第十四話 『 読んでいる 』
イヴは、まだ眠っていた。
昼食を終えてから、それほど時間は経っていない。
糖が血液へ溶け込み、脳へ運ばれ、彼女の僅かな生命活動をさらに緩慢なものへと変えていく。
静かな呼吸だった。
病室に設けられた簡素なカーテンが、空調の風に揺れる。
そのたびに、彼女の前髪が数本だけ額を撫でた。
その寝顔には、病気も、不安も、死も刻まれていない。
少なくとも、眠っている間だけは。
骨格の未成熟さを除けば、ただ年相応の少女にしか見えなかった。
『どうかお大事に』
聞かされる言葉だった。
優しい言葉だった。
けれど、今はそれが残酷に聞こえる。
大事にする。
それができるなら、誰も苦労なんてしない。
目を覚ませば、また世界は彼女を病人として扱う。
俺も。
エステルも。
病院も。
社会も。
誰も彼女を、ただの少女として見てはくれない。
「……」
起こせなかった。
いや。
起こしたくなかった。
エステルは言っていた。
代謝を極限まで落とせば、病状の進行速度は確かに遅らせられる。
だが、保証はない。
仮死。
それは生存を引き延ばす技術ではない。
一度、生命活動を止めることに等しい。
未来へ命を預けるため、一度現在から死ぬ。
そんな矛盾した医療だった。
俺が彼女を起こす理由は、その説明をするためだった。
説明をすれば、彼女は選ばなければならない。
受け入れるか。
拒絶するか。
だが。
脳裏に浮かんだ。
『死にたくない』
『助けて』
『お兄ちゃん』
……それは選択なのだろうか。
死を目前に置かれた人間へ、「好きな方を選べ」と迫ることを。
それを選択と呼んでいいのだろうか。
俺には分からなかった。
だから逃げた。
「……悪い」
誰に向けた謝罪なのか、自分でも分からない。
イヴか。
エステルか。
それとも、自分自身か。
ただ、気分が悪かった。
虫の居所こそ、悪かったのかもしれない。
胸の奥へ、何か腐ったものを詰め込まれたようだった。
俺は、それ以上何も言わずに病室をあとにした。
*
外へ出る。
病院特有の消毒液の匂いが、少しずつ薄れていった。
代わりに街の空気が肺へ流れ込む。
乾いた排気ガス。
夏を過ぎたアスファルト。
遠くで工事をする機械音。
生きている街の音だった。
誰も俺のことなんて知らない。
誰もイヴのことなんて知らない。
世界は、何も知らないまま動いている。
それが妙に腹立たしかった。
俺は無言のままオフィスへ戻った。
*
部屋へ入る。
静かだった。
人が出入りした形跡はない。
当たり前だ。
「自分」なら、誰かに自身を犯罪者だと触れ回ったりなんかしない。
紙屑に塗れた地べたへ近づく。
膝をつき、散らばった紙をかき分ける。
その下へ手を伸ばした。
金属製のレールを、紙の束が撫でる。
ガラ、と鈍い音がした。
ゆっくりと開く。
そこには、いた。
銃。
拳銃。
短機関銃。
散弾銃。
予備マガジン。
薬莢。
工具。
油布。
一つ一つが整然と並べられている。
記憶はない。
なのに、この道具には覚えがあった。
手に取る前から分かる。
どこへ指を掛けるのか。
どう持つのか。
どう扱うのか。
身体が知っている。
弾を込める。
引金を引く。
それだけは理解できた。
「……」
拳銃を持ち上げる。
重い。
金属としての重量だけではない。
人を暴力のためだけに設計された道具。
それを、俺は躊躇なく扱っていた。
そういう事実だけが、手のひらから伝わってくる。
安全装置を確認する。
癖だった。
考えるより先に指が動く。
苦笑した。
「笑えないな」
唯一の朗報は、実銃が見つからなかったという事実だった。
だが、非殺傷の銃器をここまで極めて揃えていた理由は分からない。
何のためだ。
誰に向けてだ。
何から身を守るために、こんなものを。
考えていると、答えは一つしか浮かばなかった。
恐怖だ。
マガジンを抜く。
スライドを引いて、ストップを掛ける。
薬室を確認する。
空。
