125 好きになった理由
気がつくと、朝になっていた。
太い鉄格子でできた檻の影が、真っ白い俺の毛並みに縞模様を描いている。まるでシマウマみたいなだなぁ……なんてどうでもいいか、そんなこと。
外は良い天気らしいが、俺の寝起きは最悪だった。
「……ふう」
「何よ、元気ないなぁ!」
「ふげっ!?」
いきなりの大声に思わず変な声が出てしまった。見ると、鉄格子の向こうに可愛らしいヨークシャー・テリアが立っている。もちろんそれは、ナツキだった。
「閉じ込められちゃって、落ち込んでるのはわかるけどさぁ」
「おまっ、何しに来たんだよ?」
「そりゃー、大好きなイケメンのモフくんが捕まっちゃったから、面会に来たんじゃない。あー、私ってダメ男好きなのかなぁ」
「面会って」
ナツキは檻のすぐ近くに寄ってくると、俺の足をペロリとひと舐めした。
「うひょっ、くすぐったいだろ」
「あはは、げんきげんき!」
相変わらず、明るい子だ。こっちは悩んでいるし寝起きは最悪だし、機嫌も悪かったのが、ナツキを前にしているとどうでも良くなってきた。
「ナツキ、お前さ、俺の近くに来たら危ないとか思わないわけ?」
「なに? 悪い男に騙されるんじゃないかって心配してくれてんの? 悪い男本人に言われちゃ世話ないけどね〜」
「だからー! 俺、魔王に操られているかもしれないんだぞ? わかってんのか?」
「わかってるよ! 可愛いトイプードルが大好きなんでしょ? この浮気者!」
犬なのに、アッカンベーとばかりに舌を出すナツキ。
「悔しいけどさ、モフくんの気持ちはわかるよ? 好きになるのに、理由なんかないじゃん。モフくん昨日『プーのことが好きだった』って言ってたよね?」
あ、そういえばそんなこと、みんなの前で言ってしまった。ちょっと、恥ずかしい。
「私ね、それを聞いた時『マジ悔しい〜』って思ったの。だって、モフくんの目がマジだったからさ。まあ、あの化け猫チャトランおばさんじゃなくて良かった〜とも思ったけどね」
「……」
「私バカだけど、好きになっちゃう気持ちのことは、自分で良くわかってる。モフくんは多分、操られているんじゃなくて、その犬のことが好きなだけなんだよ」
にこやかに、でもはっきりとナツキは決めつけた。
「俺は……なんで彼女のことが好きなのか、わかんなくなったんだ。もしかしたら、操られていたんじゃないかなって、今は思ってて……」
「だったら、私もモフくんに操られているよ! チャトランおばさんも、モフくんに操られているよ! 理由はね、私の場合、カッコいいから! イケメンだから!」
きっぱりと、何のてらいもなく、ナツキは断言した。
「何で好きなのかって、それきっと、モフくんが彼女のこと『かわいい』って思ったからに決まってんじゃん。理由づけなんて、バカみたい!」
そうか、そうなのか。
俺、プーの仕草が可愛いと思って。
すごくプラス思考で、オプティミストで楽天的な考えがいいなと思って。
元人間同士で、一緒にいて、話してて楽しいと思って。
それで、プーのことを好きになったんだ。
別にそれ以上の理由なんて、元々ないんだ。
「わたし、諦めないから! 魔王から、モフくんの心を奪ってみせるんだから!」
「はは。ありがとうな、ナツキ」
「何よ? 感謝するなら私と付き合ってよ!」
「考えとくよ」
「あー、なんだかテキトー。ちょっと! 本当にアンタ、魔王には操られてないんでしょうね?」
今なら、自信を持って言える。
「ああ。心は奪われているけど、操られているわけじゃない。魔王は魔王、プーはプーだ。どうするかは、これから考える」
俺がそう言った時。
ガチャリと俺が入っている檻がある部屋のドアが開き、人が入ってきた。
佐藤パパ、その後ろには賢者ソースやサバトラ、チャトランの姿もあった。
「モフ、すまなかった。試すような真似をして、本当に申し訳ない」
俺が無傷で戻って以来、動物軍の中には「勇者は魔王に操られているのでは?」という声が絶えなかったという。そのため、今回みんなで作戦を立て、俺の本心を聞き出したというのが佐藤パパの説明だった。
檻から出された俺に、さらに賢者ソースが続ける。
「お主が操られていないとすると、考えられることは一つじゃ。魔王は、お主のことを特別視しておる。だから、お主の怪我だけをそのチカラで治癒してくれたのじゃ」
「特別視って……」
「だからそう言ったでしょ、賢者様。針の穴を通すような作戦だけど、多分いけそうだって」
「うむ、やむをえんな」
パパさんと賢者様だけが何やら目配せをして頷いている。
「ちょっと、何がどうだっていうんですか? その作戦、教えてくださいよ」
「そうだね。じゃあ早速、作戦決行だ。モフ、急いで新宿に行くよ」
「はっ?」
そして俺は作戦名「針の穴」の全貌を教えてもらった。
その作戦があんなにうまく行くなんて、聞いた時は思ってもみなかったけどね。




