姉妹
「おかしいな」
遺跡を歩き続けていた俺はある違和感に気がつく。
「どうかしたのか? 主よ」
「この遺跡は、高難易度のダンジョンだ。それにしては……」
周囲を見渡すが、何かが動いてるような気配はない。
「魔物が全然出てきていないんだ」
会話に夢中になっていたせいで、気付くのが遅れてしまった。
「……確かにのう」
「そもそも魔物反応が無いですよ。ここ」
そんな中、ミオンがとんでもない事を言い出す。
「? どう言うことだ」
ここは、道中で雑魚魔物が多く沸くギミックになっている。一体一体は大したことなくとも、物量で押してくる厄介なダンジョンだ。
それでも、他の最高難易度に比べると大分マシだが……、そんなダンジョンから何も出てこないと言うのはおかしな話。
「でも、変な感じがするよ?」
ロロが、小さな耳をピクリと震わせ呟く。
「変な感じ?」
「うん。おねえちゃんみたいな感じ」
お姉ちゃん、ミオンの事か。
「ミオンはロロにとって変な感じなのか?」
「うん! 匂いがしないのに気配だけがある感じ」
「匂い、か」
オートマタであるミオンには、おそらく生き物が放つ匂いがないのだろう。
最初からロロがミオンに懐いていたのは、そう言った理由があったのかも知れない。
「でも、おねえちゃんと違う」
「?」
首を振るロロの顔は、少しだけ怯えているように見える。
「おねえちゃんと似てるけど、すごい嫌な感じなの」
「……」
そんなロロの様子を見て、ミオンとリーラに目を配る。
「少し、警戒した方がいいな」
「はい」
俺達は、先程よりも慎重に歩みを進め、奥を目指す。
♢
そして、そんな果てしない警戒も無駄に終わり、俺達は大広間に到達してしまった。
「結局、最奥まで何もなかったのう」
「やっぱりおかしいぞ」
まだ油断するな。そう言おうとした時、俺たち以外の声が広間に響き渡る。
『あらぁ?』
「!? 誰だ!」
声の出どころは、広間の奥。そこには、何か巨大な影が蠢いているのが分かる。
「ボスでは無いのか?」
リーラが聞いてくる、が。
「ここにはダンジョン深部にボスはいない。その代わり、道中で大量の魔物が沸くんだ」
ここが普通のダンジョンではない事を、俺だけが知っている。
ここにボスなんか本来はいないことを。
「ふむ、妙な話だのう」
全員で、奥の影を睨みつける。
『ちょっと、あんた達何者よぉ』
そうしていると、ズル……ズル……と何かを引きずるような音を響かせながら、声の主は陰から姿を現した。その存在は。
「蛇の下半身……ラミアか」
上半身は、緑色の長髪を持つ人間だ。しかし、下半身が蛇と言う異形の存在。
髪は自身の下半身と変わらないほど異常に長く、髪の間から、蛇特有の赤い眼光が鋭くこちらを睨んでいる。
「違うぞ主。よく見るのだ」
しかしリーラに言われ観察すると、そいつが普通の生き物ではない事が分かる。
「……まさか」
蛇のように見えた下半身は、見た目こそ蛇だが質感が明らかに違う。爬虫類特有の光沢はなく、どちらかと言うと、機械のソレに近い。
「あなた……」
ミオンが、呟くように声を絞り出す。
その声に反応して、ラミアがミオンを睨みつけた。
『えぇ……? なんでアンタが居るのよぉ』
相手も、ミオンを知っているようだった。やはり、あいつは――。
「オートマタか」
ミオンの三人の姉妹。その誰か。正直、ミオンが人の形だった為に他の姉妹もそうだと思い込んでいた。
『そうよぉ。私はOS N2。魔王様には蛇って呼ばれてるわ』
ラミアの口から、とんでもない名前が飛び出す。
「魔王だと……?」
まさか、既に知られていて先回りされた? いや、それならこいつがミオンやリーラを知らない訳がない。
『あらぁ、あなた何も知らないのねぇ』
クスクスと、こちらを嘲笑するように笑うラミア。
『私達は魔王様に使える四体の自動人形。正確には、前代魔王様時代の四天王だった存在よぅ』
なん……だと。ミオンが、四天王?
