ミオンの事が一つ、分かった気がした
あの後、噴水の前を立ち去った俺はミオン達の勧めで食事を取りに来た。
……そして今、俺は羞恥プレイの真っ最中。
「はいマスター、あーんしてください」
横から、ミオンがスプーンを俺の口元に運ぶ。
「……あのな、ミオン」
「あー! ロロもそれやりたい!」
ミオンを見て、膝の上を占領しているロロがやりたいと駄々をこねる。
「いや、そうじゃなくてな」
「旦那様、こちらも美味しいですよ?」
ニアも最早そこが定位置なのか、上からよく分からない食べ物を見せてくる。
「うん、それは良いんだけど」
「主よ、口元に付いてるぞ。取ってやろう」
リーラはハンカチを俺の頬に押し当て、拭いてくれた。
ちなみに俺の名誉の為に言っておくが、決して食べ方が汚くてついたのではない。
ミオンが先ほどからやってる、あーんの失敗の賜物だ。
「……」
そんな感じで、俺は四方を囲まれやいのやいのと世話を焼かれている訳だ。
「俺は赤ちゃんか!?」
さっきから、ずっとこの調子だ。
「どうした主よ。我らの奉仕が気に入らなかったか?」
「気にいるとか気に入らないとかじゃなくて、この状況が疑問なんだ」
「状況ですか?」
今俺たちが居るのは、普通の食堂。つまり、周りに見られている状態で、この醜態は行われている。
当たり前だが、とてつもなく目立っている。
「こんな公衆の面前で、羞恥プレイをする趣味は俺にはないぞ」
「あらあらぁ。でもとっても可愛らしいですよ」
「それを言って喜ぶ男は、あまり居ないと思う」
少なくとも、俺は嬉しくない。
「ロロも可愛い?」
「うん、ロロはいつも可愛い」
「えへへ」
……いけない。最近ロロを甘やかすのが癖になっているようだ。
「それにしても、なぜか注目されていますね」
当たり前だ。一人の男が美少女達を侍らせ、こんな事をしていて目立たない訳がない。
「その理由、ほんとに分かってないのか?」
「?」
不思議そうな顔で、ミオンはこちらを見つめ返す。
本気なのか冗談なのか……判断がつかないぞ。
「いや、いい……」
あまり突っ込むと、地雷を踏んでしまうのはもう経験から分かっている。
俺に出来ることは、ただこの醜態が終わるのを耐えるだけ。
「ご主人さま顔赤いねー」
「うん。すごい見られてるからね」
それでも、この羞恥心が消えるわけではない。
「と言うか気になっていたんだが、ミオンとニアはご飯とか食べるのか?」
そう言えば、俺はミオンが食事を取っているのを見たことがない事に気がついた。
「私は不要ですね。食べることも出来ますが、食事を摂取しなくても問題なく活動出来ます」
そうなのか。
以前、自分の体内で魔石を生成出来ると言っていたし魔力があれば半永久的に動けるのかも知れない。
「私は必要ですねぇ。ミオンのように食事をしなくても問題はないんですけど、食べた方が力が出るんですぅ」
ニアは食事が必要なのか。しかしそれも、生命維持ではなく戦闘の為に必要なようだし。
「姉妹とは言っても、結構違うんだな」
「まあ、見た目からして違いますから」
確かに、ニアは下半身が蛇になっていたな。今は人間の足を晒しているので、すっかり忘れていた。
「もしかしたら、みんな違う特性を持っているのかも知れないな」
「特性ですかぁ?」
「ああ、ミオンは半永久機関のパワー型、ニアは摂取した物で力を増すスピード型。みたいな感じでさ」
もしかしたら、俺みたいに防御特化の姉妹もいるのかも知れない。
「……何を考えているんですか?」
気がつくと、ミオンがジトーっとこちらを見ている。
「いや、他の姉妹達は、どんな感じなんだろうかと思ってな」
「はあ……また女性の事を考えていたんですね」
「……その言い方は、何か誤解を産まないか?」
「誤解ではないでしょう。実際考えていたんですから」
そんなミオンに、ニア微笑みながらが抱きついて行った。
「嫉妬するミオンも可愛いわぁ」
「ちょっ……離してください。マスターにはまだ聞かないといけない事があるんですから」
「うふふ♪」
