最終話 恋の行方
マサハルの一声により、戦の幕が上がった。坑道を駆け抜け、各部隊が目的地へと急ぐ。ヒカリは、ユリエラと少数の兵を率いていた。城へ向かう最中、エリカの相棒である鷹のイザークから、各地の状況に関する情報を得る。細い足に括り付けられた紙を取り、ユリエラが読み上げた。
「帝国中の魔獣が強化されているみたいよ」
「それ、たぶん遺物の力だと思う」
残る遺物は、生産系と強化系。前者はガイストが持っているはずだ。となれば、
「ウィル様の仕業ってことかしら」
ウィルがガイストに加担する理由は、弟のレインだ。彼がまだ城に居ると思い込まされて、ガイストに命令されているのかもしれない。
(遺物を使えば、その分使用者の死期も早まります)
(なら、とっとと行かねえとな……)
魔獣を薙ぎ倒し、先へ進むヒカリたち。城門を突破し、階段を駆け上がった先の庭園で、足を止めた。そこは、師匠に稽古をつけてもらった懐かしい場所だ。しかし、草は枯れ、上空を暗雲が立ち込める。不穏な空気を震わすのは、綺麗な高音。
そこに立っていた人物は、黒いフルートを口に当てていた。ひとたび息を吹き付ければ、周囲を徘徊する魔獣が雄たけびを上げる。その演奏を聴いた魔獣は、2倍ほど体躯を巨大化した。演奏者の体は、侵食されていく。肌を覆いつくす黒は、首元まで迫っていた。
「ウィル様!」
その言葉に、口角を上げた。
「……遅かったね、ヒカリ」
その姿に、ヒカリは息を呑み込んだ。脳裏に、捕らえられたレインが過る。想像した通り、ウィルの病状も進行していた。そのとき、初めて気付く。彼の後方で、鎮座していた大物に。
「やれ」
渋い声の主は、帝王ガイスト。その手中に収められた遺物は、グラルクォーツだ。結婚式と同じように、そこから禍々しい光を放出した。それは、ヒカリへ一直線に向かう。
(今なら斬れる! やってみろ!)
あのときは、避けられなかった。結果、庇ってくれたゼノンが命を落とした。だから、もう誰も殺させはしない。大聖剣を抜き、それを一刀両断した。
「ならば……」
ガイストは、遺物を前へ差し出す。溢れだす光を、自分自身へ向けた。何をしでかす気なのだろうか。
「時間を稼げ、ウィル」
「承知いたしました」
ウィルは、無表情で剣を構えた。
「退いてください!」
「……無理だよ」
ヒカリの主で、愛する人を斬れるわけがない。その立場を熟知しているユリエラが、飛び出した。
「レイン様は、亡くなられました!」
その言葉に、ウィルは狼狽える。
「……死んだ?」
「はい、残念ながら……。ですが最後まで、ウィル様を心配していました!」
ウィルは振り返り、帝王を睨む。
「父上……嘘をついたのですか?」
「王国に逃げ、奴らに殺されたようだ。恨むなら、王国の連中を恨むがよい」
「誤解です! レイン様は、助けを求めに必死で向かいました! そこで、魔獣となる前に殺してほしいと嘆願したのです。ですが、私たちにはそれができず、王族が代行し、レイン様の願いを叶えてくださいました……!」
恨むべきは、帝王だ。大切な人が息を引き取り、帝国が魔獣で溢れ返る事態を引き起こしたのも、すべての原因は彼にある。
「……教えてくれたことには、感謝しよう。けれど……」
突如、二人から大きく距離をとったウィル。彼の後方にいるガイストは、獣のような雄たけびを上げながら、獰猛な大型魔獣へと化していく。体躯は城の頂上を越えるほど大きく、ひとたび手を叩きつければ、城ごと破壊されるに違いない。
「僕は、父上に背くわけにはいかない」
「やれ、息子よ!」
ウィルは、遺物のグラルフルートを口に当てる。もし演奏が始まれば、ガイストが強化されてしまう。それまでに叩き斬るしかない。だが、遺物だけを斬るなんて器用なこと、ヒカリにできるはずがない。躊躇していると、ウィルは小声で呟いた。
「……さようなら」
寂寥感を漂わしながら、ウィルは息を吹き込む。上品な高音が響き、ヒカリは絶望に襲われるが……。
(おい、これ……!)
