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転生最弱ポメラニアン、魔王を倒す  作者: キサラギトシ
第七章 ポメラニアンの苦悩
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128 ロイエンの悪夢

 ああ、うざったいったらありゃしない。

 最近、眠ることが苦痛だ。夢だから全部は覚えちゃいないが、夢の中で『何か』が毎晩呼びかけてくるんだ。


(人間をコロせ。野生の力を取り戻せ。人間に従う動物もみんなコロせ……)


 何なんだい、一体。あたしったら、昔から夢見が良いのだけが取り柄だったはずなんだけどねぇ。実は心の底じゃあ、体が弱いアタシを捨てた人間を憎んでいるのかねぇ。


 そんなはずないだろ。実際、ここの家を維持しているおっちゃんは、アタシたちにとっても優しいしさ。寝床もトイレも毎日綺麗に掃除してくれるし、子猫も老猫も分け隔てなく遊んでくれる。アタシが人間を憎いなんて、思うはずもないのさ。


 なのに毎晩の悪夢……正直、ちょっと怖いさ。誰にも言えやしないけどね。


(この命にかけても、ロイエンさんを守ると誓います!)


 心が弱ってくると、小さくて頼りないアメリカンショートヘアの若い雄猫の言葉を思い出しちまうよ。アタシみたいな年増の野良猫に、生まれて初めてそんなこと言われて、流石のアタシもちょっと照れちまったあの猫さ。


 それに、なんだか嫌な予感がするんだ。アタシ、予感だけは自信があるんだよ。嫌な予感に自信っていうのもおかしな話だけどさ。

 ……サバトラ、アタシを守ってくれないかね……


 ダメだ、すっかり心が弱っちゃってるよ。湘南第4地区を預かるロイエンさんともあろうアタシがね。

 ま、きっとアタシの取り越し苦労だと思うよ。がんばりな、アタシ。


 ◇◇◇


 その夜は、何の変哲もない普段通りの1日の終わりだと思っていた。

 大船観音からほど近い、庭が広いだけが取り柄の古びた一軒家。ここがアタシの家で、湘南第4地区の本部も兼ねていた。


 家には30匹を超える猫が住んでいる。身寄りのない子猫や、動けなくなった老猫がほとんどだ。

 だけど今は、多摩川18地区の賢者ソースからの通達もあり、見張りを増やしている。湘南第4地区の精鋭である大型犬が、庭や家の中に10匹程度同居していた。


 アタシはちょっと大袈裟だと思うんだけど、横浜第1と第2地区の動物軍が崩壊したこともあって、隣接するアタシたちの区でも警戒するべきと言われると、アタシには断ることなんざ出来るわけないさ。


「ロイエンさん、お話してー」「私も私も!」


 2ヶ月前に生まれたばかりの子猫たちがアタシにねだってくる。この子達も大船観音に捨てられていた捨て猫だ。ったく、なんだってこんなに猫を捨てる人間が多いのかね。アタシ、やっぱり人間は嫌いかもしれないなって捨て猫を見つけるたびに思っちゃうのは仕方ないよね。


「仕方ないね。ちょっとだけだよ。今日はね、人間の武術を習った、アタシの友達のアメリカンショートヘアの武勇伝でも聞かせようかね」


「その猫、つおいの?」「ロイエンさんよりかわいい?」

「さあ、どうだろうね。アタシより強くなってることを願ってるけどねぇ」


 アタシは知り合いの猫づてに聞いた、サバトラの武勇伝を話しはじめた。東京の中心にある皇居でモグラの女王と戦うサバトラの話をしている時、その声が聞こえたんだ。


「ワン!ワンワン!(敵襲、魔王軍来襲!)」

「ワオーン、ワンワン!(警備隊は正門に戦力を集中しろ!)」


 ちっ、本当に襲ってきやがった。状況を見て、戦力を投入しないとね。


「アンタたち、ここを動くんじゃないよ。タマ美、この子達を頼むよ!」

「わかった、頼むよロイエン!」


 アタシは家の階段を駆け上がり、2階のベランダに飛び出した。敵の数は……結構多いね、30匹はいるだろうか。魔王軍は犬が主な戦力だけど、うん、ウチの精鋭の方が大きくて強そうだ。

