最終回 ボクは忘れないよ....ッ!!!
86伝説エーペックス蔵王編
山吹花「みんな....ッ!待っててねエエエエッ!!!!」
2027 SPRING!!!!!!!!!!!
パドックの特設ステージには眩いスポットライトが灯り、華やかなファンファーレが夜空に高らかと鳴り響いた。
マイクを握りしめた小早川が、ステージの中央で両手を大きく広げて叫ぶ。
小早川「表彰式担当の小早川です!!!
長き決闘の末勝ち抜いて見えない血を流し切った3人のドライバーに拍手をおおお!!!!」
ワアアアアアッ!
パドックを埋め尽くした観客やドライバーたちから、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。
写真判定による長い審議の結果、最終順位が確定。
ポディウムの頂点、1位の台にはポルシェ718ケイマンGT4を完璧に乗りこなしたフリスが立ち、2位には僅差の攻防を制したイヨ、そして3位の表彰台には死闘を駆け抜けた腹切カナタがREVIVE86の誇りを胸に堂々と上がっていた。
小早川「頂点に君臨したのはフリス選手!そして熾烈を極めた2位争いはイヨ選手が僅差で勝ち取り、3位には腹切カナタ選手が入賞です!」
腹切カナタ「くそーっ!イヨちゃんにあと一歩届かなかったか!でもめちゃくちゃ熱いレースだったぜ!」
カナタが悔しそうに笑いながらトロフィーを掲げると、隣のイヨも穏やかな笑みを浮かべて小さく会釈を返した。
表彰台の3人に向けて大きなシャンパンが手渡され、弾けた泡と祝福の光が夜のサーキットを鮮やかに彩っていった。
表彰台の熱気が最高潮に達し、シャンパンの泡がライトに反射してキラキラと舞い散る中。
優勝者の証である大杯のトロフィーを受け取ったはずのフリスが、祝福の歓声に背を向け、静かにポディウムの階段を降り始めた。
山吹花「えっ……?フリスさん、シャンパンファイトは……?」
伊藤翔太「おい、どこへ行くんだ?まだ式は終わってないぞ!」
小早川「ちょ、ちょっとフリス選手!?表彰式の記念撮影と優勝者インタビューがまだ残っていますよ!」
小早川の焦った呼びかけにも一切足を止めることなく、フリスは淡々とした足取りで歩を進める。
ざわめき始めるパドックの視線を集めながら、彼はピットレーンに佇むポルシェ 718 ケイマン GT4の運転席ドアノブへ、音もなく冷たい手を掛けた。
腹切カナタ「フリス!!!」
表彰台の3位のステップから飛び降りたカナタが、呼び止めようと駆け寄る。
だが、フリスは振り返ることもなく、機械のように無機質な背中を向けたままだ。
フリス「……」
冷え切った沈黙が二人の間に落ちる。
これまでの圧倒的な走り、完璧すぎて感情の揺らぎすら感じさせない走りの精密機械。
その異質な存在感を前にして、カナタは息を呑みながら真っ直ぐに問いかけた。
腹切カナタ「君は……ほかの人と違うの?」
静まり返るピットレーン。
カナタの真っ直ぐな問いかけを受け、ケイマンGT4のドアに手を掛けていたフリスが、音もなくゆっくりと振り返った。
無機質で透き通るような瞳がカナタを捉える。
次の瞬間、フリスの周囲から甘いバニラと砂糖菓子のような極上の香りがふわりと立ち込め、夜空からキラキラと輝く純白の雪――コットンアイススノーが幻想的に舞い散った。
ステップを踏み込む気配すらなく、フリスはカナタの目の前へと一瞬で間合いを詰める。
腹切カナタ「えっ……!?」
カナタが息を呑む間もなく、冷たくて信じられないほど柔らかな唇が、カナタの唇へと静かに重ねられた。
それはまるで、綿あめのように甘く、しかし芯まで凍りつくような極寒の冷気を秘めた、儚くも甘美な口づけだった。
山吹花「きゃああああっ!?な、なに何!?フリスさん何してるの!?」
伊藤翔太「うわああああっ!カ、カナタ!?」
岡田大成「ぶっ……!な、なんだありゃあ!?」
突然の光景に、表彰式の会場から凄まじい絶叫とどよめきが巻き起こる。
カナタが真っ赤になってフリーズする中、フリスはすっと唇を離し、淡雪のような吐息を零しながら静かに囁いた。
フリス「……腹切カナタ。覚えておく。」
それだけを言い残すと、フリスは再び背を向け、ケイマンGT4のコクピットへと乗り込んだ。
重厚なドアが静かに閉まり、水平対向4リッターNAエンジンが野太い始動音を轟かせる。
ブロオオオオンッ!
