第十三話 彼女と彼の物語
◆side不破ちゃん◆
薄暗い空に浮かぶ女王を睨みつける。
半透明で、足がなくて、感情のない顔をしているその女王は、ゴーストの女王。
ここ第七階層で守護者と呼ばれる格上の魔物。
女王の周囲には数えるのも馬鹿らしくなるほどの配下。
それと対峙する私はこの第七階層に……たった一人。
第六階層へと続く門は既に『審門』状態だ。
うん、やられた。
ソラ姉たちと分断された。
ただいつものようにゴーストの群れと戦っていたはずなのに、気付けばソラ姉たちはいなくなっていた。
そして現れたのがゴーストの女王。
守護者が現れたってことはもうこの階層にソラ姉たちはいなくて、そしてもう入ってもこれない。
幸い配信魔道具が状況をより鮮明に教えてくれる。
最近は私にフォーカスをあてていたから、この状況でも配信だけはここで続いていた。
〈コメント〉
:は!? なんでソラさんたちいないの⁉
:ゴーストの幻術だな。ソラさんたちだと思ってたのはゴーストだった。多分今向こうも相当てんぱってる
:今日は不破ちゃんやけに乗り気で暴れ回ってたからなぁ……目を付けられた、ってことなんだろう
:そんなことあり得るのか? 物量もそうだが、そんな人間みたいな知恵を回してきたと?
:もうチュートリアルは終わってんだよ。お優しい指導は五階層まで。ここはもう、ガチで命を奪い合う戦場だ
:助けは来るよな? 守護者相手にソロで、しかもこんな物量つきで戦えってか? どんな怪物ならそんな芸当できんだよ! クソゲーか!?
:ダンジョンを冒険者のための遊戯場だとでも思ってるのか? 言ってるだろ、ここは戦場なんだよ。お互いが侵略を繰り返す敵同士。スタンピードの回数が少ないからって冒険者が有利だとでも思ったか? 敵陣だぞ、ここは
:ダンジョンに夢見る奴は多いけど、同じくらい人の死もあるんだよね、ここって
:不破ちゃん……死なないで
横目で視聴者の色んな声が見られる、やっぱり配信はエンタメ以上に優秀だ。
ソラ姉たちと分断された仕組みや、私が狙われた理由、それからダンジョンの現実まで、様々なことが書かれてた。
ううん、今もすごい勢いで書かれてる。
そしてそこにはもちろん、私の身を案じる声も。
「……キヒ」
笑ってしまう。
なにを勘違いしているんだろう、こいつらは?
まさかこの状況を絶体絶命とか、そう思っているんだろうか?
違う違うそうじゃない、そうじゃないんだよ。
こんなのはただの……そう、ただのスパイスだ。
「絶体絶命じゃないもんね……ただの苦戦だし」
ここに宿敵はこないだろう。
さっきコメントで宿敵の偉業を讃える声があった、今別のダンジョンでなにか凄いことをしたんだって。
やるじゃん宿敵。
やったじゃん宿敵。
流石私の宿敵。
「……負けたくないね」
ゴーストの女王を見ながら思う。
私は、負けたくない。
絶対的格上の守護者が目の前にいるのに、私の脳裏には別の男の背中が見える。
それは白銀に身を包んで振り向くんだ。
『──楽しんでるか?』
って。
「キヒヒッ」
楽しむよ。
冒険だもん。
楽しまなきゃね。
例えその先に、何が待っていようとも──。
女王の叫びが夜空に木霊する。
夥しい数のゴーストが群がる中、私は大鎌を構えた。
「ぁぁぁああああッ!!」
何度だってぶった斬ってやる。
私の【断絶】が、通じるまで。
◆side吉沢◆
配信画面に映る不破ちゃんの窮地に、俺たちはただただ刮目するしかない。
〈勇気クラス〉の教室内で行う授業……いやもうそこを取り繕うのはやめよう、俺の趣味だ。
俺の趣味で見ていたダンジョン配信は二つ。
なぜかどこかの宿敵が映るアイリスの配信と。
おなじみ我らが不破ちゃんが映るメグルぽんの配信だ。
モニターがデカいのを幸いと同時視聴してたんだが……二つの配信で同時刻に急展開が起きた。
アイリスの配信では宝物殿とかいう知らない現象を宿敵が叩き出し。
メグルぽんの配信では不破ちゃんが守護者に目をつけられ戦う状況になっている……それも『審門』つきで。
二つの配信を見てると言ったが、その実俺たちが見てるのは完全に不破ちゃんのほうだけだった。
「吉沢、これ不破ちゃん勝てるわよね……?」
いつも元気快活な猫の語尾に強さがない。
古月じゃなくて俺に聞いたのははっきりした答えが欲しいからか……古月も同じように戸惑っているからか。
俺はこれまで数々の冒険者を、ダンジョン配信を見てきた。
だから言える、だから刮目できる。
不破ちゃんはこの戦いで──
「九分九厘、死ぬな」
「……っ!!」
はっきりと猫に、そして古月にも聞こえるようにそう言った。
猫の瞳が震えている。
古月の下唇を噛む様子が見える。
だがそれでも、二人とも配信から目を離さない。
……信じているんだな。
俺もだが。
「九分九厘死ぬ。でも、生き残る可能性はゼロじゃない! 不破ちゃんが【断絶】に属性を乗せられるようになれば、その殲滅力は証明されてんだ! この戦いで成長を遂げる可能性がまだ、残ってる!」
「そうよ! 吉沢あんたたまにはいいこと言うじゃない!」
「儂らの不破ちゃんが守護者如きに負けるはずないじゃろ~!」
「勝てるわ!」
「勝てるのじゃ!」
そうだ、まだ敗北は確定していない。
自分で言ってて厳しいのはわかってる、だがまだ未確定なのも事実だろうが。
……こういうとき、アイスなら言うんだろうなぁ。
『──冒険だな!』
そんでこう続くんだ。
『俺もちょっと行ってくる! 負けてられねぇ!』
あいつは自分が常識人だと思ってるが、このクラスで……いや世界中の冒険者と比べても相当に狂ってる。
どこに守護者と戦ってる冒険者を見て楽しそうだとか指咥える馬鹿がいるんだ。
いるんだよな世界にはそういう馬鹿が。
そんでアイスはそういう馬鹿の中の馬鹿なんだ。
だから期待しちまう。
「お前の宿敵のピンチだぞ、アイスっ……」
同時視聴する配信であいつの動向なんてわかってる。
今宝物殿の試練に挑んだばかりだ、視聴者のコメントもそっちで埋もれて不破ちゃんのピンチは届いてねぇ。
それでも。
この圧倒的な物量を前に。
この絶対的な格上の守護者を前に。
笑って戦うお前の背中が、本気で見たいと思うんだよ。
◆◇◆◇◆
「なんか……胸がざわつくな」
宝物殿内部。
宝物の試練浅層。
アリスとイリスを横にして。
すべてが半透明なこと以外至って普通の街の姿を、人の営みを前にして。
わけがわからない胸のざわめきに、白銀が揺らいだ。




