第八話 不健全な者達
冒険者チームアイリスの戦いは見事なものだった。
かつて俺は第二階層の武装ゴブリンを相手にどう戦ったかと思い出す。
そしてなんとも実力差を感じた。
俺が秀でているのではなく、彼女たちの実力が高いという意味で。
「あれが武術か……」
俺たち学園生の前で戦うアイリスはスキルを使っていない。
ただ細剣を両手に舞っているだけ。
それだけで武装ゴブリンたちは面白いように翻弄され、そして気付けば倒れていく。
俺と彼女たちが戦ったとして、果たして勝つのはどちらなのか?
思わずそう考えてしまう。
スキルありで考えるなら負ける気はしない。
きっと【勇気】の能力向上だけでごり押しできる。
けどスキルなしで戦うなら?
そこで俺は、俺の勝つビジョンがまるで浮かばなかった。
俺が認めた実力差とはこういうことだ。
勿論ダンジョンはスキル込みで攻略する場所ではある。
だが、こうして地力の差というものを見せつけられると驕ってもいられないなとも思う。
単純な話、彼女たちと俺、両方がまったく同じスキル構成をしていれば俺は勝る面がないだろということだ。
かといって今から伸ばすべきが武術なのかと問われるとそれも違う気がする。
俺には俺の、俺だけのギフトスキルがあるのだからそれを伸ばす戦い方を学べばいい。
守護者に暴走機関車したときにも思ったことだが、俺はまだ全力の【勇気】を御せていない。
ならまずはそこを解決すべく目標としよう。
「第三階層守護者探しは【勇気】全開でいくか……」
辰巳教官の言う通り、遥か上の才覚とやらは確かに参考になった。
剣舞の美しさとかは正直興味ないが、あれもダンジョン配信者をするなら重要な要素なのだろうことはわかる。
そうそう、そのダンジョン配信だが、今も彼女たちは学園でのこの様子を全世界に配信しているらしい。
まぁ事前の告知通りだな。
試しにどんなコメントが外部から送られているのか気になったので端末を覗いてみた。
〈コメント〉
:ユートピア学園の冒険者たちでもアイリスの剣舞には目を見張るか
:そも学園の冒険者は足並み揃えるからよくも悪くも突出するには才能がいる
:学園は冒険者の命を守りつつ序盤を突破させて送り出す感じだからな
:この時代必要な機関ではあろうが、アイリスみたいな本物の傑物には無用なのも確か
:だがそこに件の宿敵さんはいるのだろう? 彼は傑物の類だと思うが
:その学園生ってのも疑わしくなってきたがな? アイリスが聞いてもみんな心当たりなしで、果たして本当にいるのかどうか
:噂の宿敵さん、謎が多すぎやしませんか
:見えたり見えなかったり。流れ星に偽りなしだな
コメントはアイリスが期待されていることもあってか情報に厚いようなところが目立つ。
こういうところ、メグルぽんの下種ナーとは味が違うなと思えて面白い。
だが話の方向が宿敵探しにシフトした辺りで俺はそっと端末を閉じた。
まぁなんだ。
コメントから察するに視聴者みんな見るべきはアイリスで、学園の冒険者には然程興味ないって感じだな。
そこは安全を優先する学園の方針的に差が生まれにくいため仕方ない面だと思うが……残念なことに周囲には俺の他にも端末でコメントを確認している生徒たちがいた。
彼らは健全な少年少女だ。
冒険者として認められない、だけでなく見られないことに憤りを覚えているようだった。
俺は他に勇者という明確な目標があるから気にならなかったが、大きく冒険者という括りで生きる彼らには見過ごせない意見だったのだろうな。
学園生の一人が取り巻きを連れて前に出る。
「今度は俺たち学園の冒険者の戦いってやつを見せてやりますよ」
「カメラこっちに向けといてね」
アイリスが戦闘中なのだが、それに構わず了承も得ずに前に進み出た彼らに側で待機する辰巳教官が眉間に皺を寄せる。
おぉ怖い、彼らは虎の尾を踏みに行っただけでなく更なる蛮行を行おうというのか。
俺がそっと辰巳教官から距離をとっている間に、接近に気付いたアイリスが速攻で残った武装ゴブリンを斬り倒した。
ゆっくり舞う剣舞から猛攻を仕掛けるその姿は実に美しく、思わず俺は見事だと呟いていた。
動きの緩急に武装ゴブリンはまるで対応できていない。
ああいうスキルの枠外の技術が深くダンジョンを潜るには必要なのだろうな。
それに比べ……。
「酷いな……。あれでよく前に出れたもんだ」
無遠慮に前に出た学園生たちだが、人数は六人とアイリスの三倍いるにも関わらずその連携は月とすっぽん、いや月とミジンコかもしれない。
確かにアイリスの絶技とも呼べる連携と比べるのは可哀そうだが、それにしたってもう少しあるだろうって思ってしまう。
スキルは一応戦えるくらいに揃っているのか各々攻撃は通っているし負けるまではなさそうだが、果たしてこれを見せられた視聴者はなにを思うのか。
〈コメント〉
:クソ雑魚
:これは酷い。いや初心者ならこんなものだったか?
:俺たちはアイリスを見慣れ過ぎているんだ。これが冒険初心者の普通だよ
:にしたってマナー違反も甚だしいがな。学園の教育甘いんじゃないのか?
