第十六話 思案
1
「おい。食事だ」
金属製の重量感たっぷりの扉に備え付けられた小窓から、見知らぬ男が顔をのぞかせそっけなく言った。
そして顔をすっと引っ込めたかと思うと次の瞬間、扉が重そうな音を立てながらゆっくりと少しだけ開いた。
そして扉の向こうから簡素な金属製のトレーを持った男の腕がにゅっと伸びてきて、ガチャッと粗雑に音を立ててトレーを床に置くと、すぐに重そうな音を立てながら再び扉がゆっくりと閉まった。
「おい!手錠をとってくれ。でないと食べられない」
すると男は再び小窓を開けて顔をのぞかせつつ言った。
「手錠をとれとは言われていない。そのまま喰いな」
「どうやってだよ!?」
「犬みたいに喰えばいいだろう」
「なんだと!俺は犬じゃないぞ!」
だが男はそれには答えず、小窓を閉めてさっさと立ち去ってしまった。
ガイウスは遠ざかる足音を聞きながら大声で何度も叫んではみたものの、足音の調子は変わることなく一定のリズムを刻みながら徐々に小さくなり、ついには聞こえなくなってしまった。
「くそっ!俺をなんだと思っていやがるんだ。犬喰いなんか出来るかよ!」
するとタイミングが良いのか悪いのか、腹の虫が突如大きな声で喚きだした。
ガイウスはあぐらをかいた状態でしばし腹の虫の声を聴いていたが、腹が減っては戦は出来ぬとばかりに観念し、おもむろに扉の前へと向かった。
「……まずそう……」
簡素なトレーの上には、口の中に入れたら怪我をしそうなほどに固そうなパンと、肉片一つ浮いていない冷え切ったスープだけが置いてあった。
「……ひでぇ扱いだなこりゃ……」
ガイウスはぶつくさと文句を垂れ流しつつも、苦労してなんとか粗末な食事を終えることができた。
「ふう。食事一つに一苦労だぜ……だがまあ腹は膨れた。なんとか脱出方法を考えないとな」
そこでガイウスはまず手錠をはずすことを考えた。
「こいつをなんとかしないと身体が思うように動かせない。そうなると仮にここから出られたとしてもすぐに捕まるだろうしな……」
とは言うものの、後ろ手に縛られた状態ではアクアを発動することも出来ず、ガイウスは途方にくれた。
ガイウスは深く大きなため息をつきつつ、首をがっくりと胸の前に垂らした。
「こりゃなんともならんね……」
そしてガイウスは、仕方ないといった風情でおもむろに首をもたげた。
するとそこには有り得べくもない驚きの光景が浮かんでいたのだった。
2
ガイウスが冷たい床の上で寝転がっていると、扉の向こうから複数の人間の足音がかすかに聞こえてきた。
それは一定のリズムを刻みながら徐々に大きくなり、ついに扉の前で止んだ。
そして扉が重量感たっぷりの音を伴いゆっくりと開いたかとおもうと、扉の向こうから三人の男たちがわらわらと室内へと入ってきた。
「立て」
先ほど食事を運んできた男が必要最小限の言葉でガイウスに命令すると、ガイウスは渋々といった表情でゆっくりと立ち上がった。
そしておもむろに振り返り男たちを凝視した。
「リーダーに、小太りに、食事係りか……どうやらそっちは人手不足みたいだね。使いまわししてるみたいだし」
ガイウスの軽口に小太りの男が反応した。
「何とでも言え。どうせ口しか動かないんだからな」
「足も動くぞ」
「そういうこと言ってんじゃねえよ!」
するとリーダーが小太りの男を睨み付けた。
「すいません。つい……」
「ざまあないね」
ガイウスは畳み掛けるように侮蔑の言葉を発したが、小太りの男はガイウスを軽く睨みつけるだけで声は発しなかった。
「相変わらず見事な、と・う・そ・つ・りょ・く・で」
ガイウスはリーダーに向かって厭味ったらしく言葉を区切りながら言った。
だがリーダーはそれを無視して別のことを話しはじめた。
「今からお前を、我々の雇い主の下へ連れて行く」
するとガイウスは皮肉っぽい表情はそのままに言った。
「へえ。ついに黒幕のお出ましか」
「まあそういうことだ。念願かなったな?」
「まあね。是非一目お会いして御礼を申し上げたかったので・ね」
「一つ忠告しておくが、我が主人はあまり気が長いほうではないし、少しでも気に食わないとなれば、お前が特異な才能の持ち主であろうと関係なく即刻処刑を命ずるかもしれん。だからあまり生意気な態度はとらないことだ」
「それはそれはご忠告痛み入る・ね」
「……まあいい。どんな態度をとろうがお前の好きにするがいい。短くともお前の人生なのだからな……ではいくぞ」
「……ああ望むところだ」
ガイウスは眦を決し、腹をくくって一歩を踏み出すのだった。




