123 犬を抱いた党首
佐藤パパさんの説明に疑問を投げかけたのは、元人間で「お姫様」だったという、シェトランドシープドッグのアフロディーテだ。
「ちょっとお待ちになって。そんな怪しい宗教団体が作った新しい政党が、20名もの当選者を出すなんて、ちょっとあり得ないのではなくって?」
さすが元人間。お姫様だったにしては、政治の仕組みもよく理解していらっしゃるようだ。俺も同じ疑問を感じていたところだったので、パパさんの答えが気になるところだ。
「アフロディーテ姫、その疑問はごもっともです。それでは、街頭演説の様子を公安警察が密かに撮影したお写真をお見せしましょう」
横に控えていた相田さんが、持っていたカバンから2L版ぐらいの写真を出す。場にいた動物たちはその写真を一眼見て、小さなどよめきを上げた。
「こ、これは……なんということじゃ」
動物たちの気持ちを代弁するかのように、ウシダ師匠が呻いた。
そして俺は、その写真を見た瞬間、心臓が止まりそうなほど驚いた。
写真には渋谷のスクランブル交差点すぐ横に付けた選挙カーの上に乗った、ひげ面で紫色の服を着た男が写っている。
選挙カーの上の看板には大きく「真王党 党主・夜麻騨昭賢と書かれているが、俺が驚いたのはそのひげ面の男ではない。
その男が抱いている、動物。
その動物は茶色い小型犬の、トイプードル。
……間違いない、プーだ。先月、俺の前に現れた、魔王だ。
「真王教は真王党として、教団の幹部全員を関東各地の選挙区に出馬させた。そしてその選挙区には、必ず魔王の姿が目撃されている」
なぜ魔王が選挙カーの上で、この党首に抱かれ、選挙活動をしているのだろうか。納得いかない様子なのは、俺だけではなかった。
「どうして魔王が、この男と一緒に選挙カーに乗っているのですか?」
17区のリーダー、アレキサンドルが尋ねる。
「ご存知の方もいらっしゃると思うが、改めて説明しましょう。魔王は、そのチカラにより、動物の心を操ることができます」
俺の近くにいたダルメシアンのファンキーが、喉をごくりと鳴らす音が聞こえる。
「そして魔王が操ることができるのは、動物だけに限りません。同じ動物である、人間にもそのチカラは及ぶのです」
そんな、バカな。魔王は、人間も操ることができるのいうのか?
プーは選挙カーに乗って、人間たちを操ろうとしているのか?
「真王党は、教団内部では宗祖と呼ばれる夜麻騨昭賢に率いられた、いわゆる仏教系の新興宗教団体です。その髭といつも着ている紫の派手な法衣、そして怪しい言動から、出馬当時は完全にイロモノとしてマスコミにも扱われていました」
確かに、ダサくてムサい髭の冴えないオヤジが新興宗教団体を率いて衆議院選に出馬しても、誰もが泡沫候補だと思うのは無理もないことだろうと俺は納得する。
「ですが、一度テレビで生放送の討論番組に党首の夜麻騨が出演したときから、その旗色が変わったのです」
「どういうことじゃ?」
「テレビ出演時、夜麻騨は、魔王を抱いて出演していました。犬を抱いて登場した彼の姿に、最初は苦笑混じりだった他の党の候補や番組の司会、そして観客までもが、徐々に夜麻騨と真王党のことを褒め称えるようになっていったのです」
「……それは、魔王のチカラなのか?」
「おそらく」
佐藤パパさんの言葉に、ウシダ師匠は絶句した。
「おいおい、それじゃあ、この選挙カーの演説を聞いていた人たちもそうなったとでもいうのかい?」
皮肉そうな声色で口を挟んだのは、ノルウェージャンフォレストキャットのヴァイキングだ。
「残念ながら、ヴァイキングさんのおっしゃる通りです」
それが本当だとしたら、佐藤パパさんの言う通り、真王教の国会議員がたくさん当選してしまうことになる。
魔王に操られた選挙民が、魔王に率いられた真王党の国会議員を多数生み出し、国会に魔王の一大勢力が誕生することになってしまう。
「そこでだ。皆に、我の作戦を伝えたいと思う」
凛とした声で、賢者ソースが背筋をピンと伸ばしながら話し始めた。
「公安警察の調査によると『魔王のチカラ』は直接、魔王が立ち会った現場にいた人間にしか及ばないそうじゃ。現に、先ほどのテレビの生放送を見ていた視聴者には、その影響が及んでおらん」
「ということは、選挙演説なんかはダメってことですの?」
「その通りじゃ、チャトラン。つまり我らは、魔王が現れる選挙演説の現場に行き、その選挙活動を徹底的に妨害することが必要じゃ」
なるほど、選挙演説を見にきた人たちは、すべて魔王のチカラに支配されてしまう。その前になんとか妨害するってことか。
だけど、ちょっと気になることもあるけど……
「質問いいですか、ソース様」
「なんじゃ、勇者モフ」
「妨害するためにその現場に俺たちが行くとして、俺たちが魔王に操られてしまうってこともあるのでは?」
じっと俺の発言を聞いていたソース様だが、ふと目を逸らす。見ると、佐藤パパさんや相田さんの人間たちも同様に下を向いていた。
「……それって、もっとマズイことになるんじゃないですか?」
「そこなのじゃ、モフよ。妨害せねば人間たちは魔王に操られてしまう。だが我ら動物軍が姿を見せれば、魔王によって我らも操られてしまう。それを防ぐには……」
「なにか方法があるのですか?」
「……魔王にバレないように妨害する。それしか、方法はないのじゃ」
「……!」
そんな、バカな。バレないようになんて、できるわけない。
ただでさえ選挙妨害は難しい。俺がぼんやり考えていたのは、選挙演説が始まる前にたくさんの動物たちが乱入して、集まった人々を散らす、そんな程度の妨害だ。
でもそんなことをすれば、そこにいる俺たち動物軍は、すべて魔王軍に取り込まれてしまうのだ。魔王に、プーにバレないようにするなんて、できっこない。
「ただ、一つだけ方法がないでもないのじゃが……」
「何かあるのかニャ?」
賢者ソースは質問したサバトラをキッと睨むようにして一気に話した。
「破魔の剣じゃ。あれがあれば、魔王のチカラを抑えることができる」
破魔の剣って……あれは昨年の2月から4月にかけて、賢者ソースとサバトラ、チュン太と俺という勇者パーティが探し、見つけられなかった、伝説の剣のことか?
「ソース様! もしかして、破魔の剣の在処がわかったのですが?」
賢者は悲しそうな顔で、俺の方にゆっくりと顔を向けた。その表情だけで、もう答えはわかっていた。
「残念ながら、見つかっておらん」
だとしたら……俺たちが選挙妨害をするのは不可能ってことになる。
衆議院選挙の投票日までは、あと一週間しかないというのに。




