悪霊退散のお守りが精霊に効くわけない
翌日、レヴィはウェイロンとイーサン、エイダンの4人で馬車に乗っていた。
神殿を出た時からレヴィの顔は死んでいる。窓の外に何かいるかもしれないからだ。
2度目の馬車移動もカーテンは完全に閉められ、レヴィは両手でカエルの人形を握りしめていた。イーサンが町中で見つけレヴィに持たせた悪霊退散に効くとされるお守りだ。しかし、相手は精霊だ。効くわけがない。大事なのは気持ちだ。
幼馴染たちもそれぞれの公務で別行動をしている。ウェイロンはコミュ強のイーサンとエイダンという南国陽キャをアサインして、なんとかレヴィのモチベーションを維持しエンゲージメントを高めたいと横文字で周囲に語っていた。
死にそうな顔のレヴィの横で南国陽キャ師弟が楽しそうにターオの街の感想を言い合っている。ウェイロンはスケジュールの確認に余念がなく、レヴィはカエルの人形を握りしめながら、どうせならミミズが良かったのにとブツブツ呟いており、後に青いミミズのぬいぐるみが作られ大流行するのだがそれはまた別の話だ。
今回の移動には護衛も神官も多数参加し、物々しく神殿から出立した。しかし、デナーリスのミサが本日3回もターオ主神殿で開かれるため、神殿のお偉いさんかな?程度で民衆からはスルーされた。
とはいえ、念のためレヴィの目立つ金髪はローブのフードで隠され、服装は神殿見習いの飾りのない簡素なものとなっている。あまりの覇気のなさに存在感すらなく、大神官ウェイロン様の下級小間使いにしか見えない完璧な装いであった。
本日は精霊の地の候補地訪問に赴いている。
中級精霊が宿る場所の目星はついているが、その他にも精霊に縁ある話が残された土地がいくつかあり、小精霊の出現が期待できる。全部は難しいが、信憑性の高い場所には訪問することになっていた。小精霊は中級精霊ほど個の意識はなく、集団でふわふわと漂っているだけだが、ある程度魔物に対する抑止力になる。
ちなみに小精霊というものは、精霊界から人界に降りてきている状態で、それなりに見る力をもっていないと認識することは難しい。
ウンディーネほど強い精霊なら別だが、小精霊ともなれば感知できるできないにかなり個人差がある。精霊が姿を消し500年を経て、本当に精霊を認知できる者が残っているか危ぶまれていたが、神殿で研鑽を積んでいる神官の場合、認識できる者が一定数いたことから、神官たちは株を上げた。
また、先天的に精霊を認知しやすい者などは小精霊を見ることで神官への道が開かれるなど、この3年の間に精霊の庇護者たちが拠点を置く神皇国の首都タリアや近隣都市では小精霊がある種の能力試験と化してきていた。
それが、ついにターオにもやってきたのだ。
案内役(という名の能力試験に駆り出された若手)の神官たちは、自信にあふれている者、緊張で朝から食事が喉を通らない者、無になろうとしている者など、様々に小精霊能力試験の本番に向けて緊張感を高めていた。
中堅神官の中には休みを取得し、訪問地に先に赴いて模擬試験代わりにしようとしている者もいる。
地方神殿の一般神官たちにはターオでの精霊召喚はスケジュールの都合上レヴィが担当すると周知し、レヴィ特有の能力だとは伝えていない。事実を知るのは契約魔法を交わした者だけであり、ターオでも一部の高位神官に限られている。
期待と不安が入り乱れる中、馬車はターオ郊外のオルランの丘という観光名所に到着した。精霊は自然のものに宿りやすく、縁の地は風光明媚な景勝地となっている場合が多い。本日は関係者以外立ち入り禁止となっており、レヴィ一向と模擬試験代わりに集まった神官のみがこの丘に集まっていた。
馬車が止まると、ウェイロンはチラッとカーテンの外を確認する。
大神官ウェイロンほどのレベルになれば思念体の精霊すら感知可能である。実は馬車に乗った時から「あっ、いるな。」と思っていたウェイロンであったが、また失神でもされたら今日のスケジュールが狂ってしまうのでもちろん黙っていた。
レヴィにウィンク付きのサムズアップをして出発し、馬車の中ではイーサンからもらったカエルのぬいぐるみに魔物除けの付与を施して誤魔化した。コミュ強のイーサンとエイダンは良かったなレヴィ!これで安心だ!などと盛り上げていたが、精霊に魔物除けが効くわけがない事は言わないお約束だ。
レヴィは精霊を見ることはできるが、特に修行を重ねた神官とは違うので、感知することはできない。
ウェイロンが外を確認すると、黒髪お化けではなく黒髪の精霊はまだいた。どう誤魔化すか考えていると、レヴィが立ち上がった瞬間窓からすっと遠のいた。目でおえば、かなり離れた木の陰に半身を隠し遠巻きに覗く態勢をとる。ハイエルフだからこそ見える距離である。
追っかけのわりに恥ずかしがりのようだ。
ウェイロンはすかさず全員にサムズアップをして馬車を降りた。




