ドールレイン
「人間、これ以上やれば死ぬぞ」
ホロウレインの声が冷たくこだまする。血まみれの体を引きずり、何度もぶつかり合ったが、俺の攻撃はことごとくすり抜けられ、爪が肉を裂いていった。
「死んだらそれまでだ。でも諦めるつもりはない!!」
必死に叫ぶ。肩の辺りから熱い血が垂れ、視界の端が揺れる。
「そうか。なら、死ね」
ホロウレインは一歩下がると、低く呟いた――その声と同時に、暗い空が裂けた。
「ドール・レイン」
黒い槍が、上空から無数に降り注ぐ。鋭利な影が雨のように落ちてきて、俺は必死に身を引いて避けるのが精一杯だった。
「醜いな。人間は諦めが悪い癖に弱い」
「諦めの悪さは、人間の強みだ」
叫びながら、俺は頭上にエーテルを集中させた。全身が振動する。掌の中で冷たい力が音を立てるように渦巻き、薄いシールドが形成される。荒い息のまま、日本刀を投げ放った。
刀は軌道を描いてホロウレインへ――だが、いつもと違う。ホロウレインは避けきれず、その刃が深く肉に食い込む。
「う……」
思わず肩が震えるのが分かった。ホロウレインが初めて本気で痛がったように見えた。
「よし!!」
胸に小さな希望が灯る。
「久しぶりに本気でやれそうだ。頼むから、死ぬなよ」
「分かってる」
拳と拳がぶつかり、槍が唸り、斬撃と構築のイマジンが飛び交う。互いの技を読み合い、トレースしては合わせ――戦いは積み重なる一撃の応酬となった。
やがて、視界が歪み、辺りを覆っていた霧と雨が濃くなっていく。視界は白と黒の粒子で満たされ、世界が別の領域へと移行した。
「ここは……?」
「この戦場は、俺が認めた奴しか入れない空間だ」
目の前に広がったのは、血と霧に満ちた幻想の戦場。雨は血に似た色を帯び、地表には古い鎧や折れた槍が散らばる。空は低く曇り、遠くで鳴る金属音が耳に刺さる。
「光栄だな」――思わず苦笑が漏れる。
ホロウレインは冷ややかに笑った。
「見るからに、ぼろぼろだな」
「あんたに勝てないなら、俺は一生ここで犬死だ」
「そうだな。この空間を出られた奴は、今まで一度しかいない」
「一人?」
「人間だ」
「え……人間が出られたのか?」
「ああ。一人だけいた。しかしそれ以上の雑談は無用だ」
ホロウレインは一瞬だけ黙り、次に冷酷な表情を見せた。
「お喋りはここまでだ。決着をつける」
俺は喉の奥が燃えるのを感じた。ここで諦めれば、もう二度と家族に会えない。燃える願いを集めて、俺は決めていた“とっておき”を使う――この場で全力をぶつけるしかない。
(ここから先は、全部出す――)
俺は足元にエーテルを集中し、体中から熱と光が迸るのを感じた。刀を握る手に力を込め、心の中でひとつの像を描く。
――『終焉の斬撃』。
ホロウレインが次の動きを読もうとしたその瞬間、俺の全身から放たれた光が一条の刃となって空を切り裂いた。刃は風のように収束し、ホロウレインの頸めがけて一直線に伸びる。
世界が静寂に包まれた。時間が引き延ばされたように、皆がその刹那を見つめる。
――だが、結果は次の瞬間にわかる。
(ここで終わる。だが、終わらせない――)




