のところの動物軍の見解なのだ。
「それでは、ワシが考えた潜入メンバーおよびサポート本部を発表する」
多摩川第18地区の集会所に集まった動物軍の精鋭達はゴクリと息を飲む。
「まずはサポート本部には佐藤さんと相田さん。そしてワシ、ウシダが本部長、アフロディーテが副本部長。護衛は勇者モフ。チュン太率いる通信部隊が連絡係を行う」
公安警察の佐藤さんと相田さんは、ワゴン車の運転手でありながら、何か事件が起こったりした時に移動本部において公安警察と連携をとってもらう役割だ。
そして動物軍の暫定リーダーであるウシダ師匠が指揮官。
そして俺、実は潜入部隊に入りたかったのだが、前回の戦いで『進化の秘宝』に効果によっていまだにサモエドの姿が解かれていない。白くてモフモフした大型犬では潜入に不向きなので、仕方なく本部の護衛として残ることになった。
今回は潜入捜索がメインなので他の大型犬も参加はできないが、ファンキーとドンキーは強い希望があり「俺たちは中型犬だ!」と言い張ったため、参加が認められた。
「続いて第2ハジュン。ヴァイキングをリーダーとし、護衛はドンキー」
第2ハジュンは何か重要なモノが置かれているらしく、警備の信者の人数も動物も多いとされている。
「第6ハジュン。リーダーはサバトラ。護衛はファンキー」
第6ハジュンは宗祖の夜麻騨の別宅があるとされ、こちらは警備の信者が多い。
「第7ハジュン。チャトランをリーダーとし、護衛にくーちゃん。予備としてマッキーをつける」
第7ハジュンは最大の施設で、警備の人数も魔王軍の動物達の数もハジュン最大の規模だとされている。
この3箇所が『破魔の剣』の隠し場所である確率が高いため、3箇所同時に潜入捜査を行うのだ。
動物軍は2台のハイエースを使い、富士山麓の真王教施設群の3キロほど手前の民家にまずは陣を張った。この民家は公安警察が押さえてくれたため、元々の住人は一週間ほど不在にしてもらっている。
いざ何かトラブルが起こった場合は、ハイエースで救出に向かうという手はずとなった。
「では、それぞれのチームの検討を祈る。出陣じゃ!」
夕刻、日没と同時にウシダ師匠から各チームに出発の号令が下された。ただ待っているだけの俺はトラブルがない限りここにいなければならないのが歯痒くもあるが、トラブルはないに越したことはない。
頼んだぞ、ヴァイキングにサバトラ、そしてチャトラン!
◇◇◇
夜になり、月明かりしかない富士山麓の草むらを失踪するダルメシアン・ドンキーの背中に乗せてもらいながら、俺、ノルウェージャンフォレストキャットのヴァイキングは前方に建物の影があるのを認めた。
「ドンキー、航空写真によると3つ建物があるうち、あの煙突の建物が目標の第2ハジュンだ」
「了解っす。どうする? このまま近づくかい?」
「いや、建物の手前に数台車が停まってるのが見えるだろ? あそこに行こう」
「オッケーっす」
車の陰まで走り込んだところで、俺はドンキーの背中から飛び降り、そのまま足音を立てずに一番大きなワンボックス車の屋根に飛び乗った。
そのまま第2ハジュンを見ると、入り口に見張りと思われる信者が1名、そして2匹の大型犬の姿を認めた。
「ドンキー、大型犬が2匹いる。これ以上近づくと、俺たちのニオイで見つかってしまうかもだな」
「マジっすか? どうするんだい」
「そうだな……」
犬が2匹もいるのは想定外……というわけではない。俺はこの可能性も考え、ある荷物をドンキーの首にくくりつけてきてもらっているのだ
「まずは、プランAでいくか」
「了解っす」
プランAは簡単に言うと「警備の犬をおびき寄せる作戦」だ。ドンキーは首から荷物を取り出すと、ビニール袋に入った生肉を咥えて取り出す。
「じゃ、予定通り風上に」
「任せろっす!」
生肉を咥えたまま、ドンキーは静かに移動を始めた。建物との距離は詰めないまま、風上から生肉のニオイを流し、犬達をおびき寄せようとする。
俺は車の屋根に再度登り、犬達の様子を窺う。つまらなそうに座っている2匹の大型犬たちが、突然ピン! と耳を立て、立ち上がったのが見えた。
どうやらニオイが彼らの鼻に届いたらしい。
「ワン!」「ワンワン!」
犬達は猛ダッシュで一方向を目指し、駆けていく。ドンキーは犬達を離れたところまで誘導し、そこに犬たちをおびき寄せたら、見つからないように戻ってくる算段となっている。
「お前達、どこ行くんだよ! ったく……」
一緒に見張っていた信者も、面倒くさそうに犬達を追いかけた。これで入り口の見張りは少なくとも外にはいなくなったことになる。
「さ、俺の出番だなと」
俺は悠々と入口のドアノブに飛びつくと、爪をうまく引っ掛けてドアを開け、第2ハジュンに潜入を開始した。




