第六章1 『秘書の独白』
魔王様は変わってしまった。
これまでの魔王様は豪放磊落な方で、魔界を強引に作りあげてしまった。その手腕と大胆さに、誰もが憧れる魔界のカリスマだった。
私はそんな魔王様に憧れ、四天王の一角である悪魔から抜け出して、魔王様と共に生きようとした。
魔王様に代々仕えてきた種族に与えられる秘書の役職も、魔王様の一言でハーピーではなく、私が就任することとなった。
そのせいでハーピーからは散々恨まれてしまったが、そんなことよりも魔王様に支持出来ることが嬉しかった。
だが、それはとある侵攻作戦の後に終わってしまう。
人間界への大規模な侵攻作戦。ヘルリヘッセ侵攻作戦。
数ては圧倒していたが、魔界軍は統率もバラバラで苦戦し、魔王様が自ら参戦することで、勝利をおさめた。
けれど、その代償に魔王様は傷を負った。それが影響するなんて、魔界の誰も想像出来なかっただろう。
侵攻作戦から時が経過したある日、目覚めた魔王様は外見は変わらなかったが、中身が別人だった。
前の魔王様が死んでしまい、人格が入れ替わってしまったらしい。
ここで魔王様という存在が失われなかったのは、魔界にとって重要なことだった。魔王様が死んでしまって、姿かたちもなければ、次の魔王を選定する間もなく、魔界は荒れてしまうだろうから。
護衛衆はやはりと言うべきか、仕える態度を変えなかった。
だけど私は秘書をやめようと考えていた。私が支持したのは以前の魔王様で、頼りない魔王ではなかったから。
しかし、新たな魔王様は私のことを「サキさん」と呼んでくれた。
それは、以前の魔王様が呼んでくれた愛称と同じで、それを聞いてからは新たな魔王様に尽くしてもいいなと考えたのだけれど、もっとその気になったのは、オーガを討伐する際、身を挺して私を護ったこと。
あの状況、以前の魔王様なら何もしない。私も、自分で対処できた。オーガにも気づいていて、振り向き様に攻撃を仕掛けるつもりだった。
だけど、あの方は魔王となって間もない中、戸惑いや迷い、悩みがあるはずなのに、私を護ろうと動いてくれた。
その時から不思議なことに、私は以前の魔王様よりも、新たな魔王様への忠誠を誓うようになっていた。
胸が時折苦しくなり、魔王様に誰よりも頼られたかった。
しかし、新たな魔王様はセイレーンやミノタウロスにも優しくしていた。
すぐにわかった。あの方は、誰にでも優しい魔王様なのだと。
初めてだった。
魔王としてあるべき姿ではないかもしれないのに、魔界の新しい可能性を見せてくれるような気がした。
ビーストとの会談では、出来るだけ負担をかけないように私が主導して進めていった。
だが、ある時から魔王様が辛そうに見えてきた。
ハーピーの事があってから、魔王様はあまり笑わなくなってしまった。
それまで見せてくれた新鮮な魔王様の笑顔を、見られなくなってしまうのは嫌だった。
そんな折、勇者に関する報告があった。
勇者と対峙する魔王様。
どこか焦ったような、見たことのない表情だった。
そんな中、魔王様の言葉が聞こえた。
『俺は本物じゃない!! 魔王なんて続けられると思うのか!? もうたくさんなんだよ! 誰かに迷惑かけ続けてるだけだ!!』
その言葉に、私はようやく気付いた。
魔王様が悩んでいて、誰にも相談できなかったこと。魔王という立場に迷っていたことに気付いた。きっとこれは、ハーピーのことが関係している。彼女が何か吹き込んだに違いない。
それでも、魔王様は一人しかいない。
今、魔王様がいなくなってしまえば、魔界は四天王や次期魔王を名乗る輩によって秩序を失ってしまう。それだけは避けないと。
更にもう一つ、気になることがあった。魔王様が悩んでいることにも関係してるかもしれない。
勇者の言葉を信じるわけではないけど、そのあとの魔王様の反応が気になって、余計に頭に残っている。
それは、魔王様が元は「人間」だということ。
こればかりは信じられないけど、もし本当だとしたら、私達は忠誠を誓えるだろうか。
……私は誓える。
だって、私は新しい魔王様のことを、信じられるから。
それは人間でも魔物でもない、あの方だから従いたい。助けとなりたい。
もし人間だとすれば、魔王様は悩んでいるかもしれない。
それなら、私がすることは一つ。
魔王様を支えることだけ。
私が信じた、あの方を信じるだけ。




