こちらが画期的な魔道具です
レヴィを部屋に返し、今日も変わらず花輪づくりを言い渡すとウェイロンは別室へと向かった。さほど広くない会議室には今朝の主神殿の出来事を見守っていた3人とその従者がそろっている。巡礼団でウェイロンの補佐役をつとめる者たちだ。ウェイロン不在の場合それぞれが指揮権を持ち、精霊の庇護者を守護する。
軍事国家イルラロンドからはSランク冒険者メイソンと、魔道具開発の天才ラリー。
魔法農業大国のユクラシルからは世界最強の魔道士との呼び声高いエマと魔力量だけで言えば姉を上回る弟ナバイア。
海を治める海洋国家からは参謀総長のイーサンとその弟子にあたり将来の指揮官を期待されるエイダン。
彼らはそれぞれ神殿と契約魔法を交わしており、一つの国が自国の利益を優先させないよう互いに監視しあう役割も担っている。
また、従者として精霊の庇護者と年齢の近い者を参加させ、有事の際には誰が本物の精霊の庇護者であるか攪乱させる役割と、あわよくば行動を共にすることで新たな精霊の庇護者となる可能性を期待され調整された人材たちだ。
「お待たせしました。」
ウェイロンは着席するとまずは早朝の呼び出しに応じてくれたことへの感謝とねぎらいを口にした。ウェイロンが来るまでに従者の3名にも朝の顛末は説明されている。
「さて、結論から言いますと、レヴィは花冠を制作した自覚はあるようでしたが、主神殿に行ったことは覚えていませんでした。」
「覚えていないとは?」
イーサンの問いかけにウェイロンは顎に手をトントンと当てて考えるそぶりを見せる。何気ない仕草も美形すぎて逆に陳腐に見えるウェイロン様である。
「レヴィは夢の中で花冠をつくり精霊にあげたと言っています。私の推測ですが、現実のレヴィは主神殿で花冠を制作していたが、精神は精霊界にいて精霊と交流をしていた・・。そのため人界と精霊界の認識があやふやになっているのかもしれません。」
「それであんなトランス状態になってたのか・・。」
「トランス状態だったんですか?」
「ブツブツ何か言ってるわ、目もすわってるわ、かなりヤバかった。さすがに花冠の麗人ってわかってるからなんとなく神々しかったけど、夜中に見たらそれこそお化けだ。」
イーサンが弟子のエイダンにレヴィの様子を真似して見せる。精霊の庇護者フィルターで見守られていただけで、実際はただのヤバイ人と化していたレヴィであった。
「精霊との交流は精霊の地に赴かないことには始まらないと思っていましたが、完全な思い込みでしたね。テリトリーに入った途端にこうなるとは、思ったより滞在期間は短くなるかもしれません。」
ウェイロンが手帳をさっと広げる。スケジュール帳にはこの先の予定がびっしりと詰まっている。早くなっても遅くなっても再調整が必要だ。特にデナーリスにはミサから地方新聞の取材までぎっしりと予定が入っていて、彼女のスケジュールを調整すると、その影響は計り知れない。
とはいえ、実際それを調整するのは裏方の膨大な神殿の事務方であり、天下のウェイロン様は指示を出すだけなので、彼はハイエルフ人生初めてのマネージャー業を楽しんでいるだけだったりする。
「それなら、ついでにミットレの街に寄るのはどう?あそこの川エビは有名よ。」
「姉さん、それベストアンサー!」
グルメ旅か何かと勘違いしている魔導士姉弟がすかさず口を開いた。
「川エビですか。」
まんざらな様子でもないウェイロンにエイダンが「え~、肉!ぜったい肉!早く終わっても期間いっぱいターオに居ればいいじゃないですか。」と肉派を主張する。
「うーん、ターオは有名な工芸品多いし、うちの奥さんが気に入りそうなやつ探したいから、俺も期間いっぱいはターオにいたいかな。」
新婚にも関わらず旅団に参加することになったイーサンは常に新妻への贈り物を探している。彼は人間の領土が狭まっていくことよりも新婚早々家庭が崩壊する事を恐れていて、毎日妻へ手紙を書いている。
メイソンは3週間ですでに真面目に精霊の活性化を考えることがバカらしくなってきていた。メンバーがこれなのだ、しかも従者がデナーリスバカのラリーで、彼は魔道具とデナーリスのことしか考えていない。今など話も聞かずひたすら何かを計算している。自分は自由な冒険者を気取っていたが、いつしかつまらない常識人になっていたのかもしれない。メイソンは遠い目で過去を振り返りだした。
「まぁ、スケジュールは中級精霊とのコンタクトが成功してから考えましょう。レヴィが会いたくないと愚図りだしましたし。」
「えー!何でですか!」
川エビの口になっているナバイアが大げさに机に崩れる。
「見た目がお化けだからです。もしかすると昨日の催しものが追い打ちをかけたのかも・・。」