空だ。
何もかも。
記憶は失われても、その痕跡は消えない。
俺は一つずつダッフルバッグへ詰め始めた。
銃。
弾薬。
予備部品。
整備工具。
油。
布。
一つ。
また一つ。
重量が少しずつ肩へ積み重なっていく。
まるで、自分の罪を袋へ詰め込んでいるようだった。
全部持っていく。
もう、この部屋へ戻る理由はない。
ここは俺の過去だ。
未来ではない。
バッグの口を閉じる。
肩へ担ぐ。
鈍い重量が骨へ食い込んだ。
「終わりにするんだ」
誰に言うでもなく呟く。
その言葉は部屋へ吸い込まれ、返事は返ってこなかった。
*
外へ出る。
午後の日差しは少し傾き始めていた。
路肩には、一台のマッスルカーが停まっている。
古い。
だが、妙な存在感がある。
無骨で、飾り気がない。
速く走るためだけに造られたような車体だった。
ヤツらしい趣味だ。
窓は半分だけ開いている。
煙草の煙が、ゆっくりと流れていた。
道路の縁には灰塊が一本。
ファーストは煙を吐きながら俺を見る。
「来たか」
「ああ」
短く答え、助手席へ乗り込む。
シートが身体を受け止める。
革が軋んだ。
シートベルトを引き出す。
金具が小気味よい音を立ててロックされた。
その音が、どこか妙に安心できた。
バッグをダッシュボードに掛け、膝へ置く。
中で銃同士がぶつかり、小さく金属音を鳴らした。
「これらの銃器と弾を処分したい」
バッグを軽く叩く。
ファーストは視線だけを向けた。
「聞いちゃいるが、本当にいいのか?」
エンジンが目を覚ます。
重低音が車内を震わせ、腹の底へ響いた。
「売れば金になる」
「気味の悪い、いわくつきだ。わかるんだよ」
俺は前を向いたまま答える。
「持っていたくない。俺はまっとうに生きる。オフィスも引き払う」
少しだけ間を置く。
「……きっと、今が良心なんだ」
ファーストは返事をしなかった。
ただアクセルを踏み込む。
車は静かに発進した。
窓の外で街並みが流れ始める。
後戻りは、できない。
尻拭いなら、できるはずだった。
*
マッスルカーは緩やかに街を抜け、幹線道路へ流れ込んだ。
車高の低い車体は、路面の継ぎ目を拾うたび小さく上下する。
街路樹の影がフロントガラスを横切っていく。
そのたびに、車内へ差し込む陽光が細かく途切れた。
ファーストは煙草を咥えたまま、片手でハンドルを回している。
助手席から見れば、ずいぶん危なっかしい運転だった。
だが、危うさは感じない。
こなれている。
そういう運転だった。
「最近はめちゃくちゃだ」
俺は窓の外を見たまま呟いた。
誰へ向けた言葉でもない。
ただ、胸の中へ溜まった澱が、勝手に口から零れた。
「記憶を失ってから、碌なことがない」
ファーストは短く鼻で笑う。
「じゃあ、お前にとっては初っ端からじゃないか」
「……」
「何がそう不満なんだ?」
俺は答えるまでに少し時間を置いた。
言葉へ変換する作業に時間が掛かったわけではない。
何から話せばいいのか、分からなかった。
「……あまりにも、受け止めきれないことが多すぎる」
窓ガラスへ、自分の顔が薄く映る。
どこか他人のようだった。
「俺が犯罪に加担していたらしいことは理解した」
そこまではいい。
理解はできる。
問題は、その先だった。
「それ以外が滅茶苦茶なんだ」
「例えば?」
「消えたり現れたりする私口座の金」
指を一本立てる。
「忘れた恋人だったらしい主治医」
二本目。
「今じゃその恋人が、妹の生き死にを左右する立場にいる」
三本目。
「それから……」
言葉が止まる。
ファーストが横目だけ寄越した。
「それから?」
「俺自身だ」
静かに言う。
「俺が一番信用できない」
それだけだった。
車内が静かになる。
エンジン音だけが一定の振動を刻んでいる。
ファーストはしばらく何も言わなかった。
やがて、息を吐く。
「口座の件は金融へ聞きゃ済む話じゃないか」
「俺もそう思ったよ」
「何だ」
