127 総選挙の夜
第39会衆議院議員総選挙は、平成2年2月18日に行われた。
選挙の主な争点はこの前年に導入された消費税の是非を巡ってものだったが、結果は与党の自民党が圧勝、安定多数を大きく上回った。
マスコミの一部から台風の目と目されていた真王党だが、党首の夜麻騨をはじめとする25人の候補者全員が落選という憂き目にあった。
「この結果は当然だろう。なにしろ魔王のチカラをあの日の後、ただの一回も使えなかったんだからな」
ボルゾイのアレクサンドルが重々しく総括する。
俺はこの夜、多摩川17区のくーちゃんが住む家に訪れ、選挙結果をテレビで見ていた。
そのアレクサンドルの背中にちゃっかり乗っかっているサバトラがゴロゴロと喉を鳴らしながら続ける。
「とにかく良かったニャー。これで真王教もしばらく大人しくなるだろうから二ャ」
真王党の選挙本部が選挙特番でたまに映る。だが続々当確が出てイライラした様子の夜麻騨党首は、自身の選挙区の結果が出るやいなや会場から姿を消してしまい、選挙本部はまるでお通夜のように静まり返った。
「こいつ まじでアホ リーダーは さいごまでいないとダメ」
くーちゃんの言う通り、党首の夜麻騨という男は自分勝手に見える。報道記者の質問には碌に答えず、不機嫌さを隠そうともしない。こんな奴が「政権交代」を掲げて出馬した政党の代表なんて、とんだお笑い種だ。
くーちゃんの飼い主の老夫婦は日暮れと共に夕飯を食べるとすぐに眠ってしまうため、居間には動物たちしかいない。
家から持ってきた牛骨を齧っていたゴールデンレトリバーのタロウが、ふと顔を上げる。
「でも魔王軍は、これからどうするつもりなんだろうね?」
それだよ、タロウくん。パパさんの情報によると、あの新宿以来、魔王の姿はどこにも見当たらないそうだ。宗祖(つまり夜麻騨のことね)の自宅に帰った様子もないらしいし、魔王軍の動きも一切ないらしい。不気味っちゃあ不気味なことこの上ない。
「今の魔王軍の動きを考えるに『混乱』または『停滞』が妥当だろう。なにしろ勇者の言葉で動揺し、本来するべきだったことを、魔王自身が放棄したのだから」
「そうですよね、アレクサンドルさん。なにせ『俺は今でも君のことが好きだあぁ!』ってみんなの前で言われて、動揺しない女子なんていないですよね」
「ちょ、タロウ! やめてくれよぉ〜」
牛骨をガリガリしながらニヤつくタロウ。俺はあの日以来、動物軍全体に「魔王が好きな勇者」だと知れ渡ってしまったのだ。自業自得だけどさ。
「モフ、どうするニャ? 魔王がやってきて『私も、あなたがチュキ!』なんて言われたら、付き合うのかニャア?」
「うっさいサバトラ。お前こそ、大船のロイエンさんはどうしたんだよ?」
「それだニャ! 実は聞いて欲しかったんニャ。ついこの前まで僕も大怪我だったニャろ? 今は治ったんだけど、そしたら急にロイエンさんが恋しくなったの二ャ」
横浜支部での戦いの時、結局ロイエンさんとは連絡が取れず終いだったサバトラ。アレクサンドルの上からひょいと飛び降り、俺の前にやってくる。
「モフ、そういえば、僕とロイエンさんの仲、取り持ってくれるって約束だっだよニャ?」
「ん? そうだっけ?」
そんな約束もしたような……いろんなことが起こりすぎて、正直忘れてたよ。
「わかった。じゃあさ、チュン太に伝言を託すのはどうだ?」
「お、それ良いニャ!」
「それどころじゃないチュン!」
突然、バサバサと羽音がしたかと思うと、居間にスズメが入り込んできた。たったいま噂したばかりのチュン太だ。
「みんな、大変だチュン! 魔王軍の横浜支部が動き出したチュン!」
「なんだって?」