確かに昨日の最後の踊りは不気味だった。見た目黒髪お化けが髪を振り乱して踊っているのだ。実は子供がみると泣き出すことで有名なターオの伝統舞踊なのだが、知らずに鑑賞したうえに、レヴィは昼間にリアルで目撃していて、その時は失神までしている。怖がらないわけがないことに今更気づくウェイロン様であった。
「縛って精霊の地に置いときましょう。」
「ダメですよ。レヴィは繊細なんですから、取扱説明書ちゃんと読みましたか?」
「読みましたけどぉぉ、めんどくさいじゃないですかぁぁ。」
「気持ちはわかりますが厳守です。」
旅団内ではマル秘資料としてレヴィ取扱説明書が配布されており、すでに「トランス状態における扱いについて」という項目が追記されたver9が回覧される予定である。ちなみに最終的な監修はロイがしている。
「ところで、ラリー、こちら素晴らしい開発です。」
ウェイロンが懐からすっと大きめの鏡を取り出した。昨日ラリーがデナーリスに見せていた試作品よりも二回りほど大きい。手鏡ではなく卓上で使われる折り畳みタイプだ。こちらが試作品としては元祖で、手鏡はラリーが勝手に改良を進めている魔道具である。
「おはよう。」
鏡の中に今朝のレヴィが写し出される。豪華な白い花冠を抱き、透明感のあるプラチナブロンドを床に広げたレヴィが宝石のような瞳を開いて「おはようございます。」と挨拶をする。
顔は地味なだけで悪くないレヴィだ。精霊の関心を引き寄せた美しい色合いは伊達じゃない。ロケーションといい花冠といい現実のものと思えない神々しさがある。
「うわー、すごい。」
「すっげぇキラキラしてる。」
ナバイアとエイダンのリアクションにウェイロンが得意げにふふふと笑う。
「ラリー、この鏡、映像ごと複製できませんか?」
「ウェイロンさま、私もちょうど同じことを考えていました。」
ようやくラリーが計算の手をとめて顔を上げた。
「ラリー、さすがです。常々思っていましたが、レヴィ目当てで出現した精霊と、その後どう交流を続けていけばいいのか・・。ゆくゆくはかつてのように人界に愛着を持ってもらえればいいんですが、そのゆくゆくまではどうキッカケ作りをすればいいのか。そんな私の悩みを解決する画期的な製品がこの魔道具なのです。」
ウェイロンが鏡を正面に置き、居住まいを正した。
どんな説明が聞けるのかと思わず前のめりになった6人にウェイロンが語りだす。
「この魔道具、なんと日常的に鏡として使えるだけでなく、先ほどご覧いただいたように映像を切り取って写し出すことができます。えっ?かなり魔力が必要だよねと、必要魔力量が気になるそこのあなた!心配いりません。相手は精霊です。現在人間仕様ですがゆくゆくは精霊用魔道具として霊力に反応して起動するようにします。すると鏡の中の推しがあなたに微笑みかけてくれます。おはよう、でもおやすみ、でも大好きでもいいでしょう。辛い時も寂しい時も笑顔の推しがあなたを支えてくれる。しかも、なんと月に一度映像が更新されるのです。先月はおはようだったのが、今月は朝ごはんを作りながら待っててねって言ってくれる映像かもしれません。来月はもしかするとあーんしてくれるかも。」
「ぶほおおおおおお。」
ラリーが奇声を発する。何を想像しているのか一目瞭然である。
「推しの最新映像見たいですよね?」
「「「もちろんです!」」」
ラリーとナバイアとエイダンの声が重なる。
ウェイロンが頷く。
「そうでしょうとも。もちろん、我々も労力は惜しみません。積極的に姿を現してくれた精霊の皆様には年に一度手作りポプリが送られるだけでなく、抽選にはなりますが撮影会もご用意しましょう。こちらの魔道具で推しと自分の映像を残せば最高の思い出になること間違いありません。登録できる映像は毎月更新されるものと合わせて残念ながら30枚が限界です。それ以上になりますと申し訳ありませんがもう1枚お買い求めください。ただし今ならお申込み特典としてなんと1枚買えばもう1枚お付けいたします。お申し込みは今から30分以内にお願いします。今から30分以内です。このチャンスを逃すと通常は枚数制限を設けさせていただいておりますので当面1人1枚とさせてください。誠に申し訳ございません。生産に限りがあるお品です。なるべく多くの方に御手に取ってもらいたいと思います。それではお申込先はこちら。今だけ1枚買えばもう1枚つきます。今だけのチャンスです。スタッフを増員して皆様のお申込みをお待ちしております。」
「「「申し込みます!」」」
3人の若者が声を合わせた時を同じくして、どこかの湖とどこかの泉が大きく水しぶきをあげたとかあげないとか。
「冗談です。まだそこまでの機能はありません。ということでラリー頑張ってください。この魔道具が世界を救うかもしれません。まずは精霊優先です。いいですね。精霊優先です。」




