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第二章 エスタ戦役~ロンバルド・シュナイダーの戦い~

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第三十八話 アンヴィルのロトス

「ちょいとそこのお兄さん、見ていってよ!この剣はそんじょそこらの剣とは訳が違うよ。かの剣聖(あかつき)のディプロディウスの愛刀ベルカッツェンを鍛えた伝説の刀鍛冶、旭光(きょっこう)のロゼアミールより至高の(わざ)を幾代にも渡って受け継ぎしザッハーデン工房が現当代、紫光のミケルススが鍛えし天下に二つとない大業物(おおわざもの)だよ!」


 ロンバルドはあまりにも大仰かつ流暢な武器屋の売り文句に苦笑を覚えつつ、連れ立って歩くシェスターに語りかけた。


「大変な活況を(てい)しているな。それにしても、ずい分と肝の座った商人たちだ。今このエスタは、いつ戦闘が始まってもおかしくない最前線だというのに、まるで市場のような(にぎ)わいじゃないか」


 ロンバルドの言うように、現在七カ国監視団本部から急ごしらえのローエングリン本陣へと続くこの道は、いつの間にやらここエスタのメインストリートといった風情で、道の両脇には様々な商人たちの出店で埋め尽くされていた。


 そしてそれらの出店から湧き出る商人たちの宣伝文句は独創的かつ非常にユーモラスで、道行く人々の顔には自然と笑みがこぼれていた。


「商魂たくましいとはこのことですね。しかしわたしは、命あっての物種だと思うのですがね」


「たしかにな。いくらお金を稼いだところで死んでしまえばそれまでだ。あの世に貯めた金を持っていける訳もないのだしな」


「ええ、まずは生き残ることが最優先ですよ。ちなみにわたしは、殺されても死なないって決めてますけどね」


 真顔で言い放つシェスターを見て、ロンバルドは破顔一笑した。


「死なないって決めたら死なないものなのか。それはまたずい分と凄い言い様じゃないかね」


「ええ、そうなんです。すごいんですよ、わたしは。今までご存知なかったのですか?」


 なおも真顔で言い立てるシェスターに、ロンバルドは顔をくしゃくしゃにして笑ってしまい、二の句が継げないでいると、シェスターもついに真顔を崩して笑みをこぼした。



 そうこうしている内に、二人はローエングリン本陣入り口にたどり着き、近くにいた人の良さそうな近衛兵に身分姓名を明かして、将軍たちのいる幕舎への案内を乞うた。


 すると、その赤ら顔で小太りの人の良さそうな近衛兵は「お安い御用だなっす」と田舎の方言丸出しで快く引き受け、満面の笑顔で二人を本陣内に引き入れると、さらに田舎言葉全開で本陣内の部隊配置などについて機嫌よく詳細に案内説明をし始めた。


 ロンバルドは、シェスターと顔を見合わせ、互いに困ったような顔付きとなった。


 何故ならば、展開している部隊の詳細な配置などは軍事機密に属するものであり、たとえ同盟国の要人相手だとしても、それらは決して明かすべきものではなかったからである。


 ましてやロンバルドたちの属するヴァレンティン共和国とローエングリン教皇国は、友好関係を築いてはいるが、同盟を結んでいるわけではなかった。


「いや君、その、お気持ちはありがたいが、我々に部隊の配置やら、それぞれの幕舎(ばくしゃ)の中身などについては、言わないほうが良いのではないかな?」


 非常に機嫌よく説明を続ける近衛兵に、ロンバルドはやんわりと釘を刺した。


 すると赤ら顔で人の良さそうな近衛兵は、ぽかんと口を開けて上を見上げ、次いで次第に青褪(あおざ)め始めた。


「あ……これは、いかんだなっす。そうだなっす。ああ……つい」


 先ほどまでの上機嫌が一転、肩を落とし大変暗く落ち込んだ様子の近衛兵を見て、ロンバルドたちは大いに困った。


 そして、あまりにも人が良すぎたための行為だと解った二人は、この好ましい近衛兵を慰めることにした。


「いや、そう気に病むことはない。重大な部分についてはまだ君は何も言ってはいない。君が言ってしまった部分は、我々が今こうして辺りを見回して見れば、ある程度推測できる部分に過ぎない。だからこの先を言わなければ、何も問題ではないよ」


