みんなの観光案内『ミオンの場合』。それと不穏な影
「それで、ミオンはどこに連れて行ってくれるんだ?」
ミオンを先頭に、後をついて行く俺たち一行。
これが今日最後に行く場所になるが、どこへ連れて行ってくれるのか。
「着いてからのお楽しみです」
ミオンは特に語ることもなく歩き続けている。
だが、その歩みは商店のある通りからはどんどんと離れて行っているような気がした。
「じゃが、この時間から案内する場所なぞ残っているのか?」
「ですねぇ」
リーラが疑問を投げかけ、ニアがそれに応える。
確かに、日は既に傾き始めている。
こんな時間では、あまり長居もできないはずだ。しかし、ミオンの様子ではそれも心配ないという。
本当に、どこへ行くのだろうか。
「旦那様が倒れたおかげで、無駄に時間を浪費してしまいましたから」
不意に、ニアが俺を覗き込みそんな事を言ってのける。
「あ、もうあれ俺のせいになるんだ」
ミオンが落ち込んでいた手前言う事は無かったが、流石にあの状態を俺一人の責任にされるのは納得がいかない。
確かに、俺がもっと欲の無い僧侶のような人間であれば防げた事故なのかも知れないが、みんなにだって俺を追い詰めた責任が――。
「だって、そうでしょう?」
口を挟もうとした俺を見つめるニアの瞳は、いたずらを企む猫のような輝きを放っている。
それは俺が認めなければ、溺れた理由をリーラやロロに語る、と言っているようで。
「うっ……」
そんな瞳に言葉が詰まる。
ニアは、言うだろう。
この姉妹。時折俺を困らせるのが楽しいと言う様子を見せる事があるが、その時の顔だ。
俺が認めなければ、その醜態が二人へと知られる事になる。
「どうかしたのか?」
黙っていた俺に疑問を抱いたリーラが、覗き込んでくる。
恐らく、さっきの事故の原因を知られても、二人が俺を嫌うなんてことはない……と思う。
しかし、俺のほんの小さなプライドが純真な二人に知られる訳にはいかないと叫んでいる。
「いや、全て俺の精神力が足りなかったせいだ。すまん」
俺は、全てを飲み込み罪を背負う事にした。
風呂で倒れたのは、みんなの姿を見て触れ合いに意識をし過ぎた俺が悪い。
だが、この事実は墓まで持っていく。
「よくわからんのう」
不思議そうにしながらも、リーラは追及はしない。
正直助かった。
「リーラさんも、そのうち分かるようになりますよぉ」
だが、そんな俺の安堵もニアは簡単に壊していく。
墓まで持って行く決意を固めたばかりなのに……。
「ふむ?」
「ロロもー?」
「大きくなったら、私が教えて差し上げますねぇ」
何を言っているんだニアは。
「やめてくれ」
リーラはともかく、ロロには無垢なまま育って欲しい。
最近ミオンの影響か、変に賢く強かになってしまったが、それでも穢れなど知らずに育ってもらいたいものだ。
もしロロが将来、恋人を紹介する。なんて事があれば、俺はそいつを蹴り飛ばしてやるかも知れない。
……これが世の父親が感じている心境なのだろうか。
「それにしても、随分と歩くんですねぇ」
ニアに言われ、妄想から現実へと引き戻った。
確かに、相当歩いてきた。まだ着かないのだろうか?
ミオンはなおも、無言で歩き続けていた。
「もう商店街は抜けてしまったのう」
すでに、街外れにまで来てしまっている。
周囲には特に何も見受けられず、店のような存在がここから先にあるとも思えない。
本当に、どこまで行くのだろうか。
「もうすぐです」
ミオンはそれだけを呟き、歩き続ける。
♢
それから更に歩き、急激に勾配が上がったり、坂道を上ったり、階段を上ったりと上り調子でもうヘトヘトなんだが……と限界の音を上げようとしたところで、ミオンの足がようやく止まった。
「着きました」
着きましたと言われても、周囲には開けた空間があるだけで特に何も見受けられない。
「ここは、丘か……」
坂道や階段を上り続けた結果、相当高い場所にある丘だと言うことは分かるが、ここに一体何が……?