「口座はミンテージだった」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
ファーストの眉が動いた。
「あぁね」
それだけだった。
驚きもない。
疑問もない。
納得したような返事だけが返ってくる。
逆に引っ掛かった。
……そんな反応で終わるものなのか。
ミンテージだ。
最大の貨幣統制企業。
今や、そうじゃない。
俺が資本を燃やし尽くした。
そこに俺の金がある。
普通なら、何か反応があるだろう。
「どうした」
ファーストが前を向いたまま尋ねる。
「いや」
俺は窓の外へ目を戻した。
「何でもない」
そう答えながら、頭の中では別の疑問が膨らんでいた。
――そういえば。
こいつ。
俺がオフィスへ銃器を保管していたことを知らなかった。
なぜだ。
一度も話していなかった?
記憶を失ってから、オフィスへ入ったのはこの間が初めてだった。
なのに。
『処分する』と言った瞬間。
銃器の存在を説明する会話が必要だった。
存在は知らなかった。
最初から。
……いや。
知らなくて当然なのか。
俺がファーストにすら隠していただけなのか。
考えても答えは出ない。
記憶喪失とは、常に自分自身が証人不在になる病気だった。
「お前さんの妹、どうなった」
ファーストが口を開く。
思考が切れた。
「ん?」
「イヴ・エデンソンだ」
「あぁ……」
俺は姿勢を少しだけ正した。
「主治医が言ってた。治療法なんて無いと」
「ない?」
ファーストは即座に答えた。
「そんなもんは知ってる」
「……」
「珍しい病気だろ」
「そうだな」
「なら医療企業は簡単に動かない」
言い切る。
「金にならないからな」
妙に現実的な返答だった。
俺も頷く。
「療法の研究は、既存組織を使っては不可能らしい」
「患者が少なすぎる」
「設備も人員も足りない」
「そもそも、働くかどうかも怪しい」
「結局、金だけ取られて終わる、と」
ファーストは無言で頷いた。
それから、少しだけ声色を変えた。
「……その主治医、誰だ」
「エステル」
「名字は」
「知らない」
「……聞いてないのか?」
「聞いてない」
「恋人だから?」
そう答えた瞬間だった。
視界の端に、人影が映った。
道路脇のダイナー。
オープンテラス。
美しい少女が一人、与えられたコーヒーにも手を付けず座っていた。
視線だけが、こちらを追っている。
俺と目が合った。
彼女は逸らさない。
こちらも逸らさない。
数秒。
信号が青へ変わる。
車は進む。
「……なんだ?」
無意識に呟いた。
「おい」
ファーストの声だった。
さっきまでとは違う。
低い。
硬い。
「二つ後ろ」
俺は反射的に振り返ろうとする。
しかし。
右手が肩を押さえた。
「見るな」
「……」
「悟られたのを悟られる」
その一言だけで十分だった。
俺は前へ向き直る。
ファーストはルームミラーだけを見ている。
瞳孔がゆっくり開いていく。
「付けられてる」
「何故分かる?」
「黄色信号も赤信号も、強引に突っ込んでくる」
「……」
「それだけじゃない」
信号を抜ける。
右折。
三秒。
後方のセダンも右折。
左車線へ変更。
三秒。
また真似をする。
「運転をトレースしてる」
ファーストが呟いた。
「ありゃ“悪人”だ」
車内の空気が、一気に冷えた。
「どうする?」
俺は正面を見据えたまま尋ねた。
フロントガラスの向こうでは、午後の交通が何事もないように流れている。
信号待ちの自転車。
歩道橋を渡る学生。
路肩へ停められた配送車。
そのすべてが、俺たちとは別の世界に属しているようだった。
車内だけに、無色透明の毒ガスが蔓延している。
「側路で切り離すか?」
「悪手だ」
ファーストは即答した。
視線は一度もバックミラーから離れない。
「俺らには明確に恨みを持ったヤツが五万といる」
静かな口調だった。
だからこそ重い。
「細道こそ逃げ場がない。追い込まれれば、確実に戦闘になるぞ」