夜風に甘い雪の余韻だけを残し、真紅のテールランプを光らせたケイマンGT4は、静まり返るサーキットの闇の彼方へと静かに走り去っていった。
夜の闇に溶け込むようにサーキットのゲートを抜け、人気のないハイウェイを滑るように疾走するポルシェ 718 ケイマン GT4。
メーターパネルの青白い光だけが灯る静寂のコクピットで、フリスは滑らかなアルカンターラのステアリングを握り締めながら、バックミラーに映る遥か後方の夜空を一瞥した。
唇に残るわずかな温もりと、先ほど交わした視線の鋭さ。
赤き戦闘機・REVIVE86を駆り、恐れを知らずに己の背中へ食らいついてきた青年の面影が、脳裏に深く焼き付いて離れない。
フリス(あのハラキリという奴……我の息子にそっくりだな……。だが、それはあそこで言うまいッ)
決して他人に悟らせることのない、悠久の時を生きる者特有の静かな独白。
激しい情熱と折れない意志を宿したあの瞳、限界を超えてなお前へと突き進むあの走りの魂は、かつて己の傍らにいた血脈の記憶とあまりにも酷似していた。
もしあの場でその真実を口にすれば、歯車は狂い、築き上げた世界の理すら揺らぎかねない。
だからこそ、あえて甘く冷たい雪の記憶だけを刻みつけ、無言のまま立ち去る道を選んだのだ。
フリス(再び相まみえる時が来るのか……それとも、ただの似姿に過ぎぬのか。どちらにせよ、興が湧いたぞ……腹切カナタ)
ポルシェの4.0リッター自然吸気エンジンが、冷徹にして力強い重低音を夜空へ響かせる。
甘く香る冷気の余韻をマフラーからわずかに漂わせながら、真紅のテールランプは誰にも追わせぬ速度で、夜の帳の奥深くへと消え去っていった。
フリスの残した甘い冷気と衝撃の余韻がようやく薄れ、パドックの特設大型テントには、芳ばしい肉の焼ける匂いと食欲をそそる秘伝のタレの香りが立ち込めていた。
相川律「おーい! みんな席取ったぞー! 街一番のホルモン屋の移動販売、鉄板ガンガンに温めてもらってるから早く食おうぜ!」
相川律がトングを掲げて手招きすると、まだ顔を真っ赤にして放心状態だった腹切カナタの背中を、伊藤翔太と山吹花が笑いながら押していく。
伊藤翔太「ほらカナタ、いつまで固まってるんだよ。早く行かないと相川に全部食われちゃうぞ」
山吹花「そうだよカナタくん! すっごく美味しそうなお肉がいっぱいあるんだから!」
腹切カナタ「お、おう……! あいつの一撃で頭が冷え切っちまったけど、肉食って熱を取り戻すぜ!」
長テーブルの上には、ジュウジュウと豪快な音を立てる極上のホルモン焼きをはじめ、大皿に盛られた唐揚げや串焼き、色とりどりの料理が所狭しと並べられていた。
激闘を終えたドライバーたちが次々と席に着き、それぞれのレースを振り返りながらジョッキを掲げる。
相川美保「みんな、本当にお疲れさまでした! 乾杯ーっ!」
「かんぱーい!!!」
テント内に響き渡る乾杯の声とともに、賑やかな宴が幕を開けた。
隣のテーブルでは岡田大成がホルモンを豪快に口へ放り込み、柊蒼真は先ほどのゾフィアの通話について仲間から弄られて顔を赤くしている。
川から這い上がって着替えを済ませた高槻健永と菜園宗一郎も、隅の席でブツブツと文句を言いながら肉をつついていた。
激しい火花を散らしたサーキットの緊張感は温かな笑顔と笑い声に変わり、夜の吾妻は仲間たちの熱気で満たされていった。
相川律「よーし!お寿司屋さんの屋台もあるぞー!!」