そんな俺だけではなく、みんなが抱えているであろう疑問に、ミオンは答え合わせをするかのように、視線を彼方へと向けた。
「はい、この街を一望できる場所です」
ミオンの向けた視線の先。
そこには俺たちがさっきまでいた街の景色が眼前に広がっている。
「姉さんが参加してくれて助かりました」
「私ぃ?」
そんな景色を眺めながら、ぽつりと溢すように、ミオンが呟く。
「はい。ここは夕方の日が沈む直前が、一番綺麗に街を彩ってくれるんです」
ミオンの言う通り、夕焼けに彩られた真っ赤な街並みは、見る者の感情を揺さぶる何かがある。
「確かに、これは絶景だな」
ここまで来た価値は確かにある。
「うむ。我らも、こんな広大な敷地の一部にさっきまで居たと思うと感慨深いのう」
「きれいだねー」
「そうですねぇ」
みんなも、景色に心を躍らせているようで、多種多様な感想を漏らしながら眺めている。
「こんな場所、いつ見つけたんだ」
確かに景色自体は素晴らしい物だが、こんな辺鄙な場所、ニアのように他人から聞いたとしても果たして辿り着けるだろうか。
ミオンの足取りはしっかりしており、まるで歩き慣れた道を辿るような足取りだった。
しかし、俺たちはこの街に来てまだ数日と経っていない。
単独行動をしたいた俺と違い、リーラやロロと行動を共にしていたミオンが、何故こんな街の住人すら存在を知らなそうな場所を見つけられたのか。
「……そう言えば、私なんで知っていたんでしょう」
俺の問いかけに、ミオンははっとした様子を見せ、黙り込んだ。
「ミオン……」
街を見つめるミオンの瞳は潤んでいて、その無表情からは何も読み取ることが出来そうにない。
「ただ、マスターにお気に入りの場所を紹介してと言われて……ここが真っ先に浮かんだんです」
「そうか」
寂しそうに語るミオンに、俺はその一言しか返すことが出来なかった。
ニア曰く、彼女達には人の魂が宿っているという。それは記憶を失っているらしいが、人格は影響が色濃く出ているらしい。
もしかしたら、失われたはずのかつての記憶が、ミオンには少しだけ、残っていたのかも知れない。
「不思議、ですね。来た事もない場所のはずなのに」
「そうだな……」
それをミオンに語るような事は、しない。
思い出す事のない知らない記憶なんて、彼女を不安にさせるだけだと思ったから。
その代わり俺はミオンの隣に立ち、しばらくの間共に景色を眺め続けた。
♢
どれほど時が流れたか、日は完全に沈んでいないものの、夜は直ぐにやってくるだろう。
「では、一度戻りましょうか」
「そうだな」
暗くなってしまうと、帰り道が見え辛くなって危ない。早く街へと戻ったほうがいい。
今日の夜はどんな目にあうのか知らないが、ミオンが元気を無くしている以上、どんな仕打ちにも耐えて見せよう。
「……どうやら、そういう訳には行かないようだぞ」
そんな俺の意気込みとは裏腹に、緊張感を滲ませた声でリーラが呟く。
「どうした?」
振り返ると、リーラは今にも沈みかかっている太陽を睨んでいるようだ。
その瞳には、敵意がむき出しとなっており、只事ではないことが伝わってくる。
一体何があったと言うんだ。
リーラが睨む方へと、俺自身も視線を向ける。
「……あれは」
沈む日の光が眩しく、うっすらとしか確認は出来ないが、そこに見えた驚くべき光景。
太陽を背にした六体のドラゴンの影が、そこにはあった。




