ミオンの過去
【反撃】を受けたラミアは、衝撃により跳ね返り地面へと叩きつけられるも、かろうじて生きている様だ。
「チッ……頑丈だな」
慌てていたせいで、【絶対防壁】を張るのを忘れていた。
おかげで敵は、蛇の胴体に軽くヒビが入った程度のダメージしか受けていない。
「次は、確実に砕いてやる」
跳ね返され地面に這いつくばるラミアを睨みつけなが、近いていく。
『キ、キサマ……』
「主! そやつ逃げるぞ!」
瞬間、背後からリーラが叫ぶ。
「な!?」
振り返ると、リーラは天井を見上げ焦りの表情を浮かべていた。
『グ……シラセナケレバ……マオウサマニ! シテンノウタチニ!』
「天井に穴だと!?」
俺とラミアがリーラの視線を追い天井を見上げたのは、ほぼ同時。だが、動き出すのは敵の方が早かった。
くそ! 俺たちの情報を、魔王や四天王に知られるのはまずい。
間に合え――【執着の腕】!
『ギャハハハハ! キサマラハコロサレロ! コロサレロ! ――ンギャ!?』
「な……?」
今にも穴から外へと脱出寸前だったはずのラミアが……見えない何かに頭部を強かにぶつけ、目を回しながら……落ちてきた。
「穴が……ない?」
もう一度天井を確認するも……さっきまであった穴は幻覚でも見せられていたように消え去っている。
「ははは、主よ。我の名前を忘れたか」
背後から、さっきまで焦りを露わにしていたリーラの楽しそうな声が届く。
「リーラ……そうか」
今でこそ人の形をとっているが、リーラの正体は十二使龍の幻を司る紫龍。
「幻覚……か」
「精神操作は効かなかったようだが、視覚や聴覚は騙されてくれたようだのう」
もしかしたら、あの焦った様子のリーラの表情や声まで、幻だったのかも知れない。
「全然分からなかったぞ」
タンクである俺は、防御だけでなく精神異常などの様々な妨害効果にも高い耐性を持っているはずだが。
「当然だろう。主とは言え、我の幻覚をあっさりと看破されては立つ背がないわ」
紫龍としてのプライドか、そこは譲れないらしい。
「でもなんであんな慌てていたんだ?」
天井に幻覚を見せるだけなら、慌てた様子まで見せる必要があっただろうか。
「あの速度で出口に向かわれては、誰も追いつけなかろう?」
「まあ、確かに」
わざと慌てて天井を見せることで、誘導したと言うことか。
「敵を騙すには、味方からということだ。幻という嘘を司る紫龍らしかろう?」
そう言って、リーラはニヤリと笑ってみせた。
「ははは、そうだな」
全く、俺の仲間は本当に頼りになる奴らばかりだ。
「それより、今のうちに拘束でもしていた方が良いぞ」
「ああ」
未だ目を回しているラミアを、どうにかしなくては。
奴には、まだ聞きたいことがある。
「ご主人さまこれ!」
ロロが、どこから持ってきたのか、丈夫そうな縄を抱えて駆けてきた
「ありがとう」
「えへへ」
感謝として頭を撫でやると、いつも通り朗らかに笑うロロに、少しだけ癒された。
♢
ラミアを拘束し、あとはこいつが目覚めるのを待つだけ。
