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愛 二乗  作者: 花ゆき
中学生編
18/37

愛二乗と自覚

 


 あれから練習を重ね、歩幅が合うようになってきた。

 それに伴いスピードも上がってきた。

 まぁ、大君くんが私の歩幅に合わせてくれているんだけど。


 っと、考え事をしていたからこけそうになる。

 けれど力強い腕が地面との接触を防ぐ。


「大君くんありがと」

「どういたしまして」






 遠くから二人の練習風景を見ている人物がいた。

 遠山 啓一と柿本 皐月である。

 二人ともリレーのバトンを持っていることからリレーの練習をしていたことが分かる。


「惚れ直した?」

「はぁ?誰に」

「雪哉に」


 返事はなかったが、皐月の顔が赤いため明らかだった。

 自分で言っておきながらおもしろくないのが啓一。

 ふっ、と顔を歪めて笑う。


 そんな彼を自分にいっぱいいっぱいで気が付かない皐月。

 皐月が見た時にはいつもの自信たっぷりな顔になっていた。


 つまり企んでいる顔。


「俺は雪哉みたいにかばえないだろうけど、それでもお前となら上手くいく自信がある」


 皐月は目が点になる。

 何言ってるのこの人!?


「ばっかじゃないの?さ、練習するわよ」


 何故かはやる胸を押さえて背を向けた。

 この空間が心地よかった。





 まったくの偶然だが、この時少女二人は同じことを感じていた。



 この時が続けばいい――と。





 体育祭当日、二人三脚の第二走者が足をくじいた。

 練習中、変な風に転んだらしい。


「どうしよう」


 私は顔を曇らせて言う。

 けれども大君くんはいつもと変わらず微笑むばかり。


「大丈夫なんじゃない?」

「何を根拠に言っ」


 すっと大君くんがとある方向を指した。

 その先にはもめている皐月と遠山 啓一くんがいた。

 何事かと思い、近付く。


「だから私には二人三脚なんて無理って言ってるでしょ!?」

「誰が決めたんだよ」

「知ってるクセに!私が運動オンチなこと」

「でも100mだろ。棄権するのか?敵前逃亡だな」

「そんなつもりはないわ」

「じゃあ出るんだな」

「うっ……。分かったわよ、出ればいいんでしょ!!」


 なんと皐月と遠山くんが出ることになった。

 運動が苦手な皐月をうんって言わせるなんてすごい。


「ね?」


 全て知っていたかのような大君くんに私は何も言えなくなる。





 そして本番。まず、皐月達から。

 最初はなかなかいいペースで走っていたが皐月が転ぶ。

 その間に抜かれていく。

 なんとか体勢を整えたものの皐月の目には失望があった。



「俺達は勝ーつ!!」



 突如として隣から聞こえた大声に肩をすくめる皐月。

 そして皐月の肩に置かれた手に力が入る。


「お前も言えよ」


 ニッと笑った啓一に苦笑する。そして大きく息を吸い込む。



「私達は勝ーつ!!」



 肩の力が抜け、すっきりした様子の皐月。満足そうに笑う啓一。


「これは100m走だ。何も考えないで思いっきり走ってみろ」


 目に再び闘志が宿る。

 そして駆け出す。

 皐月はゴールしか見ていない。その間に一人、また一人と抜いていく。

 それでもスピードは緩まない。彼女が目指すのは一位だけ。


 皐月は一番にテープを切る。



「一体これは何でしょう!?代理選手の華麗なる逆点勝利!」


 見る見る間に抜いていくその姿は爽快だった。

 そんな二人をみな、ヒーローを見るかのように応援していた。

 会場がわっと盛り上がる。


「この空気の中走るんだ」


 緊張した面持ちで果穂子は呟く。


「転んでもいいよ?」

「もうっ、大君くん!」


 それだけの言葉で呼吸が楽になる。後はスタートを待つだけ。


 パァン!


 始まる。

 右足、左足。どんどん進んでいく。

 なんのしがらみもなく、解放された気分になる。

 体が軽い。気が付いたらゴールにいた。


「圧倒的!!大君&平田ペア一位!!」


 やった!と大君くんを見た。


 大君くんは、知らない女の子といた。



 すっと冷えていく心。

 私だけ別世界で物を見ている感覚がする。


 新しいカノジョなんだ……。


「果穂子、やったね!」


 皐月が来ても振り返れない。

 私の反応をおかしく思った皐月が前に回る。


「果穂子!?」


 果穂子はただ静かに涙を流していた。

 気遣った皐月が人気の少ない所へ誘導する。


「平田、どうかしたのか?」


 啓一が尋ねてくる。


「果穂子具合悪いみたい。ちょっと休んでくるわ」


 皐月はそう言った。

 しかし啓一は果穂子の頬に光るものを見てしまった。





「雪哉、お前どうして今回の子と付き合うことにしたんだ?」

「俺のせいで平田さんが虐められることになったからね」


 それだけのために雪哉は付き合っている。


「最悪だな。あの女の子の気持ちも考えてやれよ」

「俺を本当の王子だと思っている子に?

 俺をちゃんと見てくれているのは平田さんだよ。だから大切にしたい」


 羽を休める止まり木だと公言しているようなものだった。

 だけどその大切にする行動に問題があった。


 だから泣かせるんだ、と啓一は内心呟く。




「好きなら付き合えばいいじゃないか」

「だからその好きじゃない」

「じゃあもらうぞ」



 沈黙。しかしそれが何より答えだった。

 威圧感たっぷりに親友であるはずの啓一を睨みつける。


 何がその好きじゃないだ。俺を睨みつけているヤツのセリフじゃないだろ。


「早く素直になれよ」

「もう素直だって」

「ばーか」





 人気のない校舎裏。

 二人はコンクリートに座っていた。

 元気付けるように果穂子の背中をトントンと叩いてやる皐月。


「どうしたんだろうね。前は大君くんに彼女がいてもどうってことなかったのに」

「とっても好きになれたんじゃない?それくらい人を好きになれるのって素敵なことだよ」

「苦しいのに!?」


 果穂子は胸を押さえながら言う。


「それでも私は人を好きになれてよかった。よかったよ」



 皐月は自分の気持ちを過去のことのように話していた。

 そう、それはもう、思い出となったのだ。

 そして空いたスペースにずうずうしくいるのはアイツだ。

 皐月はほんの少しだけ“アイツ”に感謝した。


 皐月の深い目に何かを感じ取った果穂子はうん、と頷いた。


「そうだ、私は大君くんが好きなんだ」





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