第二百二十四話 声
1
「ごめんなさいお母さん……もう少しだけそっとしておいて……」
ベッドの上で頭から布団を被り、全身を隈なく覆いつくした女性がとてもか細い声で、枕元に立ちすくむ母親に対してお願いをした。
すると母親は深いため息を一つ吐いて、仕方なさそうにうなずいた。
「……わかったわ……ただご飯は食べないとね。そうでないと身体がもたないもの……」
母親はそう言いつつベッド脇の棚の上に置かれた、彼女が作ったのであろうまだ湯気がゆらゆらと立ち上る暖かそうな食事をじっと見つめた。
「……うん……後で食べるわ……約束する……お母さんありがとう……」
娘はほとんど生気を失ったような消え入りそうな声ながらも、そう言って母親の愛情に感謝した。
すると母親は、娘の自分に対する気遣いに、思わずうるっと涙を浮かべた。
「……うん。お願いね……少しだけでもいいから口をつけてね……」
母親はこれ以上ないくらいに優しげな声でもって娘に語りかけると、思わず手で顔を覆ってぐっと涙をこらえつつ、静かに娘の部屋を後にした。
そして、残された娘は布団からおもむろに顔を出し、小鳥がささやくような声でつぶやくのだった。
「……お母さん……ごめんなさい……」
2
母親が部屋を出て行ってからしばらくすると、突如怪しげな男の声が響いてきた。
「……ジェシカ……ジェシカ……」
娘は驚き、布団を跳ね上げて周囲を見回した。
「誰!?わたしの名前を呼ぶのは誰なの!?」
「……僕だよ……忘れたのかい?……サリア・デグウスだよ……」
「サリー!?あなたサリーなの!?」
ジェシカは驚愕の表情を浮かべながら、最愛の男性の愛称を叫んだ。
すると声は一瞬躊躇したかのように間を空けながらも、気を取り直したように再び声を発したのだった。
「……ああ、そうだよ……サリーだよ……」
「おお!サリー!どこなの!?お願い姿を見せて!」
ジェシカは半狂乱となって髪を振り乱しながら飛び起きた。
「……すまない。もう君の前に姿を現すことは出来ないんだ……僕は、そのう……殺されてしまったのでね……」
「ああ!そうね!そうなのよね!ああサリー!可愛そうなサリー!愛しているわ!」
「……ああ、僕も……そのう……愛しておる……いや愛しているよジェシカ……」
「どうしてサリー!?どうしていつものようにジェシーと呼んでくれないの!?」
「……あ、ああ、ジェシー……愛しているよ……」
「わたしもよサリー!誰よりもあなたを愛しているわ!」
「……ああ、ありがとうジェシー…………ところで君は、僕の……そのう、正体を知っておるかな?……」
「えっ!?サリーあなた何を言っているの?」
ジェシカはとても不審そうに眉根を寄せた。
しかし次の瞬間、彼女は驚くべき告白をするのであった。
「もちろん知っているわ!あなたがレイダムのスパイだってことでしょ?」