:いやあそこで眉間に皺寄せてる監督役が……って辰巳メイじゃん! 久々に見た
:学園の教官するって話だったもんな。アイリスにあの人の戦いを見せてやりたい。勉強になるぞ
:端っこで辰巳メイから距離とってる子いて草。よくわかってんじゃん。見所あるよ(笑)
:危機感知能力は冒険者にとって欠かせない
:お、アイリスもその子のとこ行ったな
:まぁ見た感じこの学園生の中でも群を抜いて強いしな彼
:強者は強者と惹かれ合う、ってね
……容赦のないコメントが奮戦する彼らに送られていた。
まあまあボロクソに言われてて草なんだ。
しかも速攻で興味尽きて辰巳教官に話がシフトしてるし。
アイリスの配信の視聴者って実力者が多いって話だから、流石に目が肥えていらっしゃる。
配信のカメラ越しでも学園生の中の実力者を見つけられるみたいだし、割と冗談抜きの上位者だな。
「──ご学友の奮戦より私たちの配信コメントですか。嬉しいですねイリス」
「──ありゃ見るべきところがないから当然だろアリス。お前もそう思ったんだろ?」
あぁ……そういうことね。
実力者って俺のことかよ。
横から聞こえてきたアイリスの声に、彼女たちは〈勇気クラス〉とかの偏見でものを見ないんだなと思いつつ端末を閉じる。
コメントでもそう、彼らは俺が『ギフトホルダー』とは知らないだろうが、例え知ってても態度はその実力で決める者達なのだろうなと感じる。
なんとも気分のいい冒険馬鹿たちではないか。
本当、学園のダンジョンに目的物がなければこんな場所速攻で抜けるんだがな。
しかしそれは言っても始まらないことなので頭を切り替え、俺は話しかけてきたアイリスへと顔を向けた。
「俺は実力者たちの意見が見たかっただけだ。あまりこういう機会はないからな。あぁ、一ノ瀬アイスだ。一応〈勇気クラス〉ってことは伝えておく」
「〈勇気クラス〉……? それがなにかは存じませんが、私がアリスでこちらがイリスです。今更な気もしますけどね」
「おぉ、〈勇気クラス〉というのはこの学園での特殊なクラスだったはずだぞアリス。確か『ギフトホルダー』で固められたクラスだと」
「あら。では不破ちゃんと同じ境遇で潜られる方ですのね。あらあらふんふん……」
俺は自己紹介ついでに自身が『ギフトホルダー』であると告げでみた。
後から発覚して騒がれても困るし、これで反応が変わるならここまでの付き合いだと思ったからだ。
いつものことである。
しかしふんふん微笑み頷くアリスは離れることもなく、イリスに至っては横に並んで観戦の構え。
別にこういう展開を予想していなかったわけではない。
しかし慣れない反応に慣れない状況、俺は思わず無言になった。
アリスが「ふんふんふんふん」と何度も頷いてからようやく口を開き、そして言った。
「私たち、孤児なんです。だから苗字はあっても基本名乗らないんです。将来お嫁さんに就職したらお相手の苗字を名乗ろうねってイリスと約束してて。ロマンチックでしょう?」
最初、なにを言い出してるんだこいつ? と本気で顔に出たと思う。
きっとぽかんと口を開いたアホ面を晒してたんじゃないかと。
しかしすぐに首を振り、言われた言葉を咀嚼してなんとか回答を引き出した。
「ロマンチック乙女本日二人目……」
「あらあらふんふん。興味深いですね、お友達になれるかも」
「あたしはムズムズしてダメだ。胸が痒くなる」
俺の訳の分からないダメな回答にも、アリスとイリスは笑って返してくれた。
結局なにが言いたかったんだとアリスを見ると、彼女はにっこり笑って教えてくれる。
「なんだっていいんですよ。『ギフトホルダー』でも双子の孤児でも。大きな括りも大きな声も私たちの人生に細かい口出しなんてしてこないですし。精々が人生という大きな括りで何か言う程度です。もっと細かく言ってくる声はね、ちゃんと私たちを見ているから咀嚼する意味が生まれる。今あなたが私をロマンチック乙女と称したように、双子の孤児なんて括りじゃなくなるんです」
アリスのその言葉を聞いたとき、俺の頭にどこかの女の声が聞こえた。
『──宿敵』
彼女は俺をそう呼ぶ。
顔も名前も知らない癖に、その瞳ははっきりとこちらに向けられているのを知っている。
そして俺もまた、配信の画面越しでも彼女をしっかり見ている。
当たり前だ。
不破ちゃんは、我が宿敵なんだから。
「どいつもこいつも不健全だなぁ」
「あらあらふんふん。それは健全の認識が歪んでいるのではないでしょうか?」
「いいんだよアリス。こいつもあたしたちも、不健全が健全の生き方してんだから」
彼女たちと笑いながら話す。
この後不健全なロマンチック乙女がもう一人追加されるはずだが、そのときに俺が件の流れ星だと明かされるのだろう。
彼女たちの願いがなにか知らないが、もう俺の中に悪い気はしなかった。
とにかく願い事とやらを聞いてみよう。
我が宿敵は今なにをしているのか。
そのうち彼女ともこうして笑い合いたいものだと今は思えた。