相川は両手を高く突き上げ、テントの奥に設営された提灯の灯る屋台を指差した。
カウンターには艶やかに輝く新鮮なマグロやサーモン、大振りのホタテやエビが所狭しと並べられ、職人が軽快な手つきでシャリを握っている。
相川美保「わあ、お寿司まであるんだ!すごーい!私、サーモンとイクラ食べたいな!」
美保が目を輝かせながら駆け寄ると、さっきまでホルモンに夢中だったドライバーたちも一斉にざわめき立った。
腹切カナタ「マジかよ相川!ホルモン食った後に寿司とか最高すぎるだろ!大トロ全部持ってこーい!」
伊藤翔太「こらカナタ、独り占めするなよ。花は何がいい?取ってこようか?」
山吹花「えへへ、ありがとう伊藤くん!じゃあ、マグロと玉子お願いしようかな!」
岡田大成「おいおい、オレの分のウニも残しとけよな!」
柊蒼真「早い者勝ちですよ岡田さん!職人さん、エンガワ一丁!」
テーブルの上はあっという間に握り寿司の大皿で埋め尽くされ、香ばしい焼き肉の匂いと爽やかな酢飯の香りが混ざり合う。
激闘で極限まで集中力を削り、空腹になっていたレーサーたちは、箸を休めることなく次々と豪華な料理を平らげていく。
相川律「がははっ!遠慮すんなよ、今日は走った奴全員の祭りなんだからな!食って食って食いまくれー!」
満面の笑みを浮かべる相川の音頭に合わせ、テント中から再び大きな歓声と笑い声が巻き起こり、吾妻の夜宴は一段と賑やかさを増していった。
喧騒に包まれた吾妻の特設テントから遠く離れた、街灯のまばらな静かな峠道。
闇夜に沈むアスファルトを、ポルシェ 718 ケイマン GT4がただ一足、無音の重低音を響かせながら滑るように走っていた。
助手席側の窓に映る、自分の冷え切った横顔。
先ほどサーキットのパドックで交わした熱と冷気が混ざり合うような、奇妙な手触りの残る唇に、フリスは意識を向ける。
フリス(……あの者も何か使命を与えられたものなのかもな……)
遥か昔から時間を超え、凍てつく雪と甘い冷気を宿す己の運命を見つめ続けてきた彼にとって、あの赤き86を駆る青年の姿は、単なる一人のレーサーには映らなかった。
何かに導かれるように限界を超え、圧倒的な壁へと真っ向から牙を剥くその瞳には、自分と同じ「抗えぬ定め」の輝きが宿っていたからだ。
フリスは静かにステアリングを切り、さらなる深い闇の向こうへと消えていく。
夜風の中に舞う微量のコットンアイススノーは、彼が抱く静かなる思索の余韻を乗せて、夜空の彼方へとかき消されていった。
ホルモンや寿司の香りで大いに盛り上がる特設テントの中、突然ステージの特設マイクがガリッと不穏なノイズを立てた。
内藤セリナ「えへへ☆それじゃあみんなの前で女子高生アイドル☆内藤セリナのスターライトショーでもしまーす!!!!」
アウディR8のステアリングを握っていた時とは打って変わって、キラキラとしたアイドル風のポーズを決めながらマイクを独占する内藤セリナ。
その姿を一瞥した山吹花は、ジュースの入ったコップを片手に冷ややかな目を向けた。
山吹花「アンタの……どうせショーもないネタなんでしょ?」
バッサリと言い放つ花に対して、セリナは「むっ」と頬を膨らませ、素早い身のこなしで花の隣へと滑り込む。
そして、容赦なく花の柔らかい両頬を両手でギュッと引っ張った。
内藤セリナ「……あのね〜……人の華麗なステージをショーもないとか言っちゃう子は、こうしてお仕置きしちゃうぞ〜☆」