異変が起きた。外と繋がるあらゆる場所から黒い粒子が集まり、ウィルに吸収されていく。それにつれて、肌色を黒く染め上げる。
「な、何を……!」
ガイストが縮小していくのを無視し、ウィルは演奏を続ける。額に汗を浮かべ、苦痛を我慢しながら、ヒカリに目配せした。
(どうやら、弱体化しているようですね)
(なら今が絶好の機会だ! 行け、ゴリラ女子!)
ウィルの意図を汲み取り、ヒカリは地面を蹴った。大聖剣を両手で握り、ガイストをめがけて駆けていく。腕を思い切り振り、十字に斬り裂くと、ガイストは悲鳴を上げた。
手から零れたグラルクォーツを、空中で突く。すると、破片が分散したの見届ける前に、ウィルのもとへ引き返した。演奏を止め、地面に倒れたウィルは、力を振り絞ってヒカリの方へ、グラルフルートを転がす。それを目の前で粉砕すると、ウィルは笑みを浮かべた。
「ヒカリ、魔獣の浄化を……」
駆け寄ったユリエラにウィルを託し、ヒカリは頂上へと向かった。
(今なら、全域の魔獣が弱体化されているはずです!)
(急ぐぞ、ゴリラ女子!)
息を切らしながら階段を上り、ついに辿り着いた。帝国全土を見渡せる場所へ。すかさず、大聖剣を空へ掲げた。
「お願い、エクスレイド! マリアージュ!」
(任せてください!)
(おう、任せろ!)
次の瞬間、大聖剣から眩い光が放たれる。それは暗雲を伝い、地上へ燦々と降り注がれた。すると、生命を吹き返したかのように、大地が輝きだす。
「もう、終わった……?」
(ええ、終わりました)
(よくやったな、ゴリラ女子)
飛ぶように階段を降り、ヒカリはウィルに駆け寄った。
「ウィル様、終わりました!」
「そのようだね……」
彼の顔も、黒く染まっていた。その様子に、ヒカリの胸が痛む。彼も、死期を悟っているのだろう。
「……ユリエラ、最後までレインの傍にいてくれて、ありがとう」
「ウィル様……」
ユリエラは、込み上げる涙を見せないように、背を向けた。ヒカリはしゃがみ込んで、ウィルの手を強く握りしめた。
「レインのこと、聞いたよ」
ウィルは、懸命に微笑む。
「僕を殺したら、帝国を王国に譲ってほしい」
「ど、どうして……」
「王国になら、託せるよ。きっと、帝国民も大切にしてくれる」
ユリエラから、王国に関する話も聞いたのだろう。また、ウィルはレインと同じ死に方を望んでいる。
「人間のまま死にたいんだ。もう誰も、殺したくない……だから、ヒカリ」
大剣ナイアレイを見つめる。
「僕を、殺してほしい」
「無理です、絶対に!」
だが、どうすれば救えるのだろうか。レインのときは、なす術がなかった。しかし、エクスレイドが開口する。
(……今なら、できるぞ)
(ええ、すべての魔獣が浄化されました。なので、願いを一つだけ叶えることができます)
その願いは、この体質を取り除くために使いたい。最初は、そう考えていた。それが叶えば、普通の女子として生きていくことができる。力持ちであることが原因で、恋愛が実らないこともなくなる。けれど。
「わかった! その願いで、ウィル様を助けて!」
「ヒカリ……?」
大聖剣を抜き、地面に突き刺す。すると、暖色の光がウィルを包み、魔獣化の素となる粒子を吸い取り、空中分散した。
「ど、どういうこと?」
ユリエラだけでなく、ウィルも驚いた。彼の肌は、本来の色を取り戻している。事情を話すと、ウィルは切なげな眼差しを向ける。
「……君は、厳しいね。僕だけ、生き残れと言うの?」
「お願いします。……師匠や、レイン様の為にも生きてください」
その後、一行はマサハルたちと合流した。そして、ウィルは過去の非行を、土下座しながら詫びた。シュウが当時の状況を聞くと、それが帝王の命令であり、当時思いを寄せる少女の両親であったため、泣く泣くそうしたことを伝えた。その少女が、ヒカリであることも。
激昂するかと思ったが、マサハルは冷静な対応で接した。ウィルは、王国の協力を心から感謝し、レインが話した通り領土を半分渡すことを約束した。また、物資等も安価で交易することも提案する。マサハルは考えたいと返答するも、数日後、それらを受け入れて平和条約を締結した。その結果、両国の往来を自由に行えることになった。
