愛二乗=ゼロ以上
一年の2学期。くじ運の悪さで果穂子は学級委員に。
同じく大君くんも。
クラスの女子に羨ましがられたけどねっ、問題があるのよ!!
大君くんと委員会の仕事でアンケートを集計していると遅くなった。
秋から冬へと移り変わっているため、日の暮れるのが早い。
その上今日は辞書を持ってきているため、鞄が重い!!
恨むぞ、通学距離2Kmに満たなかった家!!
隣の家は自転車通学なのに~。
「平田さん、暗いから一緒に帰ろう」
「そんな、いいわよ。私暗いのなんて全然平気だし」
全然、と強調して断る。
しかし、フェミニストの大君くんには通用しなかったみたいで。
「女の子なんだし、危ないよ。
だから一緒に帰ろう。途中まで、だけどね」
断る私に遠慮して途中までと言った。
「帰り道に本屋があるからそこに寄りたいんだ」
本、本、本っていうと……。
脳裏に浮かぶのは分厚い高尚そうな本。
流石大君くんだなぁ。
「平田さん、平田さん、俺が買うの漫画だから」
「え?大君くんって漫画読むの?」
「普通にね」
「へぇー。大君くんって育ちがよさそうだから読まないかと思ってた」
女の子の理想をゆく大君くんも人のようだ。
なんだか親近感がわく。
「見事に誤解されてたね。っと、もうここまで来ちゃった」
いつの間にか着いていた本屋の前でぴたりと止まる。
「じゃあ気を付けて」
「あははは、平田さんこそ気を付けて」
笑って別れた。
ああぁぁぁあああ、どうしよう。
道が暗い。どうしようもなく暗い。
先ほどまであった街灯は角を曲がると立っていないのだ。
実は私、平田 果穂子は暗いの大っ嫌いです。
でも意地っ張りな性格からつい嘘をついてしまうんです。
本当は誰かと一緒じゃなきゃ、ろくに歩けないのにね!!
でもそんなことを今更嘆いても変わらない。
歩かなければ家に着かないのだ!
歩け、自分!己の平和の為に!!
いちにーさんしっ、いちにっさんし!
てくてくてく。
……後ろから付いてくるように足音がする。
はっ、まさか幽霊!?
っ……。
「ねえ」
「ぎゃぁぁああああ!!臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!!
祟らないで下さい。呪わないで下さい!!」
頭を抱えてしゃがみこむ。
しかし、聞こえたのは聞き覚えのある声で。
「それって“九字切り”?」
大君くんだった。
「なんだ大君くんか」
「クスッ、何だと思ってたの?
でも平田さんって、さっき“暗いのなんて全然平気”って言ってたよね?」
うう、何も言えません……。
黙りきった私を見て、大君くんは提案した。
「じゃあさ、平田さんの家まで送らせてよ」
「え、え、え、遠慮します!」
「あんなに怖がってた人が?」
うぐっ。
「でも大君くんが遠回りになっちゃうから悪いよ」
「俺、男だし大丈夫だって」
「じゃあ、有難く送ってもらおうかな」
「そうしなよ」
暗い小道は明るさを取り戻す。
楽しい話をしながら、家へと。
先ほどまでの恐怖は消えてしまった。
ありがとう、大君くん。
ぷっ、くすくすくす。
急に大君くんが笑い出す。
弾んでいた会話も途切れた。
「何がおかしいの?」
「いや、さっきの平田さん、涙目だったなーって。
よほど怖かったんだ?」
そこまで見られてたんだ……。
「可愛げがないでしょ。
“暗いのなんて全然平気”って嘘ついて」
すると横を歩く大君くんは思案するように黙りきる。
やがてぽつりと呟く。
「可愛かったと思うけど」
「え?」
聞き間違いかと思った。
「そうやって嘘ついたりする所も可愛いかなーって、何言ってるんだろ。
あははは、忘れて」
背けられた顔。
どんな表情をしているのかさっぱりだ。
ちょうどその時、街灯の下を通った。
顔はわからなかったが、耳がほんのりと色づいている。
私の口はゆるりと弧を描いた。
それから帰りが学級委員の用で遅くなった日は、一緒に帰ることとなった。
数ヶ月のことだけどね。
本人には内緒で、感謝!
大君くんのことだから分かっていそうだけど。