そんな中、分かってはいた事だがミオンの元気はない。
「ミオン……大丈夫か?」
「……はい」
声には力がなく、明らかに落ち込んでいるのがわかる。
あれほど恥ずかしいセリフでミオンは仲間だと伝えたのに、まだ悩んでいるのか。
「……か?」
どうしたら元気になって貰えるのか。そんな事を考えていると、ミオンが小さな声で呟いている。
「ん? 何か言ったか?」
「……私は、ここで別れた方が良いのでしょうか?」
「ミオン……」
どうやら、本当に俺の気持ちは伝わりきっていなかったようだ。
ならば――。
「こら!」
怒鳴りつけながら、ミオンの頭に軽くチョップをする。
「んみゅ!?」
「おお、ミオンも可愛い声で悲鳴をあげるんだな」
「ま、マスター、何を――」
抗議の言葉を発しようとするミオンの肩を掴み、正面へと向かせる。
「馬鹿な事を言うなよ」
「え……」
「俺は、みんなの事を心から仲間だと思っている」
俺たちは、出会ってから日が浅い。それでも、これまでの旅は本当に楽しかった。
もし一人で旅を続けていたら、勇者達の憎しみで心が押し潰され……どこか誰も知らない土地でのたれ死んでいたかも知れない。
そんな俺を、みんなは救ってくれたんだ。
「だから、誓ったんだ。ミオンを、ロロを、リーラを守ると」
俺の命を、心を救ってくれたお前達を、絶対に傷つけさせない。
「いくら俺でも、近くに居てくれないと守れないぞ。だから、これからもみんな一緒だ。俺を……嘘つきにさせないでくれよ」
ミオンの瞳を見つめ、微笑む。
「……」
俺に肩を掴まれたまま、ミオンは、瞳に涙を浮かべる。
やっぱり、ミオンは人形なんかじゃない。こんなに嬉しそうな顔で、泣くことが出来るのだから。
『ふふふ、随分、仲が良いじゃないのよぉ』
そんな時、足元から声が聞こえる。
「……起きたか」
ラミアが、目を覚ました。
『なあにぃ? 蛇を縛り上げるだなんて、良い趣味してるじゃない』
「茶化すな。お前には、色々聞きたいことがあるんだ」
ラミアを生かしている理由は、そこにある。
『……良いわよぉ。答えてあげる』
「お前は何故ここに居た? 魔物達はどこに行ったんだ」
ここに魔物が居なくなっていた理由は間違いなくこいつだ。
『私もよく知らないわよぉ。いきなり起こされて戸惑ってるのは私も同じだもの』
顔を背け、つまらなそうに語る。
『ただ、紫龍が裏切ったから戦力の補強って言われたわねぇ』
「我のせいか」
リーラが、申し訳なさそうに俯く。
『別に、連中あんたの事気にしてないわよぉ』
「……じゃろうな」
……今のはもしかして、リーラに気を遣ったのか?
『ただぁ……赤龍・紫龍の穴を埋めるために起こされたみたいねぇ』
二体分の穴を埋められるだけの戦力だと判断された訳だ。流石は、元四天王と言うところか。
『ここに居たのは、栄養を取るためよぉ。お腹が空いていたの』
舌をペロリと出し、自らの唇を舐める。
『ぜーんぶ食べちゃった』
……蛇は大食いとは聞くが、数万は居たであろう魔物を全てか……?
