第二百二十六話 階段
「……で、あれは誰なのじゃ?」
エルは職員棟脇の、大人の腰ほどの高さの茂みに隠れて職員室を覗き見しながら、傍らのガイウスにひそひそ声で問うた。
「ボロネズ先生だよ。アベルのクラスの担任でね。以前怪しげな行動を取っていたんだよ」
ガイウスたちはジェシカ先生の家から一旦学校に戻り、ボロネズ先生がまだ学校に残っているのを確認すると、茂みの中に隠れてその様子を窺っていたのだった。
「ほう。怪しげな行動とは?」
「うん。屋上のね、汚れをふき取っていたんだ」
「……それのどこが怪しげな行動なんじゃ?」
「他の先生方に聞いたんだけどね。屋上の掃除担当は別の先生で、ボロネズ先生は関係ないそうなんだ。それなのに屋上のある一箇所の汚れだけを丹念に落としていたんだよ」
「ある一箇所?」
「屋上出入り口の横の壁さ」
「……そこを掃除しているとなぜ怪しいのじゃ?」
「ボロネズ先生本人は、極度の綺麗好きだから汚れを見つけると気になってしょうがないみたいに言っていたけど、他の先生方に聞いたらボロネズ先生が綺麗好きだなんて話は初耳だっていうんだよ。怪しいだろ?」
「ふむ。綺麗好きだと嘘をついたというわけか……じゃが屋上の……出入り口横の壁か?……なぜそこを掃除しているといかんのじゃ?別に構わんではないか?」
「ふふん♪エルはわっからないんだー♪」
ガイウスは非常に機嫌よく、鼻歌交じりに言った。
エルは上唇をめくり上げて、不機嫌そうな顔を作った。
「……わしが怒り出さん内に教えんかい……」
「ははは。わかったわかった。あのさ、屋上の汚れっていうのは多分血痕だと思うんだよ」
「血痕?……どういうことじゃ?」
「うん。順を追って説明するよ。まず遺体発見の前夜、デグウス氏は用具置き場で殺された。なぜデグウス氏が遅い時間に用具置き場なんかに行ったのかは判らない。だが彼は行ってしまい……殺された」
ガイウスはそこで確認するようにエルの顔を見た。
エルはうなずき、先を進めるように促した。
「そして何らかの道具で首を切り落とされた。そして犯人は遺体を教室に運ぶために背負子に遺体を背負い、恐らく黒い布か何かを遺体に被せてカモフラージュし、宵闇にまぎれて用具置き場を出た」
「ちょっと待て。遺体は翌日に運び込まれたのであろう?」
「うん。実際に運び込まれたのは翌日だよ。だけど本当は前夜に運び込もうとしたんだよ」
「……ふむ。続けてくれ……」
「犯人は用具置き場を出、校舎に入り、階段を昇って目的の三年一組の教室へと辿り着いた……と思った瞬間、邪魔者が入ったんだ」
「誰だそれは?」
「守衛さんだよ。校舎の見回りをするためにランタンの明かりを灯しながら廊下の向こうからゆっくりと歩いてきたのさ」
「……なるほど、それで?」
「うん。犯人はすごく慌てたと思うよ。でも恐らく彼はすぐに思いついたと思う。すぐそばに階段があるとね。だから彼はすぐさま階段へと駆け寄った。ところがそこで彼は、ある重大な判断ミスをしてしまったんだ」
ガイウスはそこで不敵な笑みを浮かべた。
「彼は階段を昇ってしまったのさ」




