第26話
イザベルとリウの立ち会いが始まる。
イザベルは元、であるが、どちらも軍。
2人が構えると、ぴりっと緊張した空気が走り、マサヒデ達も緊張する。
「バジー拳、チャンショウ=リウ。お手柔らかに」
「トミヤス流、イザベル=エッセン=ファッテンベルク。参る」
じり、じり、とイザベルが少しずつ前に出て行く。
リウはやや半身で、水月辺りの高さで、右拳を前に、左拳が後ろ。
マサヒデが腕を組む。
(当たれば終わるな)
イン程ではないにしろ、恐ろしい威力の拳のはず。
インはシズクを軽く殴っただけで動けなくしてしまった。
イザベルも頑丈とはいえ、シズク程ではないし、体重も人族とほぼ同じ。
動かぬリウに、じりじりとイザベルが近付いていき、イザベルの手とリウの前手とが、上下で同じ距離で重なる。もはやどちらも手を伸ばせば当たる。
イザベルの揺れる手が、少しずつ下がっていく。リウの手は下。上は押さえている。
はず、だが・・・
(動けないか)
先ほどのインの肘打ちを見ている。
手を取っても、リウはぐっと下に沈み、肘が上がってくるはず。
そうすると、突き上げられるように肘が入る。いかに狼族のイザベルでも沈む。
(姿勢。姿勢を忘れずに)
イザベルは前かがみに深く姿勢を取っている。懐が深い。
リウの速さが分からないが、肘が伸びてくる前に下がれるかもしれない。
掴んだまま下がれれば、イザベルの力なら崩せるかもしれない。
ゆる、とイザベルの拍子が外れた。
はし! と掴むかに見えたが、さっとリウの前手が引かれる。
奥手の拳が出て来たが、ぱ! と横に弾いた。
(掴めぬか!)
短い間合いで、恐ろしい速さの突き。掴めない。
危険だ! とイザベルの動物的な勘が走り、半身に後ろ足を下げる。
引いた前手。横に弾かれた奥手。
リウの足が地を殴るように音を立て、その場で真下に踏み込まれ、両手を左右に突き出すようにして、掌打が出て来た。
半身に下がったイザベルの水月を掠める、リウの掌打。
(死ぬ!)
咄嗟にリウの手首を両手で掴んだが、まずい! と肘まで片手を滑らせる。肘まで止めないと、あの身を沈めた肘打ちが来る。
と、押さえていたリウの手が、くるっと回って立った。
「何!?」
思わず声が出た。狼族の力で押さえているのだ。人族の力で動くはずは・・・
は! とリウを見ると、リウがにやりと笑った。
くるりと奥足が前に出てくる。
取られた腕と逆の腕が、下から突き上げるように出てくる。
その動きがスローモーションに見える。
死ぬ・・・
前に出て来た奥足を蹴ったが、弾かれた。
反射的に取っていた腕を押し離す。
(動かぬ!?)
根を張った木のように、リウは動かない。
逆に、イザベルの方が自分の力で押し出されるように、後ろに下がった。
ぴたりとイザベルの水月の前で、リウの肘が止まった。
今、下がっていなければ、あれをもろに喰らっていた・・・
と、肘打ちに出て来た手の手の平が、イザベルの顔の前に、ぱっと上がった。
普通はここで反射的に身を引いてしまう。
が、イザベルは普通ではなかった。
「ふあーっ!」「何っ!?」
ぱ! と小手返しに取り、リウを倒す。
そして、首の横に、どす! と踵を落とした。
「そこまで」
インの声が静かに響いた。
倒れたリウが、
「お見事」
とイザベルに笑顔を向けたが、イザベルは目を見開いたまま、荒い息をつき、そっとリウの手を離した。リウは笑顔のまま立ち上がったが、イザベルはまさに死の縁際を覗いた者の顔。
「流石は特戦隊、お強い」
ぽん、とリウがイザベルの肩に手を置くと、は! とイザベルが顔を上げた。
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ひと心地ついて、インが横に立つリウを見て、
「中々見られぬものを見せてもらった。バジー拳と知ってああも近間をとるとは」
「はい。手加減はしておりませんでしたが、やられました」
「リウ。お前、殺すつもりで打ったな」
「でなければ死ぬと、直感的に思わず」
「まだまだ未熟だな」
「はい」
平然とリウは答えているが、イザベルは身も凍る思いをした。
今も背筋がぞくぞくする・・・
「あっ。シズク殿、上着」
「はい。どおぞ」
冷えるはずだ。
顔を赤くしてジャケットに袖を通し、ボタンをとめ、咳払いして、
「リウ殿。只今の組手に関して、質問をお許し願えますでしょうか」
「何でしょう」
「私、リウ殿の足を蹴りました。腕を押しました。しかし、リウ殿はまるで動かず。何故でしょう。私の方が力は遥かにあるはず」
む、とリウが眉を寄せ、
「何故・・・と言われましても、日頃の鍛錬の賜物としか。足は痛いです。ひびが入ったと思いますが」
「どのような鍛錬を」
「主に站樁など」
「たんとうとは」
「馬歩とも言いまして、馬に跨がり、手綱を取るような姿勢を」
リウが站樁の形を取る。
「こうやって、立っているだけです。この国の禅と同じです。それを立って行うだけです。丹田で呼吸しておりませんとすぐに疲れるので、そちらも鍛えられると」
「なるほど。お教え、ありがとうございます」
ぴしりとイザベルが頭を下げる。
リウも姿勢を戻し、
「こちらこそ、良いものが見られました。ありがとうございました」
と、頭を下げた。
インが腕を組み、イザベルを見て、リウを見て、マサヒデに目を向け、
「トミヤス殿は、刀」
「はい」
「そうか。では、礼にひとつ見せようか。リウ。槍を持って来い」
「どちらを」
「稽古用の物に決まっておろうが」
「はい」
ぴりりとマサヒデ達に緊張が走った。
インの異名、神槍。その槍が見られる!
