第五十八話 脳内詠唱
「ふん。やはりそいつも魔法士だったか……」
ロムスはシェスターの両腕の青い発光を見て、苦々しく呟いた。
「随分とおとなしくしてやがると思ったぜ。脳内詠唱していやがったな?」
通常、魔法の詠唱は声に出して行う発声詠唱であり、強力な魔法になればなるほど、その発声時間は長くなるものであった。
だがそれは当然のことながら敵に魔法を詠唱中であると宣言するようなものである。
ならば敵も馬鹿でない限りにおいては発声詠唱を指をくわえて黙って見ているはずがなく、当然のことながら詠唱者に対して攻撃を仕掛けるであろう。
その際、詠唱者はほとんど無防備な状態のため、強力な攻撃魔法を仕掛けようと長い時間を掛けて発声詠唱していても、魔法を発動する前に敵に倒されてしまうということが多々あった。
ゆえに魔法を発声詠唱する場合は、発声時間が短くてすむ比較的簡易な魔法に限られてくる訳であるが、簡易な魔法の攻撃力は当然のことながら弱いものであり、強力な敵を相手にした場合はあまり戦力にはならず、もっぱら敵の注意を引き付ける程度の役割しか担えなかった。
しかしながら敵に悟られることなく、強力な魔法攻撃を発動させる方法が二つあった。
一つは無詠唱魔法である。
これは読んで字の如く、詠唱することなく魔法のイメージを頭に思い描くだけで瞬時に発動させることが出来る究極の魔法詠唱法であるが、実際に扱える者などほとんどなく、伝説級の魔導師でなければ出来ない程の至難の業であった。
そしてもう一つの方法が脳内詠唱である。
これは、声に出すことなく脳内において事前に必要な分の魔法詠唱を済ませておくことで、いざ発動させる際には短い文言を唱えるだけで数種類の強力な魔法を発動させることが出来る詠唱法であった。
これも無詠唱魔法ほどではないにしても大変に高度な詠唱法であり、魔導師とは言わないまでも相当に熟練の魔法士でなければ出来ない芸当であった。
この詠唱法の利点はなんと言っても敵に悟られることなく次々と強力な魔法を短い発動時間で繰り出せることであったが、逆に難点はといえば、唱えたい魔法が強ければ強い程、また種類が多ければ多い程、脳内詠唱時間が長くかかってしまうことであった。
よってこの詠唱法を行う際の最大の問題点は、準備を終えるまでの時間をいかに稼ぐかということであった。
つまり今回、ロンバルドとロムスはその時間稼ぎをお互いにそれとは知らずに共にしていたという訳であった。
「青いってことは、氷系か……それも相当に強力な奴を繰り出せるとみえる……」
ロムスは、シェスターの腕の輝きをねめつける様な視線で睨みつけつつ言った。
すると次の瞬間、突然ロムスは何かを思いついたようにハッとした顔つきとなり、次いでゆっくりと目を細めて口角を上げて残忍な微笑を顔に貼り付けながら静かにシェスターに問いかけた。
「なあ、お前シェスターといったっけ?お前さあ、あの時ゴルコス将軍を躊躇なく刺し殺したよなあ。あれ、俺不思議だったんだよ。なぜだと思う?」
シェスターはロムスの問いかけにも無表情に何らの色も見せず、ただ黙って聞いている。
ロムスは構わず言葉を継いだ。
「なぜならゴルコスはローエングリンの最高権力者たる現教皇の息子だからだ。確かにお前がゴルコスを殺す前、既にシュナイダーとゴルコスは決定的に対立していた。当然奴を生かしておいてもその後ゴルコスは様々な嫌がらせをシュナイダーやヴァレンティン共和国に対してしただろう。場合によってはシュナイダーに暗殺者を仕向けたり、ヴァレンティンに対して戦争を吹っ掛けるなんてことまでしたかも知れない。だがそれはあの時にはまだ判らなかったことだ。……ならば普通は殺そうとまでは思わないはずだ。少なくともあの場では。……だが……お前は躊躇なく殺した。」
ロムスの言うように、あの後ゴルコスが実際にどの様な行動に出るかはあの段階では誰にも判らないことであった。
それにもかかわらずシェスターはゴルコスを殺害した。
そのことがロムスには引っかかっていたのだった。
「ゴルコスみたいな奴は生かしておいても面倒だが、殺したって面倒だ。なぜならさっきも言ったとおり奴は現教皇の息子だからだ。奴がどんなにろくでもない馬鹿息子でも、そんな奴を殺せば当然その責任はお前の上司のシュナイダーにも、母国のヴァレンティンにも及ぶはずだ。いくらシュナイダー家が名門でも現在世界最強国家たるローエングリンの教皇が相手ではそれも通じやしない。にもかかわらずお前はあの時なんの躊躇いもなくゴルコスを殺した。……なぜか?その理由がようやく判ったよ。答えは簡単だったんだ」
ロムスはそこで一旦言葉を切り、一つ大きく息を吐いた。そして先ほどと同様静かに、そしてゆっくりと言った。
「……お前、あの場の全員、魔法で皆殺しにするつもりだったんだろう?」