山吹花「んむっ!?んぐっ……!た、痛い痛い!ほっぺた伸びちゃうから!わかったわかったッッッ!!」
必死にセリナの手を掴んで引き剥がそうとしながら、花は涙目で降参の声を上げる。
周囲で見ていた伊藤翔太や腹切カナタは、そのお決まりのやり取りに大笑いしていた。
相川律「おっ、セリナのスターライトショー開幕か!?サイリウム準備しねえとな!」
相川がやんやとやじを飛ばす中、テントの中はさらに賑やかな笑い声に包まれていった。
賑やかなテントの空気が一瞬でピリッと引き締まる。
華麗なアイドルポーズを決め、スターライトショーを始めようと意気込む内藤セリナの背後から、すぅっと冷たい影が忍び寄った。
相川美保「あ、それには騙されないよ……ッ?私冷めてるからね……??」
そこにいたのは、普段のほんわかした笑顔をきれいさっぱり消し去った相川美保だった。
その青い瞳の奥底からギラリと覗くのは、獲物を捕食する深海の鮫を思わせる、底知れぬ冷徹さと圧倒的な威圧感。
周囲の温度が数度スッと下がったかのような凍てつくオーラに、セリナはピタリと動きを止めて背筋を凍らせる。
内藤セリナ「ひっ……!?な、なんか今の美保ちゃん、目がマジで怖いんだけど……!」
アウディのコックピットで極限のバトルを戦い抜いてきた美保の心の底には、生半可な演出や茶番を完全に無効化する「絶対零度の冷徹さ」が眠っていた。
可愛らしい笑顔の裏に隠されたその不気味なほどの凄みに、セリナは持っていたマイクを危うく落としそうになりながら一歩後じさる。
腹切カナタ「うおっ……!おい伊藤、今日の美保ちゃん、なんかこう……ガチのサメみたいな目してねか……?」
伊藤翔太「あ、ああ……。下手に近づくと丸呑みにされそうだな……」
周囲の男たちが冷や汗を流してサッと距離を取る中、美保は冷ややかな目を向けたままセリナの肩を軽くポンと叩いた。
相川美保「で? そのショーモナイショーとやらで、私をどう楽しませてくれるのかな……?」
内藤セリナ「も、もう何もしません!すみませんでしたァァァ!!!」
セリナが半泣きで土下座せんばかりに謝罪すると、テント中からドッと大きな笑い声が巻き起こり、恐怖の冷気は一瞬で熱気へと書き換わっていった。
怯えていたはずの内藤セリナは、不敵な笑みを浮かべるとスッと懐から怪しく光る怪しげなサングラスを取り出し、自分の鼻根に引っ掛けた。
ピカアアアアア……ッッ!!!!
暗がりと提灯の光に包まれたテント内を切り裂くように、超高輝度LEDを内蔵したサングラスが強烈なフラッシュ光線を放つ。
山吹花「わあ!何!??眩しっ!」
腹切カナタ「WOWッ……!!!目が、目がぁ!」
あまりの眩しさに花もカナタも両手で目を覆い、その場で崩れそうになる。
ドヤ顔を崩さないセリナは、満を持してサングラスをクイッと押し上げた。
内藤セリナ「それじゃあサングラスを上にして……こんにちは〜!!!スーパーアイドル内藤セリナちゃんだよ〜ん☆ びっくりしたー?いえあああああああああああい!!!!!」
※WWW。
山吹花「眩しいしうるさあああああああい!!!なに勝手にテンション爆上げしてのよ!」
花が目をしばしばさせながら怒鳴り声を上げるが、セリナは意に介さず、さらに調子に乗ってマイクのボリュームを上げる。
内藤セリナ「それじゃあせーの……おっπおっπあああああああああああああい☆☆☆☆☆」
山吹花「やめろアアアアア!!!!」
ドズオオオアアアアンッ!!!
