第二十七話 カルラ
「さすがは、伝説の魔導師と云われるだけありますね?」
ガイウスは、大きく穴の開いた天井を見上げて言った。
その大穴から、一人の大きな鷲鼻の老婆が重力に逆らって宙に浮きながら、すーっと降りてきた。
そしてガイウスの目の前にすっくと降り立つと、その皺くちゃの顔をさらに歪め、爆発的に怒鳴り散らした。
「生意気言うんじゃないよ!このクソガキ!エルムールに着いた早々こんな重労働させられて、あたしゃ今ものすごく機嫌が悪いんだよ!わかってんのかい!?」
ガイウスは、褒めたつもりが老婆の怒りを買ったことに戸惑い、慌てふためいた。
「い、いや、ぼくはそんなつもりで言った訳ではないのですが」
「どんなつもりで言ったかは知らないけどね!あたしゃ生意気な口を利くガキが、大っ嫌いなんだよ!」
「あ、いや、その、ロデムル!ちょっと、ロデムル!」
ガイウスの呼びかけに応じ、シュナイダー家の家令ロデムルがいつもの黒装束に身を包み、大扉の向こうから音も立てずにその姿を現した。
「お呼びでしょうか、坊ちゃま」
「あっ!ロデムル!ちょっと助けてよ」
「これはこれはカルラ様。どうやらお怒りのご様子で。ですが――」
ロデムルに恭しく様付けで呼ばれた老婆は、鼻をふんと鳴らすなり、怒りの矛先を変えた。
「黙れ、ロデムル!ですがもへったくれもない!大体お前とロンバルドの坊やが甘やかすから、このガキがつけ上がるんじゃないのかい?」
「はっ、申し訳ございません」
「だいたいロデムル!そもそもお前のしかつめらしい顔つきは、なんとかならないのかねえ!お前のことはガキの時分から知っているが、まったくもって愛想のないガキだったよ!ああ、可愛くない!可愛くないねえ!」
矢継ぎ早やのカルラと呼ばれた老婆の口撃には、ガイウスばかりか、さしも沈着冷静なロデムルをも沈黙するしかなかった。
と、そこでカルラの顔色が、突如変わった。
そして、今も炎がくすぶるザンギの残骸の一角を睨みつけた。
そこには、他の所とは明らかに違う色の炎が上がっていた。
ガイウスも、カルラの様子がおかしいことに気付き、彼女の視線の先を追った。
「なんだろう?あの炎の色は?」
「魔導書さ。久しぶりに見たが、嫌な色だねえ。だが、まあいいさ」
ガイウスは、カルラの言葉の意味が判らず質問しようとしたが、その時階上から声が聞こえてきたため、質問できずにうやむやとなった。
その声の主とは、これまでの様子を階上から呆気に取られて見ていたジェイドであった。
「お前ら、一体何者なんだ?」
カルラは階上からの声に素早く振り返り、ギロリと睨みつけた。
「人に物を尋ねるときは、まず自分から名乗りな!」
カルラの恫喝に、ジェイドもまた完全に気圧された。
今、この大広間の支配者は、間違いなくこの老婆であった。
「あ、ああ、失礼した。私はジェイド。こっちは私の部下でズエン。そしてこちらが――」
「そこまででいい!あんたの横でへたり込んでるみっともない男がこの館の主シュトラウス!そして――」
カルラは言葉を区切った途端、軽やかに宙に浮き上がった。
そして瞬く間に階上へと到達するなり、手摺りの上にふわりと着地して、カリウスを上から恐ろしい形相で睨みつけた。
「自分の力量も判らずに制御不能の悪魔を呼び出した、魔導師とは名ばかりの大馬鹿野郎のカリウスってのはお前のことだろう!!」
カルラに射すくめられ、カリウスは黒いフードで顔を覆い隠して震え上がった。
「何とか言ったらどうなんだい!この魔導師の面汚しが!!」
だがカリウスはさらに縮こまって小動物のように小刻みに震えるだけで、まったく声を発することなく恐れおののくばかりであった。
そのあまりに無様なカリウスの姿に、さしものカルラも呆れ果て、一つフンッと大きく鼻を鳴らして再び階下へと降りていった。
「あ、あの~、先ほどは生意気な口を利いてすみません」
ガイウスは先手を打とうと、いきなり謝罪から入った。
だがカルラは、そんな彼の手の内を読んでいた。
「そんなこと思ってもいないくせに、殊勝な口を利くんじゃないよ!」
「い、いやそんなことは――」
「まあいい。それよりも、だ」
カルラは先ほどまでよりもっと恐ろしげな表情となり、ガイウスに問いかけた。
「お前、なぜアスタロトやザンギを見知っていたんだい?」