ヒカリは、帝国に残ると決めた。それを了承した兄妹たちは、いつでも帰ってこいと言い残し、クザン坑道から帰国する。
各地の復興作業や政、執務に追われるウィルを、ヒカリは献身的に支えた。かつて、クロウがそうしたように。レインとアウディの葬式も手厚く行われ、生き残った人々全員で見送った。その中に、婚約者のイリーナやエリエールの姿は、見当たらなかった。
アメノは故郷の王国で暮らしており、大聖剣は光を失った。煩いと思っていたあの声も、聞こえなくなった。古い文献によると、役目を果たしたからだそうだ。
城の執務室で、ヒカリは紅茶を淹れた。それをテーブルに置くと、書類にサインを記入していたウィルが、ヒカリを見上げる。
「ありがとう」
手を止めて、一口つける。芳醇なハーブの香りが、口内に広がった。
「あの、ウィル様」
ヒカリは、いつ告白しようか考えていた。彼は忙しくて、なかなかタイミングを掴めない。だが、いつまでも黙っているわけにはいかない。ユリエラと、約束したのだから。
「小さい頃、ゼノンに遊んでもらってね」
昔を思い出しながら、ウィルは語りだした。
「彼は、よく外出していたから、こっそりついていったんだ。そうしたら、いつの間にか王国にいてね。帝国に戻る道を探していたとき、君に出会ったんだ。赤い宝花が咲いている場所……覚えているかな?」
「はい、今もまだ咲いていました」
ヒカリは、あの光景を鮮明に思い出す。あそこには、何度も行った。
「君は腕を引っ張ったり、花を地面ごと引き抜いたり……力が強くて、何度も笑わせられたよ」
「き、気のせいでは?」
どうやら、幼い頃からそうだったらしい。頬を染めたヒカリは、焦った。そんな体質だと知っているなら、絶対に恋愛対象に見て貰えていない。
「ふふ、この目で見たからね」
当時を想起し、思い出し笑いを見せる。ヒカリは、大きなため息を吐きたくなった。
「君に会うために、何度も城を抜け出した結果、父上に知られてしまった。そして、君たちを殺せと命令されて……」
ウィルは、肘をテーブルに着けながら、片手で額に触れた。
「僕は、君の親をこの手で殺めたけれど、君だけはどうしても、できなかった。躊躇っているときに、君の母親が最後の力を振り絞って、君を消したんだ。この世界から別の世界へ、転移という魔法で」
「だから、私……」
ヒカリが持っていたペンダントは、母親の転移魔法が込められていた。発動条件は不明だが、ヒカリがこの世界に戻ってこられたのは、このおかげだ。ウィルと再会できたのも、彼女がペンダントを持たせてくれたからだ。今は亡き母親に、心から感謝するヒカリ。
そのとき、ペンダントと一緒に持っていた、あの本を思い出す。生け花として保存された、あの赤い花を。
「ウィル様、これは……」
懐から本を取り出し、押し花にした赤い花を見せる。すると、彼は驚く素振りを見せた。
「それは、別れ際に君に渡したんだ。君が好きな、あの宝花を」
ウィルは、赤い花を手に取った。色褪せているが、ヒカリの前に差し出す。
「僕は、多くの罪を犯した。君や僕の大切な人たちを、この手で苦しめ、時に殺めた。本当に、申し訳ないと思っている。だから、この命を懸けて、犯した罪はしっかりと償っていく」
ウィルは立ち上がり、瞳を潤ますヒカリを見下ろした。
「そんな僕だけど、傍にいてほしい」
ヒカリが、宝花を受け取った。それを視認したウィルは、ヒカリに微笑む。
「好きだよ、ヒカリ」
全身が震える。嬉し涙がこみあげ、ヒカリは頷いた。
「私も好きです、ウィル様……!」
こうして、二人は結ばれた。ヒカリは、新たな帝王ウィルの妃となり、兄妹たちにも祝福される。また、魔獣の研究や遺物に関する資料は、悪用を防ぐべくすべて焼却された。これで、魔獣は二度と生まれないだろう。
魔獣がいない平和な国を作りたい。その願いは、叶った。だが、魔獣によって荒れ果てた帝国を復興させるには、長い年月がかかりそうだ。けれど、王国にも協力を仰ぎつつ、ヒカリはその体質を活かしながら、再興に力を注いでいく。自分のコンプレックスを受け入れた上で、愛してくれる夫……ウィルと共に。