「なら?」
「……あちらさんか、こちら側か」
一拍置く。
「どちらかがガス欠になるまで、公道を走る」
あまりにも馬鹿げた答えだった。
だが、それが一番現実的でもあった。
「バッグを開けろ」
俺は黙って膝元へ手を伸ばす。
ファスナーを引く。
金属同士が擦れ合う音。
銃身。
マガジン。
薬莢。
油の匂い。
さっきまで捨てようと思っていたものが、今度は命綱になろうとしている。
そういう皮肉だった。
「弾を込めとけ」
ファーストは、それだけ言った。
俺は拳銃を取り出す。
グリップを握る。
親指でマガジンキャッチを押す。
空のマガジン。
新しいものへ交換する。
薬莢を一本ずつ押し込んでいく。
カチ。
カチ。
カチ。
乾いた金属音だけが車内へ響く。
ファーストがちらりとこちらを覗いた。
「実銃ならよかったんだがな」
ファーストが笑う。
「……笑えないぞ」
「そうか?」
「全然」
最後の一発を押し込む。
装弾。
スライドを引く。
薬室へ初弾が送られる。
一連の動作は十秒も掛からなかった。
自分で、自分が気持ち悪かった。
「ヤツらが動いたら」
ファーストは短く答えた。
「車を撃て」
その時だった。
『パンッ』
乾いた音。
一発。
また一発。
さらに。
『パン、パン、パンッ』
「撃ってきたぞ!」
俺が叫ぶより早く。
銃を車外へ構えるよりも早く。
車体が左へ沈んだ。
ゴン、と鈍い衝撃。
ハンドルが大きく取られる。
「クソッ!」
ファーストが歯を食いしばる。
ルームミラーを見る。
「ホイールをやられた!」
タイヤではない。
車軸そのものが溶かされている。
車体が火花を撒き散らした。
アスファルトがゴム臭く焦げ付く。
耳障りな摩擦音。
ステアリングが暴れ狂う。
「掴まれ!」
直後。
世界が回転した。
景色が一本の帯になって流れていく。
空も。
道路も。
街も。
全部が一瞬で意味を失った。
ファーストは車体が後ろ向きになったのを見計らってアクセルを踏んだ。
リアウインドウが弾け飛ぶ。
車は街路樹へ突っ込んだ。
バックから。
衝撃。
停止。
……
……
静かだった。
さっきまでの轟音が嘘のように消えている。
ラジエーターが蒸気を吹いていた。
シューッという音だけが聞こえる。
俺は息を吸った。
肺が痛い。
首も痛む。
バッグが胸の前へ挟まっていた。
それがクッションになったらしい。
助かった。
「おい、おっさん」
横を見る。
ファースト。
動かない。
額から血が流れている。
反動でハンドルへ頭をぶつけたまま、俯いていた。
返事がない。
「おい!」
肩を揺する。
ぐったりしている。
「マジかよ……」
心臓が速くなる。
車外を見る。
黒いセダン。
目の前でゆっくり停車する。
ドアが開く。
男が降りてくる。
真っ白なスーツ。
濃紺のシャツ。
サングラス。
黒い革靴。
そして。
マシンガン。
歩く。
ゆっくり。
急ぐ必要などないとでも言うように。
アスファルトへ靴音だけを響かせながら、近付いてくる。
俺を見る。
まっすぐ。
銃口がこちらへ向く。
逃げ場はない。
撃たれる。
そう思った。
その瞬間。
「――ハッ」
隣から笑い声がした。
ファーストだった。
俯いたまま。
唇だけが笑っている。
次の瞬間。
ギアが二番に入れられた。
アクセルが床まで踏み抜かれる。
エンジンが咆哮する。
「なっ――」
男は反応できなかった。
車体が急発進する。
鈍い衝撃。
男の身体がボンネットへ叩きつけられる。
フロントガラスへ激突。
そのまま屋根を転がり落ちた。
「そうくるって、読めてたよ」
ファーストが顔を上げる。
血まみれだった。
額から頬へ血が流れている。
それでも笑っていた。
「場数が違うんだよ」
ギアを叩き込む。
「馬鹿が」
マッスルカーは再び道路へ飛び出した。
まだ走れる。
だが。
限界だった。
車体は右へ流れる。
ハンドルは震え続ける。
「まずいな。このまま――」
その瞬間。
ドンッ!!