 それを聞いた近衛兵は、おずおずとロンバルドに尋ねた。


「本当だなっすか?わたすのしたことは大変なことではなかったでなっすか?」


「ああ、大丈夫だ。問題ない。だが今後は気をつけることだね。君はどうも、人が良すぎるようだ」


「あっ、いやあ人が良いだなんて、そんなことはないでなっす。わたすは馬鹿なだけでなっす。わたすは力ばかりが強くって、頭が弱いって、よくじっちゃやばっちゃに言われるなっす。本当にもう、申し訳ないことでなっす」


「いや、そんなことはない。ところで君はどこの出身なのかね?」


「はい。わたすはガルフ山脈で一番高い御山の、ヴァルハラ山の麓のアンヴィルという小さな村で生まれたなっす。もうそれは本当に小さな、なにもない村だなっす」


「ヴァルハラ山というと、かの勇猛でなる山岳民族のカラン族がいるところだね?」


 シェスターはその類まれなる頭脳に収められた膨大な知識の中から、有用なものを瞬時に引き出して言った。


「はい、そうだなっす。わたすも元はカラン族だなっす。元々は御山に住んでいたカラン族だったけんども、今は麓に下りたミン族として暮らしているんだなっす。とは言っても近くの町までは、半日かかるような田舎だけんども」


「そうだったのか。たしかカラン族はいまだローエングリン教皇国には(くみ)せず、平和な独立国を築こうと、今もヴァルハラ山の周辺地域で武装蜂起していると聞いたが?」


 シェスターの問いは、近衛兵の明るい相貌(そうぼう)に深い影を落とした。


「はい、そうだなっす。わたすたちミン族はカラン族とは分かれて麓に降りたなっす。争いごとを避けるためだなっす。でも今、わたすはこうしてローエングリンの一員として争いごとをしてるだなっす。カラン族も、ミン族も、争いを避けるために争いをしてるだなっす。なんだかよくわからないんだなっす」


 近衛兵のこの告白は、二人の心にも深く突き刺さった。


 争いごとを避けるために、争いごとに参加する。これは大いなる矛盾である。しかし必要不可欠な矛盾でもある。


 世が戦乱の時代である以上、争いごとのない地は、この世には存在しない。


 どんなに大声で争いごとをしたくないと叫んだところで、周りはそれを決して許してはくれない。


 カラン族は、ヴァルハラ山を争いごとのない地にしようと周辺の山岳民族を糾合(きゅうごう)して、ローエングリン教皇国と戦うことを選択した。


 ミン族は、そんなカラン族と(たもと)を分かって麓におりたが、そこも決して争いごとのない楽園などではなかった。


 そこは、ローエングリン教皇国だった。


 麓に下りるということは、ローエングリン教皇国に属するということであった。


 もっともミン族は、カラン族と決別して麓に降りる際、ローエングリン教皇国との交渉で、カラン族との争いには決してミン族は加わらない旨の条約を結んでいる。


 だがそれはカラン族以外の敵に対しては、争いに参加するという意味でもあった。


 故にこの赤ら顔の小太りな人の良い男は、近衛兵として今、ローエングリン本陣にいた。


「すまない。君の名をまだ聞いていなかったな」


 ロンバルドは、威儀を正して近衛兵に問いただした。


「はい、わたすはロトスだなっす。アンヴィルのロトスだなっす」


「アンヴィルのロトスか。では改めて名乗らせてくれ。わたしはヴァレンティン共和国の属州エルムールより参ったロンバルド・シュナイダー。こちらはわたしの副官ヘルムート・シェスターだ」


 ロンバルドは、ロトスに対して何か思うところがあったのか、至極丁重な挨拶をした。


 それはシェスターも同感だったらしく、ロンバルドに(なら)って丁寧にお辞儀をした。


「あっ、はい。いや、そのご丁寧なことだなっす。ちと照れてしまうだなっす」


 ロトスは人懐っこそうな笑顔を満面に浮かべながら、恥ずかしそうに頭を()いた。


 そんなロトスの気持ちのよい笑顔を見たロンバルドたちも、気持ちよさげに笑った。


 戦乱の香り漂うローエングリン本陣内に、三人の好漢たちの楽しそうな笑い声がこだました。

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