岡田大成「うお!?」
古賀加奈子「.......なにッ...????」
限界を超えた羞恥心と怒りに導かれ、花はさきほどセリナから勝手に手渡されていたスターライトショーの分厚いパンフレットを足元へ強烈に叩きつけると同時に、渾身のミドルキックをセリナの胴体へぶち込んだ。
圧倒的な爆音とともに吹き飛んだセリナは、ステージの端へ綺麗に転がり落ちていった。
テント内は再び爆笑の渦に包まれ、相川美保は冷ややかな目を向けたまま冷めた表情でお茶を一口すするのだった。
内藤セリナ「ぐほぁ……ッ。……えへへ☆じゃあ引き続きライブ配信はセリナの配信をちょっとだけ占領しちゃうねー☆」
華麗なキックを食らってステージの端に転がったはずなのに、セリナはタコのようにクネクネと起き上がり、何事もなかったかのように満面の笑みでマイクを掴み直した。
そして、そのまま音楽のボリュームを一段と跳ね上げて歌い始める。
内藤セリナ「そーれ!女湯入って乳揺らせ!男湯入ってケツ眺めてろ!そーれおっπッ!!おっπ!おっπおっπああああああい!!!!」
山吹花「だからそれをやめろよおおお!!!(泣)」
精神攻撃じみたフリーダムすぎる歌詞とハイテンションな絶叫に、花は頭を抱えてその場で崩れ落ち、本気で泣きそうな顔をになった。
伊藤翔太「もういいよ。ああなったらセリナのやつあのままだしアイドルしてる時はいつもあんな感じだから」
呆れを通り越して諦めの境地に達した翔太は、冷めた目でセリナを見据えながらホルモンの串をモグモグと噛み締める。
だが、その隣では別の問題児が盛大に暴走を始めていた。
相川律「……おお!かわいー!!そーれ!おっπおっπ!!!!」
ノリノリで両手を突き上げ、満面の笑みでセリナのコールを大合唱し始める相川律。
柊蒼真「相川!お前までやめろおお!!」
頭を抱えた蒼真が相川の肩を激しく揺さぶって止めに入り、テント内はカオスな大歓声に包まれる。
そんな賑やかな一幕を少し離れた席から眺めながら、柳津雄介は上品にグラスを傾け、静かに深々とため息をついた。
柳津雄介「品がない……ッ」
内藤セリナが歌っていた下品なコールと奇声がピタリと止まり、テント内の空気が一変した。
先ほどまでのハイテンションが嘘のように、セリナの表情から光が消え、マイクを通す声が静かで透明な、どこか遠くを見つめるような響きに変わる。
内藤セリナ「……助けて。今鳥籠の中に1人だけでいるの……」
「助け出して。この中は寒くて動けないの抜け出したいの……。定められた迷宮の中であなたは迷うの。1人になりたくないともがき、呟き1人になりたいと彼は言った。」
「でも、私を見て。しかと見て。」
しっとりとしたシンセサイザーの旋律が流れる中、セリナは切なげに瞳を潤ませ、まるで凍てつく氷の世界に囚われた少女のように歌い上げる。
そのあまりのギャップに、先ほどまで頭を抱えていた者たちも一瞬で動きを止めた。
内藤セリナ「私にできることはないかって...いつももがくけど...それはまるで命の輝きだから.....」
「そう、君は宝石のような存在さ!オーバーヒート!ラブシンパシーが突き刺さる!!運命の氷の心を研ぎ澄まして!!!オーバーヒート!リズミカルに掛ける旋律があなたの心を打ち砕いてく!!」
激しさと切なさが入り混じったエモーショナルなサビのフレーズが、夜空のテントに美しく響き渡る。
先ほどのカオスが嘘のような、あまりにもクオリティの高い本格的な電波・トランス系アイドルソングの展開に、会場の誰もが息を呑んだ。
