今後の予定と相変わらずの宿騒動
「はーい」
帰宅を指示した俺に、ロロが真っ先に抱きついてきた。
「赤龍の時も見たが、便利なスキルだのう」
「冒険者登録は上手く行きましたか?」
その後に、ミオンとリーラも続く。
「あ、ああ」
チラリと、みんなの背後を確認する。
「……」
そこには、痛みにより呻き声を上げている男達。
「あの光景に全く動じていないお前たちを尊敬するよ……」
普通、女の子と言ったら凄惨な光景には目を背けて辛そうにしそうな物だが。
「私は、マスターとマスターの周囲以外には興味がないので」
まあ、ミオンは誘拐犯の時も腕を無くしたカシラを平然と通り過ぎていたしな。
「我も下衆に向ける同情心は持ち合わせてはおらんな」
「ロロはご主人さまとおねえちゃんが居たらいいー」
リーラもよく考えたら元はドラゴンだ。その辺りは気にならないのだろう。
しかし、ロロが動じていないのが予想外だ。子供だと思っていたが、肝はかなり座っていると言うことか。
「我が入っておらなんだ……」
ロロの発言に、リーラが地味にショックを受けていた。
短い付き合いとは言え、この街に来てからは一緒に行動することが多かった二人だが、距離はそこまで縮まっていなかったのだろうか?
「ドラゴンの人はなんて呼んだら良いかわかんない」
と言うよりは、呼び方が分からなかっただけか。
お姉ちゃんはミオンで埋まっているからな。
「好きに呼んで構わんのだぞ!」
腰に手を当て、どんとこい! と胸を張る。
「……おばちゃん?」
「――」
そしてその姿勢のまま、石化したように固まってしまった。
「ロロ、それは止めてやれ」
ドラゴンとは言え、歳は気にしているのか。俺がリーラの地雷を踏む前に知れて良かった。
「? 分かったー」
ロロは理由が分かっていないようだが……それは月日が解決してくれるはず。
今この空気で、ロロに説明をする勇気を俺は持ち合わせてはいない。
「普通に呼んでやれば良いだろ」
そうだな……例えば。
「リーラちゃんで良いんじゃないか」
他人を呼ぶ愛称と言ったら、ちゃん付けぐらいしか思いつかなかった。
我ながら人生経験の浅さが悩ましい。
「じゃあリーちゃん!」
俺の提案を、ロロは更に短く呼びやすくする。
まあ、可愛い呼び方ではないだろうか。
ロロが呼ぶなら、だが。もし俺がリーちゃんなんて呼ぼうものなら鳥肌が立ってしまう。
「そ、そうだ! それが良い! 我のことはリーちゃんと呼んでくれ!」
そんなリーラも、ようやく石化から戻ったようだ。
「必死ですね」
リーラの様子を見て、ミオンが鋭い指摘を入れる。
「あ、当たり前だ! 我はまだピチピチの六百歳なんだぞ!」
「年増中の年増じゃないですか」
「な――」
く、空気が重くなっていく。
「二人共、もしかして仲が悪いのか……?」
思い出してみると、二人が会話をしているイメージがあまりないことに気がつく。
「そんなことありませんよ」
ミオンはしれっと答えてみせるが。
「我は……今ミオンが苦手になったわ……」
リーラの方はかなり深刻なダメージを負ってしまったようだ。
「ロロはみんな大好きだよ?」
そんな重い空気を、ロロのキラキラと輝く笑顔が吹き飛ばしてくれる。
「我も大好きだー!」
目頭に涙を浮かべ、リーラはロロに抱きついていた。
「ロロがついて来てくれて本当に良かったよ……」
もし三人で旅をしていたら、俺の胃に穴があいていたかも知れない。
♢
「とにかく! 明日は組合でダンジョン探索の許可を取って潜るぞ」
わいのわいのと騒がしい中、俺は声を張り上げ場を締める。
「目的のダンジョンはいくつかある。長期の滞在になるだろうから、早く街に馴染まないとな」
恐らく一週間から十日ほどは見ておいた方がいい。
獣王国の雰囲気に馴染めないと厳しいと思われるが……。
「我はいくらでも居ていいぞ」
「ロロもー」
まあ、心配はいらないか。
と言うか、この二人だと本気でいつまでも居たいと思っている可能性すらある。
「そういう訳にはいかない」
ここで欲しいアイテムをあらかた回収したら、一度あの国に戻る必要があるからだ。
「「むー」」
頬を膨らませ可愛い顔をしても駄目。
むしろリーラに至っては六百歳が何をやっているんだと――。
「……」
心でも読んだのか、凄まじい形相で睨まれた。
「あ、明日も早くなる。宿を探すぞ」
誤魔化すように言った言葉だったが、これは大事な事である。
今日こそ、俺が宿を取らなくてはいけない。一人で手足を伸ばして寝る。
そんな当たり前の願いを、今夜は叶えなくてはいけないのだから。
「宿ならもう部屋を借りてありますよ」
俺の内に秘めた決意を、無常にもミオンは一言で一蹴する。
「……は?」
何を言い出しているんだこの子は?
