■ 拾.午前八時十二分
■ 拾.午前八時十二分
8月に入った
なんかこの時代にいちいち驚かされるのは毎月29日だとかに皇居の
方角だとかに敬礼したりとか(天皇誕生日だからだそうだ)することだ。
・・・
なぜそんなことをするのかわからない・・・皇居のある方向に敬礼を
する、とか何の意味があるのかよくわからないけれど、俺もおっちゃんの
真似をするしかない。
辰宮神社は、神社だったので、出征する兵士のお祓いだとか、よく
結婚式をやっていた。・・・若い人は出征する前に結婚するのだそうだ。
でも、結婚するのに、ずっと一緒にはいれなくて、これから戦争に行く、
なんて辛くないんだろうか?
・・・生きて戻れればいいけれど、死んだら、あとに残された奥さんは
どうなるんだろう?
おっちゃんは少しずつだが元気になった。でも、時間があれば
いつも時計を眺めていた。
8月3日の朝だった。
千鶴子がやってきた。
「明日から広島の兄のところにいってくるんで宮司さんに挨拶をしに
きたん」
「広島・・・どうやっていくん」
「電車で2日くらいかけて行くんよ。途中で空襲があったら遅れるかもやけど」
「2日・・・」
たぶん、新幹線なら小倉から広島まで1時間くらいだったろうか。この時代は
二日もかけて広島に行くのか・・・
「・・・気をつけて」
「ええ」
それが
千鶴子を見た最後だった。
「・・・8月」
8月、ってなんかあった気がしたが、思い出せなかった。おっちゃんは数馬の
遺品が届いてから、俺のいた未来のことも聞かなくなった。
暇なので未来から一緒に持ってきた雑誌を読んでいると8月5日のテレビ欄
までが載っていて
『原爆の詩・・・60年後のヒロシマ』
という特番があった。
「・・・ヒロシマ・・・」
・・・広島
といわれてもよくわからなかったが、嫌な予感はした。
なんだっただろう・・・
「・・・辰ちゃんの資料・・・」
慌てて辰ちゃんの資料を見る。8月。空襲の記録のなかにひときわ
『広島』『長崎』という記事が目立った。
8月6日 広島に原子爆弾投下
原子爆弾・・・
原子・・・
「あー!?」
嘘だろ・・・まさか・・・まさか。
慌てて俺は千鶴子の家に行く。
「すみません!千鶴子さんは・・・」
千鶴子の家には、千鶴子のお母さんが一人でいた。ああ、宮司さんのところの、と
「千鶴子は今朝方、広島に行きましたよ」
「い、いつ着きますか」
「さあ・・・5日か6日か・・・」
どっちにしても、ヤバイ。やばすぎる。
「い、今はどのへんですかね!?」
「さあ・・・駅にいってみらんと・・・どうかしたん?」
「・・・大変なことになるんちゃ!」
嘘だろ。こんなことって・・・どうせなら空襲が起きて線路が
潰れて千鶴子が広島に着かなかったら・・・でも、空襲で電車がやられても困るけど。
どうしよう・・・どうしたらいいんだ
どうしたら千鶴子を止められるんだ!?
どうしたら・・・
「おっちゃん!」
「どうした、騒々しい」
「千鶴子が・・・千鶴子が、死ぬんだ」
「・・・何を言っちょるんだお前?」
「8月6日に、広島に原爆っていう爆弾が落ちるんちゃ。その爆弾・・・
ほらこれ読んで!一瞬で10万人とかって人間が死ぬちゃ!」
「・・・なんだそれは。そんなもの聞いたことないぞ」
「しかも原爆って60年たった今でも後遺症とか・・・あって。無事に
生きてたとしてもガンになったりとか・・・」
「・・・そんな兵器をアメリカが持っちょるんか?」
信じられない、とおっちゃんは怪訝そうな顔をした。
「しかし・・・今、千鶴子がどのへんにおるんかなんて検討もつかん。
・・・電車を止める、なんてことはムリだ。空襲がないかぎり」
「・・・電話とか・・・」
「電話・・・?でもどこにいるのかわからんのに」
「じゃあ、電車を止めるには・・・」
・・・いっそのこと、どっかの駅に爆弾仕掛けたとかってデマでも流すか・・・
なんかそういうのでよく飛行機が飛ばなくなったとかってニュースは
見たことあるけど・・・
「ここから広島まで行く駅の途中で大きい駅は!?」
「・・・山口、徳山、岩国・・・宇部・・・」
「じゃあ、岩国駅!」
「・・・どうするんか?」
「爆弾を仕掛ける」
「はあ!?」
「デマだよ、デマ。そういう電話をしたら少しは時間稼ぎになる・・・って電話
ってドコに・・・」
「この辺で電話がある家なんて・・・」
「・・・」
肝心の電話、がある場所なんて滅多にないのだった。あってもよほどの金持ち
とか軍施設とか・・・ホントどうにもならねえ世界だな、と
「・・・電報とかどうやったら・・・」
「でもどこに出すんか?呉か?」
「呉・・・でも呉にいる千鶴子の兄弟って人も危ないんじゃないんかな。とにかく
広島は危ない。・・・どうしよう」
追いかけてどうにかなるだろうか。それとも、これが決められたその人間の運命
だとか?
千鶴子は広島に行って死ぬとか・・・
でも・・・
「・・・先にわかっちょるんに・・・」
8月6日に広島に原爆が落ちる・・・
そしてそこで10万人が死んで・・・
更に10万人が後遺症に苦しむ・・・
あと、二日・・・
「・・・おっちゃん、俺、千鶴子を追いかけるよ」
「・・・なに?」
「・・・5日までに戻れれば・・・千鶴子は助かるんやから」
「でも、どこにいるんかなんて、わからなんやろう」
「・・・」
「電報ですぐ広島から離れるようにいうとか・・・その爆弾というのも
広島離れていれば大丈夫なんやろう?」
「でも・・・」
もし間に合わなかったら?
「お前はこの時代の人間じゃない・・・危ないことせんほうがいい。
もしお前が戻れなくなったらどうするんか?」
「・・・」
「とにかく郵便局に行こう・・・早く電報をうつんちゃ」
イマイズミ ヒャクタロウ チヅル ドノ
シキュウモドッテコラレタシ 8ガツ5ニチ マデニ ヒロシマ ハナレルベシ
こういう電報を千鶴子の兄宛に送った。・・・間に合うだろうか。
「もし・・・もし千鶴子が死んだら・・・」
「・・・」
「どうしてもうちょっと頭よくなかったんか俺・・・」
今更ながらに自分の阿呆さが身に染みた。俺がもっと歴史とかに詳しければ
千鶴子が挨拶にきたときに止めてたのに・・・。
「万里さん、一体どうしたん?千鶴子ねーちゃんに『戻って来い』なんて」
萬亀がやってきた。俺は
「・・・8月6日・・・広島に爆弾が落ちるん」
「空襲があるん?」
「いや・・・原子爆弾って言う爆弾・・・」
「げんし?」
「・・・とにかく。千鶴子もお前の兄ちゃんも6日は九州に戻ってこないと
いかんのや。絶対・・・」
「・・・」
どうか・・・どうか
どうか千鶴子が無事でありますように・・・
俺はただ、祈るしかできなかった。