歌い終えたセリナがふっとマイクを下ろし、照れくさそうにはにかむと、静まり返っていたテントからパラパラと、そしてやがて大きな拍手が巻き起こった。
山吹花「……案外、悪くない曲も歌ってるのね」
花は少しだけ目を丸くし、腕を組みながらも、どこか感心したような表情でセリナを見つめるのだった。
セリナの本格的なスターライトショーに拍手喝采が送られる中、ステージの袖から若林が法被姿で飛び出してきた。
若林「さああ!吾妻GT締めくくりは流しそうめん!!!吾妻名物流しそうめんを食べてお別れしていきます!!!会場にエアリさんもやって来ましたー!!」
若林が高らかに叫ぶと、特設テントの横に設営された全長二十メートルを超える超特大の竹スライダーが露わになった。
吾妻の清らかな湧水がサラサラと音を立てて竹筒を流れ落ちていく。
エアリ「みんな、本当にお疲れさまでしたッス!激闘で火照った身体を、吾妻の冷たい名水とそうめんでキュッと冷やして締めるッスよ!」
解説ブースから駆けつけたエアリが、赤い瞳を輝かせながらケモミミをピコピコと揺らし、器とお箸を掲げて挨拶をする。
その可愛らしい姿に、パドック中から大きな歓声が上がった。
腹切カナタ「うおおお!流しそうめんかよ!ホルモンと寿司の後のこれは最高に染みるぜ!」
伊藤翔太「流れてくるスピード、結構速いな……動体視力の勝負になりそうだ」
山吹花「ふふっ、負けないよ!私が一番たくさん掬ってみせるんだから!」
相川律「よーし!最上流は俺が陣取ったぜ!全部オレの胃袋に流し込んでやるー!」
相川美保「お兄ちゃん、独り占めはダメだよ?みんなで仲良く食べようね」
岡田大成「おい相川、オレの前に箸を出すんじゃねえぞ!」
柊蒼真「これ、ブレーキング勝負より集中力要りますね……!」
ドライバーたちが一斉に竹の両脇へ並び、キラキラと流れてくるそうめんに箸を伸ばす。
清涼な水のせせらぎと、箸がぶつかり合う小気味よい音、そしてあちこちから上がる笑い声。
熱きバトルを繰り広げたライバルたち全員が、笑顔で一つの竹を囲んでいた。
若林「お見事!腹切カナタ選手、見事な箸さばきで大盛りゲットー!……おっと、相川選手はツユをこぼして大慌てだあああ!」
エアリ「あははッ!みんな凄く楽しそうッスね!これぞ吾妻GTの最高のフィナーレッス!」
夜空に満天の星が瞬く下、仲間たちの温かい笑い声がサーキットの夜をどこまでも優しく彩っていった。
流しそうめんを夢中で啜り、喉を潤した仲間たちが満足そうに息をついていたその時。
蒼色のロングヘアを揺らし、帽子をちょこんと被ったちとせが、蒼色のもふもふとした萌え袖の両手で巨大なガラスピッチャーを抱えながら、のんびりとおっとりした足取りで歩み寄ってきた。
ブルーグレーの瞳をとろりと細め、いつものマイペースな口調でみんなに声をかける。
ちとせ「みんなぁ〜……♪カルピス冷やしておいたから飲む〜……?もへ〜……」
ピッチャーの中には、純白のカルピスと透き通るような氷がたっぷりと浮かんでおり、見た目にも涼しげで美味しそうだった。
腹切カナタ「おっ!ちとせ、気が利くじゃねえか!そうめん食った後の冷たいカルピスとか最高だぜ!」
伊藤翔太「ありがとう、ちとせちゃん。一杯もらうよ」
山吹花「わあ、すっごく冷えてて美味しそう!いただきます!」
相川律「俺にもくれー!喉カラカラだったんだよ!」
岡田大成「おう、オレも一杯もらうぜ!」
そうめんで身体が温まっていたドライバーたちは、差し出された紙コップを受け取り、疑うこともなく一気にゴクゴクと喉へと流し込んだ。
だが、その瞬間――。
ゴクッ……!
ビキビキビキッ……!
