第七章1 『ひきこもり』
第五章の勇者の続きです。
第七章は勇者視点になります。
魔王との邂逅から数日が経過した。
しかし勇者たちは、シュテム王国の中心部に留まっており、旅が中断している状態だった。
その一番の理由は、これまで先陣を切ってきた女戦士エリカの引き籠りにある。
「今日で何日だと思ってるんだ」
「すみませんです。料金は支払うです」
「……はぁ、わかったよ」
モルちゃんは宿屋の店主と話をつけ、ロビーで待機していた僕の元へと戻ってきた。
「どうだった?」
「なんとか、延長できたです。でもこれ以上は、さすがに店に迷惑ですよ」
「そうだよな……」
魔王と戦い、彼らに圧倒された霧の湖畔。
あの日から、エリカちゃんは宿の自室に引き籠ってしまい、ここ数日間、僕とモルちゃんは一緒の部屋に泊まっているのだが、彼女の引き籠りは、店に迷惑をかけてしまっている。
「ちょっと、様子見てくるよ」
「わかりましたです」
相変わらずモルちゃんは調子が変わらなくて接しやすい。
しかし、エリカちゃんは違う。以前からなんとなくそんな気配を漂わせていたけど……彼女はかなり脆いタイプだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
僕は三階のエリカちゃんの部屋へと足を運んだ。すると、三階に来ただけで彼女の声が聞こえてくる。
「……エリカちゃん?」
部屋の前から呼びかけると、中からはブツブツと呪文のような声が聞こえてきた。
「シュネー、どうして。なんで……」
これを延々と繰り返している。ホラーを飛び越えて狂気的だ。
シュネーさんの離脱、もとい裏切りのような別れ方に、僕とモルちゃんも心を痛めていないわけではないが、エリカちゃんにとっては大ダメージだった。
それというのも、彼女がシュネーさんと仲良くしすぎていたからだろう。
親友に裏切られたような気分のはずだが、ここまで落ち込むとは、想像を超えていた。
「あ、あのさ、外に出ない? そろそろ旅を再開しようよ。ほら、国王からもらった通行手形で――」
「行くなら、二人で行って。私は待ってるから」
待ってるって、何を待つんだ?
「……はぁ。そんなわけにいかないじゃん。これからの宿代はどうすんのさ」
「モルに払ってもらいなさい」
その契約を結ぶと、自動的にモルちゃんがもれなくついてくるんだけど。
「また、来るから」
「シュネー、どうして。なんで……」
去り際には、既に繰り返していた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ロビーに戻ると、モルちゃんは呑気に外の露店で買ってきたであろう氷の菓子を食べていた。
「あ、どうでしたです?」
「駄目そうかな……」
「……この際だから、旅もやめちゃうです? 魔王と対峙したですけど、あれに勝とうなんて無謀な気がしますです。母はきっと正気ではなかったはずです」
「いや、それだけはちょっとなぁ」
「不思議です。魔王に会ってから、なぜか勇者様が魔王討伐に前向きです。まさか、魔王と契約して手先になったのです?」
「ちげえし」
ま、燃えてるってのは否定できないよな。
なんか知らんけど、あいつだけは放っておけないっていうのか、じれったいっていうのか、不思議なくらいに他人って感じがしない。
「よし、旅は再開しよう」
「え……もしかしてハネムーンです?」
「なんでそうなるんだよ」
氷菓子を頬張り、頬を赤く染めながら、モルちゃんはこちらを見上げてくる。
「エリカさんを置いて、二人旅です」
「それはない」
「ですが、エリカさんが立ち直るのは難しそうです。彼女は友達少ないタイプです。たった一人の親友をあのような形で失って、平気とは考えにくいですよ」
「まあ、確かに……。そこで、ある提案をしたいと思うわけさ」
「よからぬ気配しかしないです」
「ふっふっふ。ごにょごにょごにょ」
僕がモルちゃんに耳打ちすると、彼女は溜息をついている。
「効果、あるです?」
「さあ、わかんないな。とりあえず、何もすることないし、やってみね?」
僕の提案に、モルちゃんは明らかに嫌そうだった。
そして何を思い出したのか、途端にニヤリと笑う。
完全に嫌な予感がする。
「……勇者様」
「な、なに?」
「ウィズダム古城の作戦で、わたくしに命令権をくれたですよ」
命令権……何を言ってるんだ?
ウィズダム古城、ウィズダム古城、長い名前の団長に、エリカちゃんの悪魔めいた作戦だろ? あとは、何かあったか?
「――ッ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『勇者様、勝手にわたくしを作戦に加えないでほしいです』
『い、今はそうするしかないんだって。後で言うこと聞くから、我慢してよ』
『……ふふ。了解ですよ』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
やべえ、軽々しくこんなやり取りをしていた気がする……。
「勇者様、命令ですよ」
「な、なに?」
「わたくしとの一日デートです」
「は? いや、そんなことよりもエリカちゃんを先に――」
「命令権です。こんな約束も破れないなんて、やっぱりクズです」
「そ、そうさ!! 僕はクズだから約束だって破る! 忘れたの一点張りだ!」
「じゃあ、先程の話に協力しないです」
「え……」
そう言ってモルちゃんはツンとしてしまった。
「一人で道化を演じる様、見ものですよ」
「デートします!! させてください!!」
「はじめから、そうするですよ」
こうして何故か、エリカちゃんの機嫌取りよりも先に、モルちゃんの機嫌取りをさせられることとなってしまった。