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そして、手に入れたもの




パトリシアとユーリーの婚約が決まり、

パトリシアが数カ月ぶりに学園に現れた日の事。

ユーリーたちは、パトリシアが何か目的があり、学園に来たと見ていた。

学園に通う気が無いパトリシアが、席だけは何かと理由を付け、

いつまでも置いていた。

皆はその事を以前から不審に思っていたのだ。

「彼女の性格上、得にならない事はしない」という事だ。

そして、この日、彼女が動くだろうと予測した。


パトリシアに会う為、わたしが裏庭に来た時、

サイラスの鳥も側の樹に降り立った。

鳥が飛んでいても特別気にしたりはしないもので、

意識は全くいかなかった。

そんな事とも知らず、わたしとパトリシアはあの様な話をしてしまった。

パトリシアにしても、油断していたのだろう。


サイラスの鳥が、わたしとパトリシアの会話を聞き、

ユーリーたちに伝えた。

その時から、ユーリー、サイラス、カイルは、『この件』を知っていたのだ。


ユーリーは王宮の隠密を使い、パトリシアとわたしを見張った。

カイルに見張らせなかったのは、わたしが気付くかもしれないからだ。

そして、ユーリーたちの読み通り、パトリシアは動いた。


パトリシアはわたしが毒を仕込まないのでは、と疑っていたのか、

わたしを確実に殺す為に、毒薬を入手した。


ハーパー男爵は、ドリーの父親で、裏で薬を売っていた事もあり、

事業が破たんした今でも繋がりは残り、毒薬を入手する事も

簡単に出来た。


「パトリシアはハーパーに、自分が王子と結婚した後、

取り立ててやると約束していたようだ。

裏稼業がバレ、格下げになった所だ、喜んで話に乗っただろう」


先に証拠を押さえたユーリーは、信頼出来る衛兵二人に簡単に説明し、

パーティ会場に就けていた。


そして、わたしを助ける為に、

サイラスの鳥と、衛兵に扮したカイルを近くに置いた___


「全て、計算通りだったのですね…」


わたしが翻弄されている間に、彼らがこれだけの事をしていたのだと思うと…


「自分が恥ずかしいです…」


「恥ずかしがる事はあるまい、セシリア嬢のお陰で、

あの偽聖女を排除出来たのだからな!感謝しているぞ」


ユーリーは意気揚々だ。

ユーリーが最近ふっ切れて見えたのは、

パトリシアを排除する参段が出来ていたからなのだろう。

ユーリーこそ、嬉々として采配を振るっていたに違いない。


「『正しい行いをしてれば、いつか開ける』、

ユーリー様のおっしゃる通りになり、良かったですね」


わたしが言うと、ユーリーは照れた様に、そして明るい笑みを見せた。



「皆は良い、何故私だけ退け者なのだ!」


実はエリザベスだけは何も教えられていなかった。

一人蚊帳の外だったエリザベスは、不満気な顔を隠さない。

サイラスがすかさず、「あなたは、演技が下手だからです」と答え、

エリザベスを唸らせていた。


「教えて貰えなかったのは、わたしも一緒ですから…」と、

わたしとエリザベスは慰め合ったのだった。



「それにしても、何故あの女は、おまえを『悪役令嬢』と呼ぶのだ?

他にも、サイラスの鳥が聞いた事で、意味の分からない言葉が

幾つかあったのだが…」


皆が一様に不思議がり、

わたしはそれを誤魔化すのに苦労しました。





新しい聖女は、ラナ・スコット。


ラナはパーティ会場には来ておらず、

寮の自分の部屋の窓から外を眺めていた。

愛する人、ユーリーを想って。

そこに、突然空から光が飛んで来た。

そしてそれは、彼女のしていたネックレスの星の飾りに

吸い込まれていったという。


聖女の認定を受けた彼女は、聖女としての訓練を受ける事となり、

学園を辞めて王宮に入った。

少しでも早く立派な聖女になって、皆の役に立ちたいから___

そんな彼女の願いからだ。


ユーリーはラナに想いを伝え、ラナとの結婚を王に認めて貰った。

二人は直ぐに婚約の運びとなったが、

実際に結婚するのは、国が落ち着いてからとなる。



◇◇



全てが終わった。


わたしは破滅を向かえず、『ここ』にいる。


もう、物語に縛られる事も無いだろう。

そう思うと、漸く自由になれた気がした。

これからは、自分の人生を生きなければ…


悪役令嬢セシリア・モーティマーではなく、

ただのセシリア・モーティマーとして、この世界で生きていく。


皆と共に、そして___



「もう秘密はありませんか?姉上」


カイルが穏やかな笑みを見せている。

だが、その青緑の目は油断ならないと言っている様にも見える。

わたしはそれから目を反らし、指を擦った。


「秘密はあります、わたしも、女ですから」


そう、とびきり大きな秘密が…

それを口にする勇気は無い、きっと、永遠に。


だけど、変化は止めようが無く…

きっといつか、知られてしまうだろう…

それを思うと、怖くなる…


「それは聞き捨てなりませんね、想い人でも出来ましたか?」


カイルの声が芯を突き、わたしは息が止まりそうになった。


ああ…この人は、どうしてこんなに、わたしの事が分かるのでしょうか?