 一目でそう判断したアタシだけど、1匹だけちょっと不気味な犬を見つけた。


 魔王軍の一番後ろにいる茶色と白の中型犬、あれは多分柴犬だ。

 手下の犬たちがアタシたちの地区の犬と戦っているのを、冷静に眺めている。あいつが今回のボスっぽいね。


 だけど、ちょっとアタシたちを舐めすぎだね、魔王軍ったらさ。ウチの精鋭たちの攻撃を前に、魔王軍はすでに10匹ほど行動不能になっているよ。あと20匹程度、すぐに片付きそうだよ。


 だけど、その時だった。

 50メートルは離れている魔王軍のボスらしき柴犬が、不意に顔をアタシに向けたんだ。だからって、どうってことはないさ。そう思ったアタシがバカだった。


 不意に、柴犬の目が赤く光ったように見えた。何これ……と思った時はもう遅かった。柴犬の体が不意に大きく膨らみ、アタシの目の前に飛んでくるように見えた。いや違う、アタシの頭の中に、そんな映像が見えているだけだ、とアタシは冷静に考えた。


 だけどアタシの目の前に現れた柴犬の映像は、大きさにしてこの家の二倍はあるように見えた。巨大な柴犬は、赤い目でアタシにこう話したんだ。


「ロイエン……魔王様に(くだ)れ……手下の犬どもを倒せ……」


 何言ってるんだい? こいつバカじゃないのか、アタシがそんなことするわけないだろ。頭ではそう思っているんだけど、アタシの体はそうじゃなかった。


 アタシの体はベランダから庭に飛び降り、魔王軍と戦っている犬たちの背後に駆けて行く。意識は半分しっかりしているんだけど、半分だけ嫌な感覚が脳裏に浮かび上がる。


(やれロイエン。犬たちの目を潰せ)


 全身がブルリと震えるような、(おぞ)ましい感覚。アタシは若い頃、人間にも動物たちにも嫌われる凶暴な野良猫だった。アタシに逆らう猫や犬は、全員目を潰した。さすがに人間の目を潰したことはないけど、凶暴な猫として保健所の職員に追いかけられるのは日常茶飯事だった。


 今の家のご主人に半年かけて餌付けされ、人間を信頼するようになり、アタシと同じような境遇の猫たちと暮らす内に、いつのまにか凶暴だったアタシの心がとき(ほぐ)されて行き、気がついたらこの地区1番の強者として、地区のリーダーとなったんだ。


 でももう、目は潰さない。目を潰した動物は、1匹では生きていけないからだ。そう決めていた、心に誓っていた、はずなのに。


 アタシの右足は、仲間の犬の両目を、容赦無く(えぐ)っていた。


「ギャイン!」


 隊長格の大型犬が絶叫し、目から血を流してその場に転げ回る。


「ロイエン! 何してるんだ?」


 今度はアタシの左足が、驚いた顔をしているその犬の目を抉った。その時はもう、自分が何をしているのかすら、わかんなくなってきていたんだよ。

 アタシが考えていたのは、コイツら全員の目を抉ればアタシは褒められるんだ、てことだった。


 アタシを取り囲む、長年一緒に地区を守ってきた犬たち。仲間たち。その犬たちの目を、アタシは次々と抉った。簡単だった。アタシは、誰にも負けない。その辺で幸せそうに飼われている犬や猫なんかに、負けるはずがないんだ。


 ほんの数分もかからなかった。アタシの周りには、10匹ほどの犬たちが転げ回り、苦痛に満ちた絶叫を放っている。


 そんなアタシのところに、柴犬がゆっくりと歩み寄った。


「ねえ、知ってる? 僕は魔王軍四天王の豆之助だよ。キミは僕の1番の部下にしてあげるんだよ、ロイエン」

「仰せのままに、豆之助様」


 こうして、アタシのせいで湘南第4地区は壊滅したんだ。

 アタシがそのことを知るのは、いや認知したのはずっと後のことなんだけどね。


 だって、豆之助と名乗る犬に挨拶をしたあたりから、アタシの記憶はずっとなかったのさ。

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