……これは、もしかして。
「ニアは俺にとっての救世主かも知れない」
今まで怒ると誰も止められなかったミオンを、抑止出来る存在がいるとは。姉とはかくも偉大なり。と言う訳か。
「それ、ミオンに聞かれたらまた睨まれるぞ。主よ」
隣で聞いていたリーラが釘を刺してくる。
……確かに。
「気をつけるよ」
♢
「それで、ミオン達の姉妹は結局どこにいるか分からないんだったか」
「そうですねぇ」
ミオンを撫でる手を止めずに、ニアは俺へと相槌を返す。
……ミオンの方はもう諦めたのか、膨れっ面で成すがままとなっている。
「前も言いましたけど、私たち姉妹は面識がなくてぇ」
やはりそうか。
「うーん」
「なんでそこまでミオン達の姉妹に拘るのだ?」
腕を組み唸る俺を見かねて、リーラが問う。
「ミオンの失われた記憶を、知ってる人がいるかも知れないじゃないか」
ニアはミオンだけは知っており、他の姉妹も、ミオンなら知っている可能性が高いと言っていた。
その原因は暴走にあった訳だが、その暴走を起こす前のミオンを知っている子がいるかも。
「ああ、それは恐らくいないと思うぞ」
そんな俺の希望を語る発言を、リーラはバッサリと切り捨てる。
「何か、知ってるのか?」
もし知っているのなら、教えて欲しい。俺は、リーラを見つめて聞く。
「何も知らんよ。ただ、あくまで仮説じゃがのう」
そう言って、リーラは話し始めた。
「ミオンは主と出会った時に、初めてきちんと目を覚ましたのだと思うぞ」
「……どう言うことだ?」
「つまり、暴走してた時も実はまだ眠ったままで、初めて目を覚ましたのは主に起こされた時という事じゃ」
……なるほど。
「記憶を失っていたのではなく、初めから無かったと言うことか」
「そうだのう。それに」
そう言って、ミオンの方を見る。
「あやつが主に強く執着しているのも、初めて見た男だとか、初めての主だからじゃないのか?」
そんな、ひよこじゃあるまいし。
……しかし、確かにミオンの俺への態度は、少しおかしい。
マスターだからと忠義を尽くしてくれてはいるが、少し他の事に気を向けるとすぐ怒るし……何より寝る時にくっつきたがるのも、言われてみると親に甘える子供にも思えた。
まだ小さいロロや面白がっているリーラなら分かるが、頭の良いミオンが俺の事となると暴走気味になるのも、その仮定を信じるのなら納得出来る。
「なんか……そんな気がしてきた」
「諦めるのじゃな、主よ」
ニヤニヤと、リーラは笑っている。
「何がだ……?」
そんなリーラに、俺は恐る恐る訪ねる。
「ミオンにとって主は、真の意味でマスターなのだ。恐らく離れることは生涯ないぞ」
「……」
いやまあ、ミオンがずっと俺と居たいと思ってくれているのなら、嬉しい事だが。
「あらぁ、私も旦那様と、生涯添い遂げたいと思っていますよ?」
「に、ニア?」
ニアが、後ろからしなだれかかって来る。
リーラと話し込んでいたせいで、ニアが背後から近づいてくるのに気が付かなかった。
「ロロもだよー?」
黙って話を聞いていたロロも、負けじと宣言する。
「主は、ほんに愛されておるのう」
その様子を見ていたリーラが苦笑いを浮かべて、言う。
「どっちかって言うと、遊ばれているに近くないか?」
「あらぁ、余裕を装ってますけど、リーラさんも一緒に居たいのでしょう?」
「なっ!? 何を、我は盟友として、主を見張っているだけだ。新鮮な事ばかりで楽しんでいるだけで、主にそのような感情など……」
顔を赤く染めるリーラ。あんな表情初めて見たな。
「では、リーラさんは就寝時のローテーションから外れても良いですね?」
……ミオン、そのローテーションって上には誰が寝るとかのアレか?
「それはダメだ」
ミオンの発言を、リーラは食い気味に否定する。
「あらあらぁ」
「白状しているような物です」
「リーちゃんもお顔赤ーい」
……みんな、仲良いなぁ。
「話している内容が、俺の安眠を妨害する為のものでなければ尚良いのに……」
騒がしい少女達の光景を、俺は愛おしそうに眺めていた。