それでも、そんな冷たい目で見られては…

予防線を張られている様で…悲しくなります。


「姉上にその様な表情をさせる方を、僕は知りたいです…」


表情?

わたしは自分の頬を両手で挟む。


「いつの間にか…魅力的になられましたよ、男を惑わす程に」


「そ、それは言い過ぎです!その様な事は決してございません!

義弟の欲目です!」


わたしなんかが!!

義弟馬鹿にも程がありますから!!

恥ずかしくて顔が燃えてしまいそうです!!


「恋を知ったのだなぁ…と、僕は悔しいです」


悔しい?


カイルの目が深い青色を見せ、冷たくわたしを見た。


「あなたが恋をする前に、自分のものにしておけば良かった」


え…?


「僕はあなたを手に入れるつもりだった」


「傍にいて、誰も寄せ付けずに、そうすれば何れは僕のものに出来ると」


「学園を出るまでに、それ相応の力を付け、父上の許しを貰い」

「婚約まで取り付ければ、あなただって観念するだろうと…」


観念?カイルは一体何を話しているのでしょうか?

カイルは目を伏せ、その手で、わたしの手にそっと触れた。


「甘かったですね、まさか、あなたが恋をするとは…考えもしなかった」


「そ、それは甘いというより、失礼です!わたしだって、恋をします!」


でも、それよりも…


「わたしが恋をしたら、カイルはわたしを貰ってはくれないのですか?」


「無理矢理は奪えないでしょう?」


冷静なカイルらしい…

だけど、少しは情熱的な所も見たいです…

なんて思ってしまったのが、良く無かったのかもしれません。


「愛しているから、あなたの悲しむ姿を見るのは、耐えられ無い___」


苦し気に歪められる顔。

『愛しているから』、その真摯な言葉が胸に突き刺さった。


ああ…わたしもです、愛しているから、そんな顔は見たくありません!


「わたしの想い人が、自分だとは思わないのですか?」


こんなに傍にいたのに…

それ処か、わたしの傍にはあなたしか居なかったのに…

わたしがカイルに隠れて誰かと…などと思われる方が嫌です。


だが、カイルは『まるで分からない』といった表情で、


「何故、僕を?

僕は誰かに恋をされるような人間ではありません。

そんなの、姉上が一番良く知っているでしょう?」


カイルはきっぱりと言うが…

どういう事なのか、全く分かりませんが?


「カイルはとてもモテますし、素敵な男性に育っていると思いますが?」


カイルは「はぁっ」と息を吐く。そして、悩まし気な表情を見せた。


「僕の内には、黒いものがある。

何かの切っ掛けで、溢れ出てこようとする…

時々、自分が抑えられないんですよ、あなたは何度も見ている筈だ」


それは…時々人を脅したり、チートになったりする事でしょうか?

少し怖いと感じる事は確かに何度かあったが、それには理由もあった。

わたしを守ってくれた…


カイルはいつも自分を抑えようとしていた?

そして、抑えられなくなる事を、恐れていた?

もしかして、いつも全力を出さず、冷静で、低コスパだったのは…

『必要な時、必要なだけ…』と言っていたのは、

そういう事だったのでしょうか?


カイルが苦しんでいた事に、わたしは全く気付いていなかった…


「こんな危険な人間に、誰が恋をします?」


ふっと、自嘲するカイルに、わたしは言ってあげたかった。


あなたは『危険な人間』なんかじゃない!

ただ、自分の力を恐れているだけ、恐れるのは他人を思いやれるから…

そういう人は、『危険な人間』とは言わない、『優しい人』と言うのだと。

あなたは『愛される資格』を十分に持った人だと___


「はい!わたしが恋をします!

いえ、正確には、既にカイルに恋をしています!

いえ、寧ろ、愛しております!」


カイルの目が、伺う様にわたしを見る。

じわじわと頬が熱くなるのが分かる。

心臓が持たないかもしれません…

だけど、最後まで、言わせて下さい___


「わたしの想い人は、カイルです!カイルだけです!

