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転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~  作者: マツヤマユタカ
第二章 エスタ戦役~ロンバルド・シュナイダーの戦い~
54/2853

第五十二話 初撃

 1



 もっとも素早く斬撃を繰り出したのは、強弓(こわゆみ)の異名を取るコリンであった。


 弓幹(ゆがら)が固く、引き絞るのに大変な苦労を強いられるが、(つる)を引けさえすれば非常に高い攻撃力を誇る強弓に(たと)えられたこの男は、そこから放たれる一矢の如き驚愕の速度で親衛隊長アルスの(ふところ)に飛び込むと同時に、その勢いのままに袈裟掛(けさが)けに斬りつけた。


 片やその凄まじい斬撃を受けるはめとなったアルスは、戦いの前哨戦である舌戦において(もろ)くも狼狽(うろた)え、後ずさるという有様だったためか、完全にはコリンの初太刀(しょだち)を受け止めきれず、流れた刃の切っ先で右太ももにかなりの深手を負うはめとなった。


 隊内随一の剣の使い手も、心が動揺していてはその力を存分に発揮することは出来ない。


 そのためアルスは、まずは心を落ち着かせることが先決と(しばら)くは防御のみに専念することに決めた。


 もっともそうは言っても相対(あいたい)するコリンは、自らに匹敵すると言われるほどの剣の腕前であり、既に足に相当の傷を負い動きが鈍っているアルスにしてみれば、防御に専念すると決めたところで、コリンの繰り出す斬撃を全て受けきれる保障はなかった。


 だが他にこれといった策もないため、アルスは仕方なく覚悟を決めて辛く厳しい専守防衛戦に突入したのだった。

 


 2



 コリンに次いで戦いの火蓋を切ったのは、意外にも豪腕ガンツであった。


 巨大な戦斧(せんぷ)をいともたやすく操るガンツの体躯(たいく)は極めて大きい。普通に考えればもっとも攻撃が遅くても何の不思議もないだろう。しかし実際には非常に俊敏にエドバーグの号令とほぼ同時に地面を蹴り出し、対峙するアンヴィルのロトスに自慢の戦斧を大きく振りかぶり、渾身(こんしん)の力で叩きつけたのだった。


 突然の襲撃に大いにうろたえたロトスではあったが、さすがに何もせずにガンツの攻撃を食らうようなことは無く、咄嗟(とっさ)に手にしていた大振りの段平(だんびら)を地面に対し水平に構え、強烈な戦斧の一撃を自らの頭上ぎりぎりのところでなんとか受け止めた。


 その瞬間、耳を(つんざ)くような金属音が森の奥底まで響き渡った。


 と、同時に幾条もの火花が四方に飛び散り、鍔迫(つばぜ)り合う両雄の顔を等しく明るく照らした。


 だが両者の顔には対照的なまでに色の違いがあった。


 それは、仕掛けた側のガンツの表情には何の躊躇(ためら)いも(てら)いもなかったが、仕掛けられた側のロトスの顔には、驚愕と戸惑いの色が色濃く浮かび上がっていたことであった。


 つい先日まで輿の担ぎ役と親衛隊員という違いはあれど、同じ近衛隊内で同じ釜の飯を食った間柄のガンツに対していまだ割り切れないものを感じていたロトスは、初撃を間一髪で受けきった後も次々と繰り出されるガンツの攻撃を辛うじて食い止めるのみで、逆撃を加える素振りすら見せることが無かった。

 

 結果、ロトスもまたアルス同様専守防衛の様相となり、もっとも迫力に満ちた戦いになるかと思われた両雄の戦いは一旦膠着(こうちゃく)状態に(おちい)ることとなった



 3



 リーダーとしての責務により自らが号令をかけてからの攻撃となったエドバーグは、コリン、ガンツの両名に対して一拍遅れて動き出した。


 しかしそれでもその動きはなかなかに俊敏なものであり、対峙するゲッツ副長の懐に踏み込むことに容易(たやす)く成功していた。


 自らの技量が低いことを充分に承知していたエドバーグではあったが、日頃からゲッツよりは上であるとの思いがあり、それが今現実のものとなったことで彼は心中大いにほくそ笑んでいた。


 対するゲッツもまた、自らの技量が戦い合うこの十人の中でもっとも劣っており、眼前に迫り来るエドバーグよりも劣っていることを良く理解していた。


 そもそもゲッツの普段の役どころは常に参謀役であり、剣を取っての斬りあいなどは自分の職務ではないと思っていた。


 だから仮にそのような役が回ってきそうになっても手近な部下を前に出しては戦わせ、常にうまく回避してきたのだった。


 つまり、先ほどコリンに対して実戦経験の無さを嘲笑(あざわら)ったゲッツであったが、実際にはゲッツもまたコリン同様、剣を取っての斬り合いに関しては未経験も同然であった。


 そのためエドバーグの鋭い踏み込みに対して経験不足から対応に遅れ、自らの懐深くにまで踏み込まれる羽目となってしまったのであった。


 ゲッツは自らが死の淵にいきなり追い込まれたことを悟った。


 そして心底より恐怖した。

 

 一瞬の内に全身の汗腺(かんせん)から汗がとめどもなく()き出し、筋肉はことごとく硬直した。


 そして意識がゆっくりと遠のいていくのを彼は他人事のように感じていた。


 だがしかし、次の瞬間もゲッツは生きていた。


 なぜかといえばエドバーグが最初の踏み込みがうまくいったことに喜びすぎてしまったため、足元を確認することを(おこた)り、最後の一歩の踏み込みで泥土(でいど)に足を滑らせてしまっていたからであった。


 ゲッツは遠のく意識を必死に呼び戻し、あたふたとしながらではあったが、ようやく腰に帯びた剣を抜き放つことに成功した。


 エドバーグはそれを見て、自らの愚かさを悔いて深く嘆息した。



 4



 バッカス兄弟は、動かなかった。


 エドバーグの号令など聞こえなかったかのように微動だにしなかった。


 対するロンバルドとシェスターもまた身じろぎもしなかった。


 互いに息を潜めて呼吸を整え、彼らだけの戦いのゴングが鳴らされるのを只ひたすらに静かに待っていた。


 彼ら四人によるもっとも激しく凄絶な戦いの火蓋が切られるには、今しばらく時が過ぎ行くのを指折り数えねばならなかったのだった。

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