どれほど腹が減っていたらそうなるんだ。
『でもまさか、万全状態の私があっさりやられるとは思わなかったわぁ』
しかし、赤龍を倒しリーラと契約を交わしてから、いつかはこうなると予想していたことだが。
「やはり、未来が変わっているのか……」
だがいくらなんでも、早すぎる。そして、変わりすぎている。
『転移者が居ることに、奴らはまだ気づいていない。気をつける事ねぇ。バレたら現四天王がしゃしゃり出て来るわよ?』
「……知ってるさ」
あいつらは、魔王を滅ぼせる可能性のある俺たちを目の敵にしているのだから。
『もう良いかしらぁ?』
「まだだ」
『贅沢ねぇ。我儘な男は嫌われるわよ』
何を言われようと、これだけは聞かない訳にはいかない。
「ミオンの事、お前らオートマタの事を教えてくれ」
それを聞くと、後ろからミオンが袖を摘んでくる。
「ま、マスター……」
自分の過去を、知るのが怖い。そう言いたいのだろう。
「大丈夫だ」
心配しなくていい。
「何を知っても、俺はミオンを裏切らない。ただ、知りたいんだ。ミオンの事が、全部」
「あいつの言う通り、我儘だのう主よ」
冷やかすように、リーラが口を挟む。
「執着心が強いらしいからな、俺は」
あの時目覚めたスキルを思い出す。
もし、精神状態に影響を受けてスキルを得るにしたって他にも候補は色々あるだろうに、なぜ執着なのか。
『その子から聞けば良いじゃない。わざわざ私に聞かなくても』
ラミアの言うことは、尤もだ。だが。
「……そういう訳にもいかないんだ」
『あらぁ、そう言うこと。性格が全然違ってると思ってたけど、あなたさては記憶がないのねぇ?』
俺たちの反応から察したのか、ラミアはミオンを見据え、同情するような視線を向けた。
「……良いから知ってることを言え」
『怖いわねぇ。言うわよ』
本当に怖いと思っているのか。表情からは読み取れない。だが、ラミアは言われた通りに語り始める。
『私達は、前代の魔王様が側近の二人に作らせた最高傑作の四体の自動人形よぅ』
前代魔王の四天王と言う事は、初めからその為に作られたのかも知れない。
『機械術師とネクロマンサー。身体を機械で作り、強靭な魂を身体に組み込まれたの』
ミオンのマスター権限が、このネクロマンサーのモノクルにあったのは……やはり関係があったか。
『……』
「……」
そこまで語り、ラミアは口を閉じてしまった。
「それだけか?」
『それだけよぅ。他は何も知らないもの』
いや、これじゃあ殆ど何も分かってないようなものだ。
「姉妹の事とかあるだろ」
どこで眠っているとか、どんな容姿をしているとか。
『知らないわよぉ。私達、姉妹って言われてるだけで面識なんて殆どないもの』
「ミオンの事は知っていたじゃないか」
見ただけでミオンだと気づいた事は、忘れていない。
『あの子は特別よぉ。何せ、起動してから眠らされるまで、ずっと暴れ続けた戦闘マシーンだもの。姉妹みんなが知ってると思うわぁ』
「……」
『前魔王様がやられて新しい魔王様に変わった時、私達は全員可動を止められたのぉ』
理由はわからないが、何か問題があったのかも知れない。
『その時、あなたは人間のとある都市に運ばれたらしいわぁ。もしもの時はそこで起動させて、人間達を混乱させる為に』
だから、あんな場所でミオンが眠っていたのか……。
「ミオン……」
袖を掴んでいるミオンの手が、震えている。
『妬けるわねぇ。絆ってやつ?』
恐らく、ミオンはその時……大勢の人を――。
『……安心して良いわよぉ。あなたは誰も殺していないわ』
なんだと?
「……どう言う事だ?」
『人間の頃の性格かしらねぇ。暴走して暴れてはいたけど、人的被害は全くと言っていいほど無かったみたいよ』
「人間の頃?」
『さっき言ったじゃない。私達は機械の身体に魂を埋め込まれたの。元の記憶は無いけれど、性格は結構似るらしいわよぉ』
「……そうか」
では、ミオンは暴走しながらも、ずっと抗い続けていたのかも知れない。
誰も傷つけたくないと。
「ありがとうな」
『何がかしらぁ?』
「誰も殺してないこと、教えてくれて」
おかげで、ミオンが心優しい子だと知ることが出来た。
『……別に、気まぐれよぉ』
照れたように、顔を背けるラミア。そのまま、ミオンを見据え。
『それに、なんだかんだ言ってても私達は親を共にする姉妹だものねぇ』
ミオンを見つめるラミアの目は、不思議と親愛のような物を宿しているように……見える。
「……」
そんな顔を見せられたら、俺はもう……こいつを。
「一つ、約束してくれないか?」
『何かしらぁ』
「このまま、魔王の元に帰らず立ち去ってくれ」