義弟に対し、この様な想いを持ってしまい、

カイルに嫌われるのが怖かったです…

あなたに恋をしてはいけませんか?愛してはいけませんか?」


カイルが息を飲む。


「あなたは…馬鹿ですね、

そんな事を言えば、僕はもう、あなたを一生離しませんよ?」


カイルの不安が解けるよう、わたしは笑みを返した。


「はい、出来るなら、そうして頂けると、わたしも幸せかと思います!」


「ふふふ」とカイルが笑い、わたしを抱きしめる。

わたしも笑いながら、その大きな背中に腕をのばし、

強く抱きしめたのだった。



◇◇◇



その後___



オーリアナ国は、聖女ラナにより、新しく結界が張られ、浄化され、

平穏を取り戻した。


ユーリーとラナは、多くの国民から祝福される中、結婚した。



結界が張られるまでは、魔獣、魔族との闘争が激化し、混乱もあった。

どこかふっ切れたカイルは、魔獣、魔族相手に存分に能力を発揮し、

その時の功績により、後に騎士爵と奨励金を賜った。

わたしも結界の強化に大いに貢献したとされ、奨励金を賜ったが、

それは後々、大いに役に立つ事になった。


モーティマー家の事だが、家督は姉ダイアナの息子が継ぐ事になる。

わたしは知らなかったが、これまでモーティマー家の状況は芳しく無かった

らしい。元凶は父で、散財はしないまでも、経営の才が無かったのだ。

カイルはそれに気付いていて、再建に力を貸して来ていた。

それでカイルは時として、父に進言出来ていたという分けだ。

だが、両親は、ダイアナに二人目の息子が生まれた時から、

孫可愛さに、カイルを追い出そうと考えていたらしい。

カイルには、モーティマー家への執着は無く、喜んで縁切りした。


ユーリーはカイルに士官になる様勧めていたが、

国が安定した事や、モーティマー家という荷物も無くなったカイルは、

本来の道、解毒薬の研究開発に進む事に決めた。


卒業後、カイルは王都の研究所に入り、新薬の開発や解毒の研究に

没頭している。


ユーリーは研究所に援助を申し出て、何かと遊び…覗きに来ている。

そして、「援助が欲しいなら、それなりの実績を上げろ」と催促し、

カイルは期限ギリギリまで焦らし、「これ」という薬を仰々しく出し、

ユーリーを驚かせる…というやり取りを楽しんでいる…と言ってしまうと、

悪い気もしますが…楽しんでいる様にしか見えません!



わたしとカイルは結婚し、王都の外れの屋敷で暮らしている。

カイルは家でも研究をしていて、わたしは助手を務めている。

女主人としての役目を果たし、ハーブを育て、ハーブを使った雑貨を作り…

最近ではうさぎを二匹飼い始めた。


ユーリーとラナ、エリザベス…忙しい友人たちだが、

時間を作っては、訪ねて来てくれる。

今日はエリザベスとサイラスが揃ってやって来た___


「セシリー!白いふわふわした物がいるぞ!」

「うさぎです、最近飼い始めたんですよ、可愛いでしょう?」

「母上が好きそうだ、今度連れて来てもいいか?」

「はい、勿論、是非遊びにいらして下さい」


エリザベスは魔術師団に入って男勝りの活躍をしているが、

母親好きは変っていない。

狭い我が家に公爵夫人を招くなんて…と、

十代の頃なら恐縮しただろうが、最近ではすっかり慣れてしまった。

友人が王子と聖女という時点で、感覚は狂ってしまうだろう。


「それで、今日は珍しいですね、お二人で…」


わたしは紅茶を淹れ、それとなくソファに並んで座る二人を見る。

エリザベスとサイラス。

サイラスは今もユーリーの護衛を務めている。


サイラスが咳払いをし、話し始める気配を見せると、

エリザベスが焦って口火を切った。


「その、なんだ!わ、わ、私の結婚が決まったのだ!」


「まぁ!おめでとうございます!べス!!」


「相手は……こいつだ」


エリザベスが顔を真っ赤にし、サイラスを指で指す。

サイラスは「行儀が悪いですよ」と注意したが、

「そういう事になりました」と冗談の様に言った。


「おめでとうございます!良かったですね、サイラス様!べスも!

お二人の恋物語を詳しくお聞きしたいですわ!」


「そ、その様なものは無い!!

ただ、私を池に落とせる者は、サイラスしかいないからな…」


「池に落として、恋にも落としたのですね!流石です、サイラス様」


「違う!!サイラスを認めてやったのだ、それだけだ!」


エリザベスが素直になるのには、少し時間が掛かりそうだ。

だが、サイラスは全く気にならないらしい、余裕の笑みを見せた。


「本格的に落とすのは、これからですから」


あら!





パトリシアについては…

当初、彼女は修道院に入れられていたが、

「自分はヒロインだ!聖女だ!」、「この世界なんか滅ぼしてやる!」と

言い続けた為、狂気を疑われ、今は北部の塔に幽閉されていると聞く。






近頃、わたしは思い出す事がある。


それは、前世でも今世でも無い時の事で…



『あなたは何を望みますか?』


『愛』


『財産』


『名誉』


『それとも、復讐?』


『望みのものを答えなさい』



そう聞かれたわたしは…


「わたしは…愛を」


愛を選ぶ。



『あなたには純真な愛を』


『導かれるままに』



今、わたしの隣には、カイルが居る___




完結です、最後までお読み下さり有難うございます。

楽しんで頂けたでしょうか?

評価して頂けるとうれしいです。


新しいお話を始めました☆

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