【4】王配になった18歳
「はぁ、はぁ」
マルティナはすっかり息が上がてしまっていた。
「僕、小さい時からこの力のせいで疎まれていたんです。表面的には皆優しかったけど。だから僕はいつも動物たちと遊んでしました」
――確かに、レナードの周りにはいつも小鳥がいたし、足元にはリスもいたわね
レナードは唇に満足したのか、今度はマルティナの首筋に顔を埋めた。首を吸い、赤い痕を付けていった。まるで自分の物だとマーキングするように。マルティナは首筋を吸われるたびに、身体をビクリと震わせた。
「そんな時、叔母様が声をかけてくれました。僕は嬉しかった。本当に嬉しかったんです。その時です、僕が叔母様を好きになったのは。叔母様は僕の力を知らなかったから声をかけたのは後で知りましたが」
レナードは首筋からうなじへと、食む位置を移動していく。彼の手はマルティナの腕を、肩から指先まで柔しく撫でていた。確認するようにゆっくりと撫でていった。
「でも叔母様は、叔父様と結婚してしまいました。仕方ないのは分かっているけど、悲しかった。ワンワン泣きました」
――あの人は亡くなってしまった。私を置いて……
マルティナは亡き夫を想い、目を伏せた。遠くなったとはいえ、まだ明瞭に思い出せる。言葉も、温もりも。
「叔父様は、亡くなりました。いえ、殺されました、ですね」
レナードの言葉にマルティナは目を見開いた。
「事故じゃ、なかったの……」
レナードは悲しそうな顔をして、顔を横に振った。
「この国を裏切った人たちに、騙されて殺されたんです。この城に住む長生きの猫ちゃんが教えてくれました」
「そんな……」
打ちひしがれるマルティナの頭がレナードの腕にすっぽりと包まれた。愛おしむように頭をゆっくりと撫でられる。
「もう、裏切り者は全て処分しました。もういませんし、これからも出しません」
茫然とするマルティナの耳に、レナードの優しい声が染み渡っていく。
「僕は貴女を置いて先には行かない。僕の方が若いんです。僕は貴女を看取ってから、冥府に行きます。安心してください」
マルティナの心の隙間を埋めていくように、レナードの言葉が満ちていく。
「僕のことは、時間が掛かってでも好きになって貰います。でも、叔母様には娘がいません。これは急がないといけないんです」
レナードの右手がマルティナの胸に当てられた。乳房の形に添うように撫でられると、マルティナの口からは吐息が漏れ始める。
「レ、レナード、ダメです。いけません」
マルティナは身を捩って逃げようとするが、レナードの左手で肩を抱かれ固定されていた。力の入らないマルティナでは逃げられなかった。
「僕は約束通り、敵を討ち果たしました。だから僕を王配にしてください」
「わ、分かったから、落ち着き、なさい」
襲いくる痺れるような感覚に溺れないと、必死に抵抗を試みるが、マルティナの体が以前味わった快楽を思い出してしまっていた。
「叔母様の体は、丁度今日くらいが一番身ごもりやすいんです」
「な、なん――」
レナードに唇を奪われ、乳房を強めにもまれ、マルティナは呻き声をあげ、身体を逸らした。久しぶりの感触に指先まで痺れていた。唇が開放される頃には、レナードにぐったりと体を預けてしまていた。
「ふふ、さて隣の部屋に行きましょうか」
背中と膝の裏に手を入れられ、マルティナはお姫様抱っこで持ち上げられた。思わず見上げた先には、鈍色の瞳が怪しく光ってマルティナを見てきている。体に力が入らないマルティナは、頭をレナードの肩に乗せた。ぎゅっと抱きしめられる感触が懐かしくもあったが、それは覚えていた夫の温かみに覆いかぶさって上書をしていった。新しい記憶で塗り替えられたそれは、マルティナにとって、とても暖かく心地よいものだった。マルティナはそっと腕をレナードの首に回した。
