愛二乗=分かってね?
「果穂子、あんたもチョコ作る?」
高校に入ってから出来た友人、光は言った。
「何で?私食べるの専門だし」
肩を叩かれる。
「大君も大変だぁー」
大君 雪哉。
その才能とぶっとび加減に尊敬?の意を込めて大君と呼ばれている。
「はい、今日は何日!?」
「2月13日」
「明日は?」
「2月14日。あっ、友達の誕生日だ」
「苦労してるのね……、大君」
「何が言いたいのよ」
むくれて聞いてみると思いもよらない答えが返ってくる。
「明日は決戦の日、バレンタインだーーー!!」
「あ、そういうのあったね」
「どうして忘れてるのよ!」
んー、と唇に人差し指を当てて振り返る。
「中1の時に初めて知ったんだよね。
その時もあいつにチョコあげてないなぁ」
そういえばその後一週間口聞いてくれなかったっけ。
「女を捨てるな!戦え乙女!」
「光、前は普通だったのに、たくましくなって……」
「愛のためなら女は強くなれるのよ!
さて、餌付けチョコ一緒に作りましょ」
「い、今さらりと何か言ったよね」
「気のせいよ★」
「そういうことにしまーす」
「光の何分かさっぱりクッキ~ング」
ふんふんと某クッキングの鼻歌を歌ってチョコを刻んでいる。
刻んでいるのだが、そのぉ……。
「閃、ちゃきちゃき動いてね」
双子の兄が奮闘してるんですが。
戦うんじゃなかったのか、友よ。
「平田さん」
兄に話しかけられちゃたよ。
「平田さんもチョコ作るんだよね?じゃあ、さっきしたみたいに刻んでくれる?大きすぎると溶けにくいから気をつけて」
「はーい」
光は何してるんだろう。
あ、エプロンしてる。
「作るの?」
「当たり前よ!愛のこもったチョコを使って彼を悩殺。
彼は永遠に私から逃れられない……」
完全ブラックな顔つきだったが急に戻った。
「閃が作ってるのは義理チョコというか、お歳暮チョコ?
実は去年果穂子に渡したのは閃の手作りでした~」
えへっと笑ってみせる光。
まじで?
『うわぁおいしいよ。プロ級だな』とか思ったんですけど。
「毎年俺の役目。
それに今年は彼女にあげるつもりだから丁度いい」
「へぇー。面倒くさそうなのに、優しいんですね」
「鬼畜の中の鬼畜に何言ってんのよ。こいつはね、気にいった子はとことん苛めるタイプなの。彼女さんも大変よね」
「うるさい。チョコ作らないぞ」
「はいはい」
あぁ、初めて作るチョコだけど喜んでくれるかなぁー。
市販のチョコの方がいいかも。
確実においしいんだし。
雪哉のことだからお腹壊しても食べるんだよきっと。
「果穂子!何トリップしてるの?
チョコ粉々じゃん」
「うわっ!」
チョコは砂と例えるのがふさわしい姿になっていた。
「溶かせば同じだから」
光の兄のフォローが痛い……。
まさに決戦。雪哉の家の前に立つ。
インターホン鳴らさなきゃ。
ぐぐぐぐぐ、と手を伸ばし引っ込める。
先ほどからこの繰り返しだ。
「あ~ら、果穂子ちゃんじゃない!久しぶりね」
雪哉のお姉さんと会ってしまった。
私の下げている紙袋を見て、にたっと笑う。
「うふふふ~。そうかそうか、ついに弟も本命からチョコを。
今年はあの情けない顔が見れないのね。残念。でも良かった」
がしっと私の肩をつかむ。
「雪哉~!果穂子ちゃんよ~!!」
呼んじゃったよ!心の準備が!!
「果穂子ーー!!」
かばっと抱きついてくる。
「離してよ!」
「イヤ。果穂子今日学校で冷たかった」
「それはあんたが女の子に囲まれてるからでしょ!!」
あ、やっちゃった。
眼前にはどうしょうもなくキラキラした瞳。
「後は若いものに任せて……」
お姉さんが笑顔で消えた。
お見合いじゃないんだから。
「それで今日は何の用で来たの?」
沈黙が続く。
「あ、あのこれあげる」
無理やり押し付けるようにチョコを渡した。
「これ、俺のうぬぼれじゃなければチョコだよね?」
ラッピングされた箱をかかげ、いろいろな角度から見ている。
それを見て、胸が痛む。
「ごめん」
「え、チョコじゃないの?」
首を振る。
「そのチョコ市販なの。
ほんとは作ってたんだけど、失敗しちゃって」
「そっちの箱?」
紙袋の奥にある箱を見つけて取り上げる雪哉。
「ちょっと!返して!!」
私の手の届かないところでチョコを取り出して、ああ食べちゃった。胃薬買ってきて良かった。
その後、奇妙な言葉が聞こえる。
「おいしいよ」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ」
「嘘!昨日味見したけどすっごく苦くて不味かったんだから!」
そう言うと、呆れた顔で雪哉は見ていた。
「分かってないなぁ」
果穂子を手を取る。
慌てて果穂子は手を放そうとするが、倍の力で押さえられる。
「バンソウコいっぱいだね。頑張ってくれたんだ」
いとおしむように指先にキスする。
「君が、俺のために頑張ってくれただけで幸せ。
君のくれたものなら宝物だよ。
きみの作ったものだからおいしい」
「分かってね。俺の愛しいヒト」
甘く微笑む。
まるで蜂蜜のような微笑。
蜂蜜はとても甘くて、クセになる。
中毒。そんな言葉がぴったりだ。
「こっちの市販のチョコももらうから」
「どうぞ」
笑顔に魅せられてたのが悔しくて、視線を外して答える。
彼はにこにこと袋をあけ、チョコを口に含む。
あ、へらっと笑った。可愛い。
口が緩んだ私を横目で見た彼はいたずらっ子のように笑って――
口に残るのは濃厚なチョコの味。
「おいしい?」
「ばか!!」
そんなの答えられるはずないじゃない!!
悔しい。睨むしか出来ない。
「そうだ。来年は手作りチョコ上手に作るから」
「失敗しても食べるからね。果穂子がバレンタイン忘れない限り」
うっ、すっかり忘れてた私にはきつい言葉です。
「今年ももらえないかと思ったー。嬉しいなぁ」
強く抱きしめられる。
果穂子はそっと頭をもたれさせた。
渡してよかった。