「……」
隣にいたミオンも、言葉を失っていた。
『そう言う訳で、あなた達の質問にも答えた事だし私にも聞かせてくれるぅ?』
俺には目もくれず、ラミアは左右の二人を睨め付ける。
『何故、愚妹と紫龍がそちらにいるのかしら?』
蛇に睨まれた蛙とは、こういう事を言うのか。ラミアから感じる威圧感は、赤龍の時とは比べ物にならない。
「……」
この迫力、四天王と言うのは事実かも知れない。
『無視って訳ぇ?』
無言によって答えた俺たに、ラミアはさして興味もなさそうに視線を逸らす。
『良いわぁ、動けなくなる程度に痛めつけて……その後でゆっくりと』
そしてそのまま、下半身をとぐろ巻かせギチギチと不協和音が響く。
「っ! 来るぞ主!」
リーラの言葉に反応し、奴の狙いに今頃気がついた。
「散れ!」
『拷問して聞き出してあげる!』
俺の叫びとラミアの怒号がほぼ同時に発せられ、バネのように跳ねて飛んでくる奴の速度は、俺も目で追いきれない。
「早いっ!?」
初撃はミオンを狙ったおかげで助かった。ミオンは辛うじて躱したが、他の二人だったらと思うとゾッとする。
「まずいぞ主。あやつ、我らより格上だ!」
リーラですら対応出来ない速度。ロロは戦闘経験などほとんどないし、奴に対応出来るのは同じ存在であるミオンだけだろう。
「くそ……」
奴が俺だけを狙うなら、【反撃】で容易く返り討ちに出来る。だが、狙いは明らかにミオンとリーラ。【援護】は使用条件の関係で使えない。
どうしたらいい。考えろ。
「……マスター達は、逃げてください」
ミオンは、何故か一人離れた場所に移動している。
「ミオン!?」
何をしているんだ! せめて俺の近くに居てくれれば、【反撃】を当てる隙もあるかも知れないのに。
「何をしておるのだ! 避けろ!」
ラミアの追加の攻撃が、ミオンに迫る。
しかし、何故か彼女は避けようとすらしない。
ドォン!!!
轟音と土煙が舞い、晴れたそこにはお互いに体をぶつけ拮抗し合う、二人の姿。
「み、ミオン……」
一体、何を考えているんだ。
「私は、どうやらマスター達の敵だったようです」
ミオンの瞳には、一筋の涙が、見えたような気がした。
『そうよぉ? あなたは人間の街で、来るべき日まで眠りについていたの。それがなぁに? ボケッとした顔で人間の元にいるなんてぇ』
「私は……」
違う。ミオンは、敵でもなんでもない。ここまで一緒にやってきた、俺の、大切な――。
「ミオンは、俺の仲間だよ」
気付くと、そんな言葉が自然と口から漏れていた。
「マスター……」
『あらぁ? 人形を仲間だなんて、変な事を言うのねぇ』
ラミアが俺を睨みそんなことを言う。
『私達はどこまで行っても人形。道具でしかないのよぅ』
「そんな事はない。ミオンは……嬉しいも、悲しいも感じる、ただの可愛い女の子だ」
ただの人形が、あんなに笑ったり、悲しんだり、嫉妬したりするものか。
ミオンはれっきとした、人間。俺の大事な女の子。どこまで行っても、これが覆ることはない。
「……」
肝心のミオンはと言うと、恥ずかしい発言を連発している俺を、頬を染めながら呆然とした様子で見つめている。だから。
「目的の為ならちょっと強引になるのが、玉に瑕だけどな」
俺はミオンを見つめ返し、微笑みながらそう言った。
『ふぅん……』
そんな俺たちの様子を、ラミアは顔を歪め見つめる。
『気に食わないわねぇ……』
吐き捨てるように呟いたその言葉には、膨大な憎悪が込められているような気がした。
「私は、あなたと違います」
ミオンは何かが吹っ切れたのか、晴れやかに笑う。
『生意気ねぇ。自分の姉に向かって』
「あなたは、姉ではありません。……私の家族は、マスター達だけです」
その顔は、今までのどんな顔よりも自信に満ち溢れた笑顔。
「ミオン……」
なんだか俺まで嬉しくなってしまう。
『じゃあ、そんなアンタの家族に……アンタが只の人形だって腹をブチ破って見せてあげるわよぉ!』
ラミアの赤い瞳が、さらに濃くなり発光を始める。
本気を出すつもりか!
