■ 弐拾弐 二〇〇五年八月二十三日 午前十時二十三分
■ 弐拾弐 二〇〇五年八月二十三日 午前十時二十三分
「墓・・・なんなんかお前?なんでうちの墓にくるんか」
「いや・・・なんとなく」
辰ちゃんの家の墓参りをしたい、と言い出した俺を、辰ちゃんは『なんやねん』
といぶかしげだったが、バイトの休みの日を利用して連れていってもらうことにした。
辰ちゃんの家の墓は神社から近い、共同墓地にあるということだった。
「まあいっけどなー。でもうち神道やから線香とかいらんで」
「そ、そうなんか?」
墓参りには線香とかロウソクがいるんだろうか?と思って買っていたけれど、
辰ちゃんはそれを見て、いらない、といわれた。でもまあ、気持ちやからな、と
そのまま持っていく。
俺の知ってる人間は、みんな死んでいた。60年・・・という年月は
誰もあのときのことを覚えてる人間を残してなかった。
辰ちゃんの家は神社だ。つまり、仏教じゃない。神道の墓、というのを
はじめて見たけれど、墓はフツウの墓と変わらなかった。もっと変な形?とか
だと思ったが、多分、仏教の墓と違うのは、墓の先端が尖っている、という
違いくらいだ。
「墓、やのうて奥津城っていうんちゃ」
「はあ」
よく見ると『辰宮家奥津城』、とある。裏には名前があった。
辰宮エマ 命
央司 命
千鶴子 命
出雲 命
数馬 命
一二三 命
「・・・」
辰ちゃんはサカキを持ってきていた。花なんかはそなえないみたいだ。
仏教の墓と違うのは線香を立てないので、それを置くようなものがなかった。
(でも気持ち、ということで俺は線香をあげたのだけれど)
神社でお参りするみたいにして手の叩く音を出さずに辰ちゃんが
お参りをしていた。
「神道に『盆』ていうんがないけん。わしもあんまし、こんなあ」
ここにきたのは辰ちゃんも久しぶりのようだった。盆とか彼岸は神道に関係
ないらしく、むしろ正月なんかにくるそうだ。意外だった。
一周忌、とかいうのがないらしく誰かが死んでも初七日というのはないらしい。
49日というのもないみたいだった。十日祭、二十日祭、三十日祭、
四十日祭、五十日祭、百日祭、という区切りらしく一年祭があって、
一年祭以降は、三年祭、五年祭、十年祭と続いて五年ごとに法事みたいなことを
やるのだそうだ。色んな宗教があるなあ、と感心した。
「・・・この中・・・辰宮エマと、央司って・・・」
エマ命、央司命(みこと、というらしい)という名前があった。
「あー・・・わいのひいばあちゃんやないかなあ・・・央司は・・・よう
知らんけど、小さいときに死んだじいちゃんの弟?とかやないんかな。
千鶴子・・・誰かなあ。出雲・・・はわしの父親やな。数馬はじいちゃん、
一二三はひいじいちゃんやな」
「千鶴子・・・」
千鶴子は生きてた・・・嬉しかった。
どんなふうに戻ってきたのかは今はもう、萬亀・・・俺のじいちゃんも死んだので
わからない。でも、千鶴子は生きていたのだ。
「辰ちゃん・・・九月から俺、学校戻るよ」
「・・・ほんとか?えー、どうしたんか。何があったんか?」
「・・・いいじゃん、別に」
このことは誰に話しても、きっと信じてもらえないかもしれない。
もう、あの頃にいたひとはみんないなくなってしまったし、もう会えない・・・でも
俺は、またこの時代に戻ってきた。
きっとそれには、意味があることのように思えた。
「・・・そんなら、遅れたぶん取り戻さななあ」
「・・・うん」
そうだな、と奥津城をあとにする。
・・・戦争が終わって60年。
あれから、60年。
60年前の俺
60年後の俺
そして俺は
これからの俺を、生きていく。
「・・・ああ、そういやなあ、古閑。こないだ家片付けてたらな、変なものが見つ
かってん」
「え」
「丁寧に包まれた袋にな、雑誌が入っちょったんやけど。・・・最近の雑誌のはず
なんやけどな。状態がものすごい古いんちゃ。・・・なんでかねえ・・・」
「・・・さあ・・・」
俺の持っていった雑誌なのだろうか・・・神社に戻ってそれを見せてもらった。先月、
発行されてるはずなのに、もう何年も前の本のように黄ばんでいた。
よく読まれていたのか手垢がついている。
「ほら、ここ」
「・・・?」
入れていた袋に、万里、とだけあった。・・・数馬の字だろうか。
「・・・ひいじいちゃんが、よくいいよった。何十年も前やけど、1か月だけおった
男がようしてくれたってさ」
「・・・」
「・・・不思議やな?」
「・・・不思議だな」
俺の右腕の時計・・・きっと、数馬のものだった時計。
じいちゃん・・・萬亀に渡して、父さんに渡されて、そして俺にきた。
死んだはずだった数馬
死んだはずだった千鶴子
もう今はいないみんな
「・・・少しは、俺も勉強せんとな」
「んー?」
「いや・・・そう思ったりして」
「・・・まあ」
それが続くといいけんどな、とあまり辰ちゃんは本気にしてないようだったが・・・
俺は、忘れない
60年前の過去の出来事、あの毎日を。
あの夏の
最後の日を
きっと、忘れない・・・