「トミヤス殿はその刀で宜しい」
「はい」
「さて・・・槍の立ち会いは久し振り。研究はしておりましたが・・・」
マサヒデが前に出ると、インも立ち上がり、マサヒデの向かいに歩いて来る。
リウが歩いて来て、インに先にてるてる坊主の頭のようなものがついた槍を渡す。
インがその穂先を指で弾くと、粉が舞った。
「当流は槍をこれで稽古しましてな。当たれば相手の身体に粉が着くと」
「あ、なるほど!」
「さ、抜きなされ」
「はい」
すらりとマサヒデが抜き、少し迷って正眼に構えた。
これで突きは・・・払えるだろうか。
先程の拳を出すように突かれては、5間(9m)も吹き飛んでしまいそうだ。
「さて、一本かな」
「えっ?」
インがにっこり笑って槍を立て、マサヒデの顔を指差し、
「ほれ、額を見てみなされ。と言っても見えぬか」
皆が驚愕の顔でマサヒデを見ている。
はっとして額に手をやると、指先に白い粉。
「・・・」
「はっはっは!」
「おっ、恐れ・・・入りました」
全く、動きが見えもしなかった。これが神槍・・・
「では、ひとつ教えを授けようか」
「は!」
「千手有る者は怖るに足らず。一手熟する者こそを怖れよ。儂は今までずっとこの考えでやってきた。剣術にも色々あろうが、自分が使うものは絞ること。人の時間は限られておるゆえ、全てが中途半端に終わる」
「は!」
「しかし、ここで勘違いしてはならぬ。他を全て否定せよと言うのではない。色々な技術を見、学ぶ事は大事。そこには必ず発見がある。世には万を超える技がある。その全てが、今、自分が使っている技術を、大きく引き上げてくれるもの」
「は!」
「トミヤス殿はまだお若い。今は多くを学びなさい。しかし、これだけは負けられぬというものをひとつだけ心に置いて学ぶこと。すると、これまでは自分には使えぬ、これは必要ない、と見えた技術にも、その大事なひとつの何かしらの糧になって見える。何を学んでも、自分の大事なひとつがどんどん磨かれる」
「は!」
にこりとインが笑い、
「この考え、この国の武術にも当てはまりませぬかな。そうさな、一剣流なる流派は、擦り落としに始まり、極めると擦り落としのみで全て終わるとか」
「あっ・・・確かに」
「この国の武術には疎いが、そういうものばかりだそうで」
一剣流もそう。擦り落としだけが完璧に出来れば免許皆伝で、他はいらない。
車道流もそう。数百ある型は、全てがただ無刀取りというひとつの技の為。
アブソルート流もそう。ただ振り上げて振り下ろすという一振りの動作。
サカバヤシ流もそう。ただ速く抜き打つだけ。
三傅流もそう。ただ相手の拍子を超えるだけ。
全て、求める所はひとつに納まる。
「ふふふ。結局、爺の戯れ事は要らなかった、という事ですかな。ま、トミヤス殿も子供達の相手をして下され。おい、リウ。もう少し稽古をつけてもらうか?」
リウが苦笑して頭を下げ、
「先生、ご勘弁下さい。先程のイザベル様は、トミヤス殿方の中では一番弱いとか。私はまだ死にたくはありません」
「はーっはっは!」
インの高笑いが響いた。