「離れろミオン! 【鉄壁】! 【挑発】!」
【鉄壁】だと速度が落ちるが、どのみちあの速度では変わらない。あとは【挑発】で俺に注意を向けられれば――。
『へぇ、スキルねぇ。あなた、転生者なの?』
ラミアは俺に軽く視線を向けただけで、気にもとめない。
「効いていないだと!?」
『悪いわねぇ。私に何かしているのかも知れないけど、生物じゃない私に精神操作なんかは効かないわぁ』
「くっ……」
【挑発】が聞かないだろうという事は、正直感じていた。前回でも、ゴーレムなどには殆ど効果を得られなかった事を知っていたから。
でも、それじゃあミオンを助けられないっ。
『じゃあ、さよなら』
「ミオン!」
お互いに押し合っているミオンとラミアだが、敵の方にはもう一つの武器があった。
その武器である蛇の尾が、ミオンに叩きつけられる!
俺は、ミオンの元へ駆けていく。間に合うはずもないのに、必死に。
その瞬間、ぐらっと揺れるような目眩が唐突に俺を襲う。
「――なんだ!? こんな時に!」
この電流が脳を走るような独特な目眩は――。
「今だと!?」
レベル三十到達の証。
赤龍討伐と経泉の指輪により、今、レベルが上がった。それはつまり、新しいスキルを獲得できると言うこと。
その、スキルの名は――【執着の腕】
「【執着の腕】だと? 馬鹿にしているのか!?」
手に入れたばかりのスキルは、使用しないと効果がわからない。悠長に、効果を試している暇は、ない。
だが、今までの仮定を信じるなら、スキルは本人の意思が強く影響される。
今の俺は、ミオンを、心の底から助けたい!
「くそ……信じるぞ!? ――【執着の腕】!」
悩んでる暇はない。今手に入れたばかりのスキルを、ラミアに向け、放つ!
『あ、あらぁ?』
その瞬間、ラミアの尾が何かに掴まれたように、不自然に止まった。
「?」
何が起きたんだ……? そんな疑問が頭をよぎりかけたが。
「そ、そうか」
それより早く、スキルの効果が頭を走った。
そして、ラミアへと向けていた手を、思いっきり引き寄せる!
『ちょ……え?』
「来い!」
【執着の腕】その効果は、選択した対象を一体……見えない手によって引き寄せると言うもの。
『ちょちょちょ!』
見えない何かに自分の尾を引きずられ、動揺を隠しきれないラミア。
『アンタが何かしてるの!?』
だが、自分が引き寄せられている相手。俺を見据え。
『だったら……貴様から殺してやる!』
攻撃の対象を俺へと移し、貫くべく尾を鋭くこちらに向ける。
「最初からそうしてくれたら楽だったんだが」
もちろんそれは、予想通り。
むしろ、攻撃されない方が困っていただろう。何故なら、俺は。
「【反撃】!」
相手から攻撃をしないと、このスキルが使えない!
『ガッ!?』
風穴を開けてやるとばかりに俺の腹部を狙い打ったラミア渾身の一撃は、そのままの勢いで跳ね返された。