「女王様の体調がすぐれないようなので、ベッドに寝かせます。あ、僕が面倒を見ますので、開けないでくださいね」
レナードは大きめの声で、扉の向こうにいるである侍女たちへ伝えた。これで彼女たちが入ってくることも無いだろう。そして自分は、この大分年下の甥に捕まってしまったのだ。マルティナは、そう思った。
「ま、彼の言う通りだったさ」
次の日女王の私室でソライエとマルティナは軍部からの報告書を見ている。死亡していた軍人の部屋のクローゼットからは、敵国とのやり取りの手紙などが押収された。レナードの言う通りであった。
「もう何年も前から裏切りがあったようだ。気が付かなかったあたしが悪いんだね」
ソライエがテーブルの上のカップに視線を落とした。中の紅茶は既に冷めてしまっていた。
「レナードは『裏切り者は始末した』と言っていたわ」
「あたしにゃ信じられないよ。虫も殺せなさそうな坊ちゃんにしか見えないけどねえ。ま、大人なところはしっかりと大人みたいだけど?」
ソライエが意地の悪い笑顔を見せた。お楽しみだったんだろう?と言わんばかりの笑みだ。マルティナは頬を赤く染め、視線を逸らした。
「そ、そんなこと」
ない、とは言えなかった。まったくもってその通りだから反論できないのだ。八年ぶりに男に抱かれ、マルティナは、心も身体もすっかりのぼせ上がってしまっていた。レナードは若かった。何度も求められている内に、マルティナは疲れ果て寝てしまったのだ。
「ま、後継ぎの女子が生まれりゃ万々歳さ」
ソライエは手をひらひらさせおどけた。マルティナは身体が熱くなるのを感じつつも下腹部をそっと押さえた。年齢的には、今を逃すと子をなすのは厳しいだろう。できても一人か、せいぜい二人。でもレナードは若いから、年子になってしまうかも。激しかった昨日のことを反芻すると、頬が緩んでいくをマルティナは自覚した。
「なんだい、もう身ごもったのかい」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「ニヤニヤしちゃって。思い出し笑いかい?」
ソライエは呆れた風に息を吐き出した。図星をつかれたマルティナは誤魔化すこともできずに視線を逃がした。明確に肯定してしまっていることには気が付いていないようだ。
「すっかり乙女になっちまってまぁ。おっと、その若き王配はどこにいるんだい」
「レナードは、中庭で小鳥から報告を受けてるみたい」
ソライエは天を仰いだ。
「お伽噺みたいだねえ、動物と話せるなんて」
「えぇ、本当に……」
マルティナは立ち上がり、窓辺に向かう。窓の向こうではレナードが小鳥と戯れているのが見えた。足下には猫だろう茶色の毛玉が五つほど転がっている。
「動物と話ができるんじゃ、浮気もできないねえ」
「しないわよ」
マルティナは呆れ顔でソライエに振り返った。
「なんだい、もう夫婦のつもりかい? まだ正式に決まったわけでもないのにさ」
「あ、そうだ。クリューガー王国に連絡しなくちゃいけないわね」
マルティナは、話題を変える為に、手をポンとうった。
「レナードと結婚する話かい?」
「戦いに勝ったって話よ! まぁ、レナードの事も、ね」
マルティナは、少女のようにはにかんだ。
「はいはい、ご馳走さま。正式に発表するまでは自重しておくれよ」
だがソライエの苦言はあっさりと覆されてしまうのだ。
国境線の様子を見るためにふた月ほど間を空けているうちにマルティナの懐妊が発覚。その後レナードを正式に王配とし、戦勝報告を兼ねた連絡をクリューガー王国にしているうちに臨月になり、結婚式を挙げる時には、赤ん坊をその手に抱いていたのだ。
その年の半ばには第二子の懐妊が発覚。結局、年子で三人の女の子をもうけたのだ。またレナードの力は、代々の女王に受け継がれていった。レナードの力で獣に護られたゴンドール女王国は、末永く平穏であったそうな。
めでたしめでたし