第七十話 生存者
1
早馬を飛ばした魔法士たちが町へ到着したのは、その日のお昼過ぎのことであった。
魔法士たちは到着するなり氷の館を見上げ、皆一様に感嘆の声を上げた。
「ほ~これはすごいな!相当な魔法士の手によるものなんじゃないか?」
「ふむ。どうやらこれは骨が折れる仕事になりそうだな」
「いやなに、われらの手にかかればこんなものすぐに片付けられるさ!」
魔法士たちは皆、口々に笑い声の入り混じった威勢のいい言葉を並べ立てた。
するとそんな魔法士たちの他人事のような言葉や笑い声を聞いて怒り狂うものがいた。
ジョゼフである。
「おい!ふざけんな!なに言ってやがるんだ!お前ら魔法士だろ!魔法士ならあの氷を溶かせるんだろ!?……だったらとっととやれよ!……早く……いますぐやれったら……」
ジョゼフの魂の叫びは途中で涙と鼻水が入り混じって少しずつ小さな声となっていき、終いにはかすれて声が聞こえなくなっていった。
魔法士たちは事態の深刻さをようやく理解したのか、皆ばつの悪そうな顔となった。
すると魔法士たちのリーダー格と思われる男がすっとジョゼフの前に進み出で、腰をかがめて片ひざを付いた。
「すまなかった。この隊は新設の隊でね。大多数の者が新米で経験不足から浮き足立っていたために、強がろうとして心無いことを言ってしまったようだ。隊を預かるものとして正式に謝罪をしたい。ゆるしてくれ」
するとジョゼフは涙と鼻水でぐしゃぐしゃとなった顔で言った。
「お願い……早く……シェスターを……」
「あの家は君の友達の家なんだね?……シェスター君の……」
ジョゼフはもう声にならずただ大きくうなづくだけであった。
それを見てリーダー格の男は優しげにうなずき、次いでジョゼフの肩を抱いて一緒に泣いているセバスティアンにも優しく語りかけた。
「君の友達でもあるのかい?」
「……はい……シェスターとはずっと一緒で……小さいころから……ずっと……ずっと……」
「そうか……ところで良かったら君たちの名前を教えてくれるかい?」
「はい。ぼくはセバスティアン。彼はジョゼフと言います」
「セバスティアン君とジョゼフ君だね。私の名はエクウス。魔法士長のエクウスだ。よろしく」
エクウスはそう言って二人の頭を優しくなでると、勢いよく立ち上がって隊員たちに向かって振り返り、大音声で号令を下した。
「全員ただちに配置へ付け!準備が出来次第ただちに溶解作業へと入るぞ!」
すると隊員たちも大音声で「おう!」応え、皆脱兎のごとく駆け出してそれぞれの持ち場へと付いた。
エクウスは機敏な動きの隊員たちに満足したのか軽くあごを引いて一つうなずくと、再びジョゼフたちへと向き直り、目礼をして自らも持ち場へと歩いていった。
ジョゼフたちはそんなエクウスの後姿に頼もしさを感じながらも、シェスターの安否を慮って涙がとめどなく頬を伝うのであった。
2
「生きてるぞ!!」
溶解作業開始から一時間あまりが経過した頃、突然二階から若い魔法士の大声が鳴り響いた。
するとその声に町の人々が一斉に歓声を上げ、喜びに沸いた。
無論、その中には先ほどまで散々泣きじゃくっていたジョゼフとセバスティアンの姿もあった。
だが、家の中から魔法士たちが担架に乗せて運び出してきたのは奇跡の生存者ではなく、無残な姿に変わり果てたシェスターの両親の遺体であった。
そのため歓声はすぐさま掻き消え、皆一様に深い悲しみに町は包まれた。
「それじゃあ……生きているのは……シェスター?」
ジョゼフは次の瞬間、無意識の内に駆け出していた。
そしてそれはセバスティアンも同様であった。
「シェスター!生きているのか!?シェスター!」「シェスター!返事をしてよ!シェスター!」
二人は凄い勢いで家の中に突入し、いまだ残る氷の処理をしている隊員たちの横をすり抜けながら思い思いにシェスターに呼びかけながら階段へ向かい、一気に二階へと駆け上がっていった。
そして部屋の中央で毛布に包まり、うつろな表情でうずくまっているシェスターを認めたのだった。
「「シェスター!!」」
二人は相次いで部屋の中へと飛び込み、そのままの勢いでシェスターに抱きついた。
「大丈夫なのか!?おいシェスター!?無事なのか!?」
しかしジョゼフの悲鳴にも似た呼びかけにもシェスターは何も反応せず、微動だにもしなかった。
セバスティアンはそんなシェスターの様子を見て再び滂沱の涙を床に落とした。
するとそんな二人の背後からエクウスが優しく声を掛けた。
「……君たち。気持ちはわかるが、シェスター君は今大変なショックを受けているんだ。だから今しばらくはそっとしてあげてくれないか?」
二人はエクウスの言葉にゆっくりとうなづいた。
するとそれを合図とエクウスは、傍らに控える隊員たちに目配せをした。
隊員たちは無言でジョゼフたちをシェスターから優しく引き離し、シェスターを担架へと乗せた。
そしてゆっくりと担架を持ち上げると、階下へと運び始めた。
ジョゼフたちはその様子を始めはじっとして見つめていたが、担架が階段へと差し掛かった際、二人同時に無言で立ち上がり、葬送の列に加わる参列者の如く重そうな足取りで担架の後について行った。
その哀れな姿を見届けたエクウスはその視線を部屋の中へと移した。
そして机の上でいまも氷付けとなっている魔導書を認めると、すーっと目を細めた。
「……あの背表紙は……魔導叢書ではないか……なぜそんなものがこの家に……」
エクウスは、この魔導叢書こそがこの事件の鍵であろうことをこの時、はっきりと悟ったのであった。
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