腹切カナタ「ぶっ……!?つ、冷ったああああああああああいッ!?」
伊藤翔太「うぐっ……!な、なんだこれ……喉から胃袋まで、一瞬で凍りつきそうだ……ッ!」
山吹花「ひゃあああっ!?頭がキーーーンってレベルじゃないよぉぉぉっ!歯茎が……歯茎がカチコチになっちゃうぅぅぅ!」
相川律「あばばばばばばっ!?身体の芯どころか魂まで凍結するうううううっ!!」
岡田大成「ぐああっ……!マイナス何十度だよこのカルピス……息が……息が白くなるどころかツララができるぞッ!」
コップを煽った全員が、一瞬にして青ざめ、口から猛烈な冷気を吐き出しながらその場でガタガタと震え上がった。
それはただ氷で冷やしただけの冷たさなどでは決してない。
ちとせの内に秘められた、底知れぬ極寒の絶対零度の気がコップの底深くまで満ちており、飲んだ者の内臓を容赦なく芯から凍結させる魔の超冷却ドリンクと化していたのだ。
あまりの激痛のような冷たさにのたうち回る一同の横で、ちとせは萌え袖を口元に当て、冷たい裏の性格をチラリと覗かせながら、のんびりと首を傾げた。
ちとせ「もへ〜……♪ちゃんとキンキンに冷やしたのにぃ……みんな大げさだなぁ〜……」
エアリ「あちゃー……!ちとせちゃん、また無意識に絶対零度の冷気を注ぎ込んじゃったッスね……!」
氷漬けになりかけて震えるレーサーたちと、マイペースに微笑むちとせ。
吾妻の夜のフィナーレは、温かい笑い声と凍てつく悲鳴が入り混じる、前代未聞の締めくくりとなった。
凍りつくカルピスに悶絶していた一同の背後から、怒気に満ちた荒々しい足音がアスファルトを踏み鳴らして迫ってきた。
眞鍋琉斗「山吹花……良くも……良くもおおお!!!!」
ランエボIX MRを看板送りにされ、5位に沈んだ眞鍋琉斗が、血走った目で拳を握り締めながら突っ込んできた。
プライドを粉々に打ち砕かれた怒りと屈辱を全身から撒き散らし、今にも掴みかからんばかりの勢いで花へと詰め寄る。
だが、山吹花は怯えるどころか、静かに、そして穏やかな笑みをたたえて眞鍋の目の前へと歩み出た。
眞鍋琉斗「な、なんだよその面は……ッ!俺を馬鹿にして……」
眞鍋が怒鳴り散らそうとしたその瞬間。
花はそっと両手を広げ、眞鍋の胸元へと優しく飛び込み、その身体を柔らかく抱きしめた。
ぎゅー……。
眞鍋琉斗「なっ……!?お、おい……!?」
ふわりと辺り一面に広がったのは、春の陽だまりを思わせる、甘く優しい桜の香り。
繊細で、温かくて、トゲトゲしく逆立っていた心をそっと包み込んで溶かしてしまうような、慈愛に満ちた抱擁だった。
花の柔らかな温もりと甘美な桜の吐息が至近距離で伝わり、眞鍋の身体は一瞬で硬直する。
山吹花「眞鍋くん……ごめんね。レース中は私、怒りに任せてあんな激しいことしちゃった。でもね、眞鍋くんの走り、本当に速くて、本気配だったからこそ……私も全力で走れたんだよ」
耳元で囁かれる花の優しく透き通った声に、眞鍋の顔はみるみるうちに真っ赤に染まり上がっていく。
眞鍋琉斗「う、あ……お、お前……な、何言って……ッ!」
さっきまで滾っていたはずの憎しみも怒りも、甘い桜の香りと温かなぬくもりの前にきれいさっぱり霧散してしまい、眞鍋は完全に毒気を抜かれてその場に立ち尽くすしかなかった。
腹切カナタ「お、おいおいおい……!花、あんな奴にハグなんてしてやる必要ねえだろ!」
伊藤翔太「あはは……花らしいや。どんな相手のトゲも、最後は全部受け止めちゃうんだから」
相川律「うおーっ!眞鍋のやつ顔真っ赤じゃねえか!役得すぎるぞコノヤロー!」
仲間たちの冷やかしの声が飛ぶ中、花はそっと身体を離し、満面の桜のような笑顔を眞鍋に向けた。