「ファンキーとドンキーがそれを聞いて『助けに行く!』って大騒ぎしてるのチュン。今はヴァイキングさんやチャトランさんが必死に抑えてるけど、ちょっと手伝って欲しいってソース様が言ってるチュンよ!」
「わかった!」
俺は助っ人にくーちゃんを指名し、サバトラとチュン太と4匹で多摩川18地区に急いだ。
ファンキーとドンキーの兄弟犬は大柄なので、いざ力で抑える時はくーちゃんのパワーが必要になるかもしれない。
◇◇◇
ダルメシアンのファンキーとドンキー兄弟、そしてノルウェージャン・フォレストキャットヴァイキングたちの元横浜組は、俺たちが住む多摩川18地区の空き民家にとりあえず住んでもらっていた。
その家に近づくと、ドンキーの大声が外にまで響いていた。
「邪魔だからどけろっつうの!」
大声に続いて、ブミャー! という猫の鳴き声。事態は切羽詰まった状況のようだ。
「待て、ドンキー!」
急いで空き民家に入ると、目を血走らせたファンキーとドンキーが、チャトランと睨みあっていた。
「モフ、止めるな! 俺たちは横浜地区に残った仲間たちを助けなきゃダメなんだ。お前らには散々世話になったが、これだけは譲れん!」
「だから、俺らだけで助けに行っても、奴らに敵うわけがないだろうが……」
クールな態度を崩さず、ヴァイキングがドンキーに話す。
「おいヴァイキング! お前、元は横浜第2地区のリーダーだろうが? 仲間のことが心配じゃねぇのかよ?」
「心配に決まってるだろ、ドアホが!!」
「……っ!」
グミャアアアアア! とヴァイキングが全身の毛を逆立ててドンキーに対峙し、ドンキーは少し怯んだ。大型猫のヴァイキングが威嚇のポーズをとると、そのあたりの中型犬ぐらいの大きさには見えるから、ちょっとコワイ。
「ヴァイキングの言う通りじゃ。すぐに対策を立てるから、今しばらく待つのじゃ」
賢者の言葉に、ファンキーもドンキーも怒りの表情で唸ったまま、その場に立ち尽くす。
「いざという時は、もちろん俺たちも横浜に同行する。今は抑えてくれ、2匹とも」
「……わかった」
俺の言葉にファンキーが頷き、その場に座り込む。納得はできないが、いま彼らだけで行ってもどうしようもないのは、彼ら自身もよくわかっているのだ。
でも、ファンキーとドンキーの気持ちは痛いほどわかる。
自分たちが率いる動物たちがどんな状態なのか、今は全くわからないのだ。俺たちが魔王に敗北したあの日以来、横浜第1と第2地区は、完全に魔王の傘下となってしまっているのというのに、近隣の動物軍が偵察を送っても誰1匹として戻ってこないのだから。
やっと落ち着いたと思ったその時、再びチュン太がバサバサと飛び込んできた。
「大変だチュン! 湘南第4地区が、魔王軍によって落ちたと連絡があったチュンよ!」
「湘南……第4地区ニャって?」
サバトラが目を見開く。
湘南第4地区は、サバトラが想いを寄せるオッドアイの三毛猫、ロイエンさんが率いる地区だった。
「なんじゃと? あそこは横浜第2地区と隣接しておるから、戦力を増強しておいたはずじゃが……」
「佐藤さんから聞いたチュン。ロイエンさんが突然裏切って本部を落としたって話だチュン」
あのロイエンさんが、裏切り……?
そんなはずはない。きっとこれは、魔王のチカラだ。
聞くなり、サバトラが物も言わず飛び出す。俺はあいつを止める言葉を持たないし、きっと止めるだけ無駄だ。
「パパさんに頼んで、今から湘南第4地区に向かおう。いいですね、賢者様」
「うむ、仕方あるまい……ファンキー、ドンキー、くーちゃん、同行せよ」
サバトラを捕まえたあと、俺たちは深夜、パパさんの車で湘南第4地区に向かった。
サバトラが愛する、三毛猫のロイエンさんを救うために。




