第一章9 『最悪で最速の伏線回収』
【2018年1月19日改稿。内容に変更はありません。見やすくしました。】
社畜魔王の誕生日から、数日。
この日から俺は、本格的に魔王の仕事をすることとなり、サキさんに連れられて執務室にやって来ていた。
執務室の中は意外ときれいな様相だった。
ハイセンスというべきか、やはり不思議な配色のインテリアは多いのだが、ほかの場所よりはマシだ。
「けっこうキレイなんだね」
「ま、魔王様?! いきなりそ、そそそんな!」
「……部屋のことなんだけど」
「――! も、もちろん! 私の直属であるメイド達が、毎日掃除していますし、清潔は保たれていますから、安心してください」
サキさんは咳払いをして、やや早口で説明する。
「では、一通り説明していきますね」
「お願いしま……つめたっ!?」
「魔王様?! ――まさかっ!」
突如、首筋に氷を当てられたような感覚に襲われ、声がでる。
サキさんが何かに気づいたらしく、部屋のなかをキョロキョロと見始めた。
「雪女! 出てきなさい!」
ビュオオオオオッ!
「うわっ!」
「魔王様、後ろに!」
突如、何もない場所に吹雪が巻き起こり、部屋中に寒気が溢れる。
「うふふふっ、サキュバス様は怒りっぽいですのね」
そう言って、吹雪の中から白い着物に身を包む雪女さんが現れた。
「なんで、あんたがここに!」
「まあ、失礼ですのね。今日の担当はあたしですのに」
「――! し、しまった。そうだった」
サキさんが見るからに項垂れている。
そういえば、ここに来る途中、今日はマンツーマンで教えるって張り切ってたなぁ。
雪女さんの言った「担当」というのは、護衛衆の側付き担当のことで、数日おきに交代しているらしい。
護衛衆の主な役割は「護衛」。担当でない時は、休みがあったり、城の見回りなどをしていると教えてもらった。
「ほんと、可愛いですわね。魔王様」
そう言って雪女さんはユラユラと宙を泳ぐように、こちらに近づき、顔をヒンヤリとした両手で包んでくる。
「ちょっと、雪女さん?! 顔が近いんですけど!」
「んふ。近づけてるのです」
ゾクッ――!
耳元で囁かれ鳥肌が立つ。
心臓が脈打っていて、目の前に迫る雪女さんの瞳に吸い込まれそうな気分だった。
しかし、この状況を見過ごすサキさんではない。視界の端でプルプルと震え、顔を赤らめて涙目で叫んでくる。
「雪女あああ! なにしてんのよ!」
サキさんは俺と雪女さんの間に入るように、無理やり割り込んできた。
「今日は魔王様の初仕事なんだから、大人しく護衛の任を全うしなさい!」
「ふふっ。魔王様、それではまた」
「あ、うん」
雪女さんは手を振り、一瞬で消える。
「……魔王様、あんな女に手を振らないでください」
「ど、どうしろと」
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「では、魔王様のお仕事を説明しますね」
「よし、お願いします」
「敬語禁止です」
あ、そうだった。つい癖で……。
敬語使わなかったらブチ切れる上司もいたし、染み付いてしまっているようだ。
いかん。魔王としての初出勤なんだから、もっと堂々としないと。
本物の魔王は、ずっと寝たままだし、頼れそうもないからな。
「魔王様のお仕事は、許可や申請の書類をチェックし、判断することです」
「……え?」
「安心してください。大体のチェックは事務で担当していますから、余程のことがない限り――」
「サキさん!」
「は、はい! どうしました?」
「そ、それだけ? ――ってか、魔界にも書類とかあるの?」
「え、ええ」
まじか。ほぼ会社じゃん。
そして魔王の仕事って、めっちゃ楽なんじゃ……。
「書類の審査だけ?」
「いえ、魔王様はそれ以上に重大な責務を負っておられます。それが、領土拡大の作戦責任です」
前言撤回。
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「――つまり、魔王は魔界の軍隊を指揮していて、人間界に攻める作戦や投入する人員を決定する最高責任者なんだね」
サキさんの説明で何となく理解した。
「そうなります。大きな戦闘の場合、前回のように本人が指揮に行かなくてはなりませんが、その際は私達が全力でお護りするので、ご安心ください」
「あ、ありがとう……」
「しかし、今は勇者の情報収集や村の設置に時間を割いておりますので、出撃の機会はないと思われますから、大丈夫ですよ」
サキさんはそう言って笑った。
大丈夫だろうか。
フラグになってないだろうか。
「ではまずは、書類整理から行いましょうか。魔王様はそちらのデスクをお使いください。書類は足元の箱に入れておいたので」
「あ、うん」
社長室、印象はそれだった。
一回だけ、上司の不祥事の責任を取らされて呼び出されたことはあるが、まさか自分があの高そうな椅子に座るとは。
「……」
そして、座った瞬間にわかった。
足元に置かれた書類の量が尋常ではないことに。
「ま、魔王様。すみません。魔王様がお休みになっていた間の分と、あの、申し上げにくいのですが」
「言ってくれ」
ここばかりは魔王の迫力だったかもしれない。
「は、はい! あの、前任の魔王様は事務作業が苦手でしたので……」
そうか。つまり、俺の中で眠りこけてる魔王の残した負の遺産か。
「ふ、ふふふ」
「ま、魔王様?」
思わず、笑いがこみあげてくる。
ちょうど、仕事が少なすぎると感じていたから丁度いい。
「やってやる! 雑用が呼び名だった俺の実力を見せてやる!」
社畜の本能なのか、雑務の量が多いほどやる気が出てくる。
こうして、膨大な量の雑務を、俺はこの日で終わらせた。
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「ま、魔王様……すごいです」
「け、結構疲れたけどね……」
サキさんは書類に目を通して驚いていた。
しかし、何時間作業したんだろう。魔界には時間の概念が乏しいし、外を見ても相変わらずの光景だ。
「これなら、事業を進めることもできます。お疲れ様でした」
「なんのなんの。これくらい、朝飯前だよ」
「あ、朝飯? なんのことかわかりませんが、素晴らしいです! 尊敬します!」
あぁ、雑務をこなして尊敬されるなんて、信じられない。
魔王になって、よかったかも。
――なんて喜んでいるところに、雪女さんが姿を現した。
ビュオオオオッッッ!!
「魔王様、サキュバス様」
「あ、雪女さん」
「あなた、何の用ですか?」
サキさんの睨みに、なぜか雪女さんは乗ろうとしない。
彼女は真剣な表情で口を開く。
「魔王様に気付いた者たちが、反乱をたくらんでいるとの情報が入りましたの。至急、護衛衆と魔王様で会議を開くべきかと」
「え……」
反乱?
それって、一番懸念してたやつじゃ……。
「雪女、それは誰の情報なの?」
「ハーピーです」
「ハーピーって、会議室の時の――」
顔を思い出す。腕と足が鳥だった人だ。
「ハーピーなら、どうせ嘘でしょ? そんなこと報告しなくてもいいわよ」
サキさんは刺々しい一言を発する。仲悪いのだろうか。
「そうも言っていられませんの。ハーピーは今、医務室で寝込んでいますのよ」
「医務室って、どういう――」
「ハーピーは、反乱因子を止めようとして殺されかけたのです」
「「…………!」」
戦慄が走る。
最悪で最速の伏線回収だった。
そして、この出来事とともに、事態は急変してしまう。