夜風に乗って漂う甘い桜の香りが、戦いを終えたサーキットの空気を優しく癒やしていった。
賑やかな宴の熱気が心地よい余韻へと変わる中、特設ステージの配信カメラが再び赤く点灯し、実況席の二人が笑顔で締めくくりの挨拶へと入った。
エアリ「それじゃあそろそろっスね!!」
若林「ここまでエーペックスカップライブ中継をして参りました!!10月の吾妻GTも終えて次回は蔵王エコーラインを走るコースである蔵王連峰が舞台の12月上旬スタート予定のロッキング蔵王戦になります。……なんと言っても1位の絶対王者には驚かされてしまいました……ッ。さらにGRスープラがやはり2位ッ!!」
エアリ「あの2台とカナタくんは異常ッスからねー……。フリスさんのあの冷徹なまでの速さとイヨちゃんの異次元の走り、そして最後まで食らいついたカナタくんの集中力……観ていて鳥肌が止まらなかったッスよ!」
エアリがケモミミを揺らしながら深く頷くと、若林は手元の資料をめくり、興奮を抑えきれない様子で声を張り上げる。
若林「次回のエーペックスカップでは……予約のエントリーにアストンマーティンやあのマニアの方は当たり前のあのトヨタのセダンの名車もいるんですよ!さらに柳津雄介の妹である柳津カリンのフェラーリRomaのブルーローマやウラカンEVOまでも予約エントリーが早速入ってます!!」
エアリ「うわあ!超ド級のスーパーカーからいぶし銀の国産名車まで、めちゃくちゃ豪華な顔ぶれになりそうッスね!冬の蔵王連峰、極寒のエコーラインでどんなドラマが生まれるのか今から楽しみッス!」
若林「寒さを吹き飛ばす熱き戦いが待っていること間違いなし!それでは全国のファンの皆様、12月のロッキング蔵王戦でお会いしましょう!!」
カメラに向かって大きく手を振る若林とエアリ。
激闘の吾妻GTはここに完全閉幕し、レーサーたちの視線はすでに、白銀の牙を剥く次なる戦場――蔵王連峰へと向けられていた。
熱狂とカオスに包まれたパドックの騒乱から遠く離れた、深夜の吾妻連峰。
標高千メートルを超える澄んだ夜気の中、静まり返った山頂の道の駅に、ヘッドライトの光を消した一台のクーペが音もなく滑り込んできた。
滑らかな曲線美と洗練された気品を纏う、純白のBMW 430i。
低く乾いたエキゾーストノートがふっと途切れると、重厚な音を立てて運転席のドアが静かに開いた。
降り立ったのは、腹切カナタとほぼ同年代の、引き締まった体躯と鋭い眼光を持つ一人の青年だった。
冷たい夜風が青年の前髪を揺らす。
青年はポケットに両手を突っ込んだまま、ゆっくりとした足取りで道の駅の出入り口付近――激闘の舞台となったアスファルトの路面へと歩み寄った。
そこには、漆黒の夜闇の中でもはっきりと視認できるほど深く、無数に刻み込まれた猛烈なブラックマークが残されていた。
極限のスピードで飛び込み、アスファルトを削り取ったあの「赤い戦闘機」――腹切カナタの86と、怪物たちが繰り広げたドリフトの壮絶な爪痕。
青年は漆黒のタイヤ痕の前で足を止め、アスファルトに刻まれた生々しいバトルの残り香をじっと見つめながら、静かに息を吐き出した。
日下田湊「はぁ……これが……」
その瞳には、かつてない強敵たちの存在を肌で感じ取った昂ぶりと、次なる戦いを見据える静かな闘志が宿っていた。
純白の430iが静かに佇む吾妻の頂。
新たな波乱を予感させながら、激闘のエーペックス吾妻GTはここに完全なる幕を下ろした。
86伝説エーペックス吾妻GT編 完結!
続きは来年公開!!!!!!!!!!
蔵王編をお楽しみにお待ちください!!!!
その間はPE3を進めてまいります!!!!!!!!!!!!!!