「今日からは四人なので、大きいベッドがある宿を探すのは大変でした」
さも当たり前の事を言っているように言葉を吐くな!
「何でみんなで寝ることが前提になってるんだ!?」
「む? 主たちの仲間になったら、一緒に寝るのが習わしではないのか?」
なんだそのふざけた習わしは。初めて聞いたぞ。
「そんな慣習はない!」
慌てる俺の肩を、ミオンがそっと叩く。
「マスター、その流れはもう良いです」
「何で俺がわがままを言ってる側になってるんだ……」
俺の方が間違っているのか……? 自分の中の常識が崩壊していきそうだ。
「多数決をとりましょうか?」
「絶対に俺が不利じゃないか……いや待て」
リーラは、これをルールだと思っていたようだ。
それが必要ないと知れば、拒否をしてくれるのではないだろうか?
「よし、多数決だ」
勝てる。そう思い、俺はニヤリとほくそ笑む。
俺とリーラで二対二になるはずだ。そのままでは引き分けだが、そこで俺とリーラは別々のベッド。そしてミオンとロロが一緒に寝ればいいと提案する。
そうすれば、俺はめでたく一人きりの快眠と言う勝利を手にするのだ。
「では多数決です。みんなで一緒が良いと言う方」
ミオンが、さっと投票を始める。
ミオンとロロの手が上がるが、それは想定内。
そして、俺の味方であるリーラの方を見ると……元気一杯にその手を空に掲げていた。
「……何でリーラまで手をあげているんだ?」
おかしい。何かがおかしい。
「ん? 我はこう言うのに憧れておったのだ! 楽しそうではないか」
瞳をキラキラと輝かせているリーラ。
「そっか……」
そんな彼女に、今更「みんな別々がいいよ?」なんて言い出す勇気は俺にはなかった。
「では、そう言うことで」
ミオンの表情は、当然の事が当然のように起きた。と、そう語っている。
「リーラもそっち側だって知っていたな?」
「はい」
不満を込めた瞳でミオンを見つめるが、その表情は崩れる事はない。
「少しは悪びれてくれ……」
つい泣きそうになってしまうが、我慢だ、我慢。
「今日、我慢すれば良いだけ――」
「あ、長期滞在と聞いていたので、十日分まとめて料金を払っておきました」
……我慢、我慢。
「……」
「ご主人さま泣いてるー?」
俺を見上げたロロが、心配そうに声をかけてくれる。
大丈夫だ。これは悲しみの涙じゃない。……そう言い聞かせていないと俺は恐らくこの場で崩れ落ちる。
「ああ、優秀な仲間が居て嬉しさで涙が溢れているんだ……」
「照れますね」
うん。もう俺は突っ込まない。
「ほんに飽きないのう。主達を見てると」
俺たちのやりとりを見て、リーラが愉快そうに笑う。
みんなが笑顔。良い雰囲気だ。
……俺の心以外は。