凄まじい衝撃。
右後方。
別の車だった。
一直線に突っ込んできた。
車体が弾き飛ばされる。
今度こそ制御は失われた。
回る。
何度も。
横転。
一回。
二回。
三回。
世界から上下という概念が消えた。
ガラス。
鉄。
火花。
血。
全部が混ざる。
最後に。
重力だけが戻ってきた。
逆さまだった。
俺はシートベルトに吊られていた。
左肩へ体重が食い込む。
腹が締め付けられる。
呼吸が浅い。
視界が霞む。
耳鳴り。
「あ”、あぁ……」
ファーストが呻き声を上げながら、怠そうに身体をひねる。
シートベルトを外す。
そのまま地面へ叩きつけられた。
散乱したガラス。
その中に、銃が転がっている。
ファーストが頭を抱えながらそれを掴む。
手探りにスライドを後退させる。
未発砲の銃弾が飛ぶ。
『パンッ』
なんども。
『パンッ』
車の外へ。
『パンッ』
『パンッ』
ひとしきり撃ち終えると、車内を見渡した。
ふと目が合う。
俺もシートベルトを外そうとした。
しかし、何度リリースボタンを押しても、うんともすんとも言わない。
どうなってる。
ファーストは手のひらの物体を見せびらかした。
ベルトカッター付きの折り畳みナイフ。
俺は手を伸ばす。
ヤツは意地悪く遠ざけて見せた。
そして言い放った。
「悪いが、ここまでみたいだ」
「……何が」
かすれる声で聞いた。
「俺たちの……この、協力関係?がだ」
「は?」
「わかるだろ?」
『パンッ』
ふざけたことを抜かしつつ、時折神妙な面持ちで銃を撃つ。
「お前、終わりにしたかったんだろ? 丁度いいじゃないか」
「待て……俺をヤツらに売り渡すってのか……?」
「しかたないだろ? それしか無いならな。それに――」
ヤツは腕を伸ばして、俺のダッフルバッグを引きずった。
「俺が用があるのは、妹のほうなんでな」
「はぁ?」
「お前は邪魔者。悪いね」
バッグから別の弾倉を取り出す。
交換する。
ふぅ、と深呼吸。
それから、車から這い出はじめた。
「おい……」
俺は後ろ姿に待ったをかける。
「最初からこれが目的か?」
車の外で屈むファースト。
ヤツと目が合う。
「どうしてそう思う?」
「だっておかしいだろ?」
声が震えている。
「敵は待ち伏せ。おまけに俺は邪魔者だとさ」
「……」
「“記憶喪失”も――」
一度、息を呑む。
「お前のせいなんじゃないか?」
「……」
まだ喋らない。
代わりに、屈んだまま俺の顔を見る。
じっと。
何かを確かめるように。
そして。
一言。
「本当に忘れてんのか」
そのまま離れていった。
どこか遠くで、誰かが叫んでいる。
いや。
俺か。
意識が沈む。
限界みたいだ。
水底へ落ちるように。
ゆっくり。
ゆっくり。
暗くなっていく。




