獣人の町
「出口が見えたな」
あれから、どれぐらい歩いただろうか。
恐らく数時間はかかり、ようやく出口が見えてきた。
「あー!」
ロロは外の明かりを見つけると、出口へと一直線に行ってしまう。
「こら、待てロロ!」
外に見張りや魔物がいたらどうするんだと、慌てて制止しようとするが。
「周囲に、魔物などの魔力を持つモンスターは存在しないようですので、大丈夫だと思いますよ」
一家に一人常備したい系高性能オートマタであるミオンが、しっかりと周囲の索敵を済ませていた。
「……ミオンは本当にすごいな」
素直に感想が口から漏れると、ミオンは照れ臭そうに下を向く。
「褒められました。頭を撫でて頂いて……」
「みてみて!」
出口から顔を出したロロの呼ぶ声が聞こえる。
「どうした?」
それに釣られるように、俺はロロの後を追った。
「……」
「これは……」
洞窟から出ると、そこは山の断面が崖のようになっている場所。
下はかなり急勾配になっており、横にお情け程度の細い道。ここを降りていくしかないようだ。
「……」
背後からゆっくりと追いついてきたミオンの顔は、洞窟内でも一度見た、不機嫌顔のようにも見える。
「ん? どうした、ミオン」
「……いえ」
いや、不機嫌というよりは落ち込んでいるのか?
どちらにしろ、元気はなさそうだ。
「はやくいこう!」
そんな微妙な空気を意にも介さず、ロロは俺たちの手を引っ張って催促してくる。
「わかったわかった」
「はい」
そんなに慌てては、危ない。
楽しそうなロロを抑えつつ、ゆっくりと山道を下って行く。
♢
俺たちは今、ようやく念願の獣人の町へとたどり着いた。
山を下る時、町が見えていたため迷うことなく一直線に来ることができたのがありがたい。
「意外とすんなり入れるんですね」
町の様子を眺めながら、ミオンは意外でした。と言わんばかりに問う。
「町にか?」
「はい。てっきり、人間と獣人は忌み嫌いあってるのかと」
道中で国同士の摩擦を話していたせいか、変に警戒させてしまったようだ。だが。
「あの国が一方的に嫌ってるだけだからな」
そう。戦争云々の話はあくまで、あの国が一方的に敵視をしているだけ。
獣人たちは鼻にもかけていないのが現実だ。
「それに、人間の国は一つじゃないしな。あそこまで迫害をしているのは、クソ王がいるあの国くらいなもんだ」
「そうなんですね」
中には、獣人たちと国交を結んでいる国すらある。もしあの国が戦争を起こしたら、獣人どころか同族すら敵に回しかねない。
「獣人自体は、割と友好的な種族だぞ」
前回もこの国に来た時は、かなり世話になった。
勇者達は王の影響で見下していたようだが、魔王を倒す勇者パーティーだと言うことでかなり歓迎を受けた記憶がある。
「ロロさんを見ていると、そう思いますね」
「だろ?」
ロロは既に町を走り回りながら散策をしている。
目が届かないところには行くなと言っているが、あの様子ではこちらが気をつけておかないと見失いそうだ。
「おにいちゃん、おねえちゃん! 遅いよー」
体を正面に向けたまま、顔をこちらに手を振っている。……危なっかしいな。
「転ぶんじゃないぞ!」
はーい。と元気に返事をしているが、本当にわかっているのか。
「……にしても、ここはロロの故郷ではなかったみたいだな」
町に着いてすぐロロに確認したが、どうやら違うらしい。
「あの洞窟から一番近い町だったから、もしかしてと期待したんだが」
ロロが言うには、もっと大きな町だとか。
「あと一日で移動できる距離の、大きな町と言ったら……」
自身の記憶を掘り起こすが、候補は一つしか思い浮かばない。
「まさか、王都か?」
徒歩では無理だが、馬車などを使えばギリギリ可能な距離ではある。
「……かも知れませんね」
ミオンは少しだけ遅れて、そう相槌を打つ。
「行く先ははなから一緒だった、という訳か」
「……そのようです」
またも、一拍遅れるミオン。
「?さっきからどうかしたのか?」
違和感を覚えミオンを見やると、彼女は空中を見つめ何かを考えて……いや、見ているようだった。
「いえ、なにやら強大な魔力が……近づいてくるようなので」
その言葉を聞いて、少し引っかかった。
「魔力……?」
ミオンが言うくらいだ。相当な強さの魔力なのだろう。
「いや、待て。俺が異世界に来てから……三日」
何かが記憶の隅に引っかかっている。
「何かあったはずだ……」
三日目……前回では、王都周囲の小さなダンジョンを攻略してレベリングをしていた時期。
「そう……」
その日は王城に帰還すると、あの王が珍しく俺に対しても上機嫌だったのを覚えている。
「あれは……」
不気味に感じて問いかける俺に、答えた王の理由は……魔王が、獣人の町に……。
「――っ! ミオン! 今すぐ町を出るぞ!」
思い出した!
「ど、どうしましたかマスター」
「魔王軍の、牽制が来る!」
そう、俺たちが召喚されて三日目。獣人の町が一つ、魔王が寄越した魔物に滅ぼされたんだ!
「クソ……間に合わなかった」
上空を、黒い影が通り過ぎる。
「あれは……」
隣で顔を上げていたミオンが、呆然とした声を上げている。
「ドラゴンだ!」
そう言った瞬間、町の至る所から怒声や悲鳴、叫び声と共に、何かが破壊されているような轟音が鳴り響いた。




