第三十九話 再びの男
「ところでロトス君。君の所属は近衛兵なのかね?」
ロンバルドは、ロトスの案内で本陣幕舎へと向かう道すがら質問をした。
その問いに赤ら顔のロトスはさらに顔を紅潮させて答えた。
「あっはい。バルク・ゴルコス枢機卿閣下麾下の第十九近衛中隊所属でありなっす」
「ん?ゴルコス将軍は枢機卿でもあられるのか?」
すかさずシェスターが答えた。
「ええ。教皇庁においては教皇に次ぐ地位である、現在三十六人いる枢機卿の内の一人で、軍においては十二ある軍団の内の第七軍団を率いる軍団長でもあります」
「ふむ。枢機卿か。それで近衛兵が配属されているという訳だな?」
「ええ。通常近衛兵というものは王族などの警護を主な任務としますが、ローエングリンにおいては枢機卿に中隊規模の近衛兵が直属の護衛部隊として配属されます。むろん護衛部隊は教皇にも付きますがこちらは大隊規模になりますね」
「よくわかった。ところで近衛兵になるには縁故があるか、よほど武芸に秀でていなければなれないと聞く。君には縁故はないようだから相当に腕が立つとみえるな」
ロンバルドがそう言うとロトスは大きくかぶりを振って恥ずかしそうに否定した。
「いっやあそんなことねえだなっす。わたすは生まれつき力が強いだけだなっす。剣も槍もからっきしだなっす」
「それが謙遜でなければ、君の怪力は相当なものなのだろうな」
「あっ、はい。わたすは他に何の取り柄もねえっすけんども、力だけは自慢できるだなっす」
「ほう。それはぜひ一度拝んでみたいものだ」
するとロトスはすかさず前言をあっさりひるがえした。
「いっやあ、やっぱりそんなには大したことはねえでなっす。そんな拝むようなものではねえでなっす」
両の手の平を見せて自らの顔の前で激しく振るロトスの、あまりの照れっぷりを見たロンバルドとシェスターは、またもお互いの顔を見合わせて笑いあった。
そうこうする内に彼らの目の前にひと際大きな幕舎が現れた。
「ああ、こちらは参謀の方々がおられる幕舎だなっす」
「ほう。参謀幕舎か……」
ロンバルドの眼が鋭く煌いた。
そしてそれを見て取ったシェスターがすかさず言った。
「ではそちらに案内してくれるか?」
ロトスは怪訝そうな顔で尋ねた。
「将軍閣下の本陣幕舎でなくっていいのでなっすか?」
「ああ、かまわない。先に参謀たちに挨拶をしておきたいんだ」
シェスターはロンバルドの意を完全に汲んでいた。
「そうだなっすか。そったら案内するだなっす」
ロトスは二人を引き連れ参謀幕舎の前までたどり着いた。
「失礼するだなっす。ヴァレンティン共和国使節団のロンバルド・シュナイダー殿をお連れしたなっす」
ロトスの言上に応える声が幕舎内から聞こえてきた。
「ほう……これはこれは……お通し申せ」
その甲高く、ねっとりとした粘り気のある声にロンバルドは聞き覚えがあった。
そしてそれはロンバルドにとって到底忘れえぬ記憶を呼び覚ました。
愛息ガイウスがこの世に生を受けた、六年前のあの夏の日。
あの日に出会った、決して相容れることの出来ない許すべからざる敵。
「失礼する!」
ロンバルドは、ロトスを制して前に進み出た。
そして自ら入り口の幕を勢いよく跳ね上げ、幕舎の中に敢然と分け入った。
「おお!これはこれはシュナイダー殿ではありませんか。一別以来ですがわたくしのことを憶えておられるでしょうか?」
そこにはロンバルドが思い描いたとおりの男がいた。
肉を極限までそぎ落とし骨の上に皮が乗っているだけではないかと思わせる痩身に、ゼクス教の質素な黒いローブを纏っただけの男。
そしてその生気のない青褪めた顔に薄気味の悪い笑みを貼り付けた男。
「ああ、もちろん憶えているさ……レノン司教」
ロンバルドに続いて幕舎内に入ったシェスターは、その名を聞いて一瞬顔を強張らせた。
だがすぐに持ち直して顔からすっと表情を消し去り、傍らのロンバルドを仰ぎ見た。
するとロンバルドもまた感情というものの一切を窺い知れぬ顔となっていた。
今二人は完全なる戦闘態勢に入ったのであった。
「おお!それは光栄の至り。かのシュナイダー家の方に我が名を憶えていただけたとは……」
その大仰に両手を広げて言い放つ様は嘘と欺瞞に満ち溢れており、レノンもまた戦闘態勢に入っていることを窺わせた。
今ここに宿命の敵同士が再びあいまみえた。
そしてその戦いの火蓋は今にも切られようとしていた。
 




