ミミズのぬいぐるみ
「レヴィ、この中に使わないドライフラワー入れて。」
「はーい。」
エイダンに促され、レヴィは使い残しの花や実を次々と籠へ放り込んでいく。
「サンキュー。」
温泉からあがった2人は昼食をすませると、来賓棟の一室へ移動した。レヴィのポプリ作りはいつもの事だか、その隣でエイダンが剣を針に持ち替え、鼻歌まじりに縫い物を進めている。
器用に動く指先は、日頃から針仕事に慣れている証だ。貧乏子沢山家庭のエイダンは昔から弟妹の繕い物を日常的に手伝っていた。
「さっきウェイロン様から聞いたんだけど、これ!」
ぱっと手に取った布の塊を掲げながら、エイダンは声を弾ませる。
「ついに神殿の公式グッズに決まりましたー!はい!拍手ー!」
パチパチパチパチ。
レヴィも促されるまま拍手を送る。エイダンが誇らしげに差し出したのは、縫い上げたばかりの、青い……ミミズのぬいぐるみだった。
事の発達はカルハサ神殿到着後に遡る。新しい環境で幼馴染達とも引き離されたレヴィは、いつにも増して死んだ魚のような目をしていた。見かねたエイダンは、レヴィに手作りのぬいぐるみを贈った。
「ウンディーネさまだ!!」
エイダンはレヴィが災難よけのカエルのお守りを見て「どうせならミミズが良かった」と呟いたことを覚えていたのだ。そのため、慰めに新しい災難よけのお守りとして青いミミズのぬいぐるみを自作した。
受け取ったレヴィは大いに喜んで、すぐにウェイロンに自慢した。
「エイダンがウンディーネさまのお守り作ってくれました。とっても可愛いです。」
「・・・ウンディーネ様のお守りですか、それは実に良いですね。」
翌日、ウェイロンはエイダンに同じ物を作って欲しいと依頼した。エイダンは気軽に応じて、余っていた布で制作すると、手間賃だとそこそこのお小遣いをウェイロンから受け取った。エイダンは恐縮したが、大神官のウェイロンは孫に渡すお小遣いのような気軽さで、良いから良いからとエイダンにお金を握らせて去っていた。
そこからウェイロンがさらにウンディーネ様のお守りだと周囲に自慢をはじめ、エイダンに制作依頼が殺到した。ウェイロン様が手間賃をくれたものをタダで渡すのはどうかと悩んだエイダンが師匠のイーサンに相談したところ、あれよあれよという間にミミズのみいぐるみは神殿の公式グッズとして大量生産されることが決定し、セルバス率いる偽の商会が取り仕切る運びとなった。
一方、エイダン手作りのぬいぐるみは、精霊の庇護者とお揃いという超プレミアム商品扱いで、ウェイロンがくれた手間賃+αの値段がつけられ、一部の関係者限定で販売されることが決まった。内部には小さな布袋が縫い込まれており、レヴィがポプリ作りで余らせた材料が詰められている。“精霊の庇護者特製ポプリ入り”という差別化により、希少価値がさらに高まっている。
エイダンにとっては良い副収入となるので、仕送り増額のために現在せっせとぬいぐるみを制作している。といっても訓練も疎かに出来ないので生産数は限定的だ。ちなみに、今作っているぬいぐるみはイーサンの新妻用のものだ。そこは師匠特権で最優先となっている。
「はい、レヴィ、ここに一言書いて。」
「分かった!」
「イーサン様にはいつもお世話になっております。マリー様に女神のご加護がありますように、だから。あと名前も。」
レヴィは花柄の可愛らしいカードに、真剣な表情で丁寧に文章を書き入れる。
「どう?」
「いいよ!バッチリ!マリー様喜ぶと思う。」
「エイダンは会ったことある?」
「もちろん。結婚式も出たし。可愛らしい人だよ。イーサン様もデレデレで幸せそうだった。」
「ふーん。」
「イーサン様って、マリー様への贈り物ばかり探してるから、役に立てて良かった。レヴィありがとう。」
「うん。」
しばらくは無言で、それぞれの作業に集中していたが、ふとレヴィがつぶやいた。
「イーサンさまはマリーさまと離れて寂しくないのかな?」
「新婚早々だし、そりゃ寂しいんじゃない?」
「エイダンも?家族と離れて、寂しい?」
「まぁね。でも、今の旅団は楽しいし。やってることも意味あると思ってるから、案外、平気かも。」
「ふーん。」
「レヴィは、、、っと、リアムたちと離れて寂しそうだな。」
エイダンはレヴィはどう?っと聞き返そうとして、慌てて軌道修正した。
レヴィには、もう家族がいない。
父親は消息不明、母方の祖母は他界し、母親も──。
旅団参加時に共有された情報を思い出し、エイダンは危うく地雷を踏みかけたと冷や汗をかいた。
「みんな早く神殿に来ないかなー。」
レヴィの呑気な声に、エイダンは胸を撫で下ろした。




