2章5話「息を荒げるのは」
「……」
アトアグニさんは無言で弓矢を放つ。
「あぁ……! そう言う無言の攻撃も、良いわね!」
それをクナピトは自慢の槍で叩き落とす。
その間にアスクムは腰を低くして、敵の元へと向かって行く。
「もう1度、神からの……!」
薬品を手に持って、もう1度割ろうとするシヴァを、アスクムは持っていた短刀の柄で彼の手を叩く。
シヴァの手から薬品は離れ、薬品は電車の窓にぶつかった。窓から白い煙が現れる。
「ちっ……!」
シヴァは小さく舌打ちすると指で手を拳銃のような形を作り、アスクムに構える。
「それか!」
アスクムは宙返りする勢いで自身の足でシヴァの手を蹴り上げる。
手は電車の天井に向き、白い煙が発射された。
「その分かりやすい白い煙を隠すための薬品による白煙の散布か」
「ちっ……! お主、わしの攻撃をここまで予測出来るとは……! まさか、機関が送り込んだエージェント……」
「違うから、僕はただの情報通だ」
アスクムはシヴァに短刀を向ける。
これでほぼシヴァは無効化できただろう。
「あぁ……ん! なかなかのSじゃない♡」
「……」
その間中もアトアグニさんは普通の弓使いでは考えられないほどの速さで連続射出をしており、それをクナピトが槍で落としていく。
アトアグニさんのは無駄を抑えた、それでいて手早い動作だが、それに対応しているクナピトは槍の重さで少々疲れ気味に見える。
「はぁはぁ……。興奮以外で息を荒げるのは久しぶりよ。そんなにダークエルフスク水の格好は嫌かしら? 大丈夫、一度やれば慣れるから!」
「……慣れたく……ない」
アトアグニさんはそう言って、さっきよりも早く弓矢を射出する。
「速っ……」
アトアグニさんの射出速度に付いていけないクナピトは遂に肩に弓矢が突き刺さった。
「はぁはぁ……。ねぇ、ロリエルフのお嬢ちゃん? お名前を聞かせてくれない? 情報流失とかはしないから。旧スク水だから名前を書いた方が良いから……ね!」
クナピトは槍を持って、そのまま向かって行く。
「……フォルセピア・アトアグニ」
それをアトアグニさんは弓矢で彼女の足を狙って落とした。
クナピトは空中で笑みを浮かべて、そのまま地面に落下した。
「……やったの?」
「ディオルーの口調が戻ったって事は、終わったんだろうな」
まぁ、これで終いだろう。
「アスクム、そいつらどうするんだ?」
「とりあえず、学園で危険視扱い、変人扱いされているから地元警察にでも通報しようかと」
「よし、それで……」
決定と言いそうになった僕の顔に、
ベチャ!
と言うクリームが顔に当たる擬音。恐る恐るそれを手で取ると、
「……パイ?」
ヤヤがそんな声をもらす。クリームが目に付いているために良く分からないが、どうやらパイらしい。
僕は顔をハンカチで拭き、パイの投げられた方向を見る。
「2人を返してもらいますよ!」
そこに居たのは、なんとも美しい女性であった。
肩にまで伸びる桃色の髪に、豊満な胸を覆う胸元を過剰に露出させた白いワンピース。そのワンピースの上には可愛らしい鳥のアップリケが付いたエプロンを着ている。
赤い瞳と髪と同じ色の桃色の兎耳は、彼女に兎と言う印象を強く与えていた。
僕達とほぼ同じくらいだろう彼女の右手にはパイが載せられている。
どうやら、この2人の仲間らしい。そんな彼女をシヴァが呼ぶ。
「スイーツ(笑)じゃないか!」
「誰がスイーツ(笑)ですか! いつも言ってますよね、シヴァさん! 私は甘ヶの思考ではなく、ごく一般的な思考です!
白馬に乗った王子様の顔に、温かいホットケーキをぶつけたいと言うのは乙女として当然の思考です!」
いや、そこは熱い口づけとかだろう。
クナピトも顔を、兎耳の女性に向ける。
「……シワコ・コニアン。あなたはアサセノスさんを迎えに行って、そのまま裸エプロンで押し倒すと……」
「えぇ! いつまでも私に惚れないアサセノスさんのために、ここは乙女として再認識させるべくいつもより露出度高めの裸エプロンで……」
「「「「「……えー」」」」」
僕達、僕にヤヤ、ディオルー、アスクムとアトアグニさんの5人は揃って引く。
「……はっ! クナピトさん! 何、敵の前でこんな恥ずかしい事を告白させるんですか! 恥ずかしくてショートケーキのスポンジに隠れたい気分ですよ!」
「……いや、あなたが1人で言ったんじゃない」
「えぇい! 『どんぐりの会』キッチンメンバー004の『お菓子を発生させる異能』の持ち主である私、シワコ・コニアンを馬鹿にする奴には、チーズケーキのようにスタンダードにお仕置きしたいところですが! 今日はアサセノスさんのために美味しい夕食を作らなければならないので!」
そう言って、シワコはエプロンのポケットから『薄力粉』を取り出す。
「今日は粉吹き芋風の風味で閉店!」
シワコはその薄力粉を電車内にぶちまけた。
突如、発生して充満する白い薄力粉の煙幕。
「げほげほっ!」
「うぅ……! 目に粉が!」
「……こほっ」
「アスクム! 窓を開けなさいよ!」
「ごほっ! 了解ー……」
アスクムの手によって、電車の窓が開けられて白い粉は外へ出ていく。
「あいつらは! ……いないわね」
ディオルーが見たその時には、もう3人の姿は消えていた。
「はぁ……。出来ればもう2度と関わりたくないな」
「同感だよ、レンラ」
はぁ……と僕達5人は溜め息を吐いた。
溜め息と共に、少し残っていた薄力粉は宙に少しふんわりと浮かんだ。




