第十四話 究極のアクア
「一斉にかかるぞ。油断するなよ」
リーダーは低いドスの効いた声でそう言うと、股を開いて思い切り腰を落とした姿勢となった。
すると他の二人も追随するように腰を深く落として身構えた。
(一斉攻撃とはいっても完全に同時ってわけじゃない。ならば……)
ガイウスもまた一斉攻撃に備えて腰を落として体勢を整えた。
「かかれっ!」
リーダーの掛け声と共に男たちは一斉に駆け出した。
「アクア!」
ガイウスは左手をかざして、爆流を正面の小太りの男目掛けて放った。
小太りの男はすかさず立ち止まり防御壁を自らの前面に展開するも、先ほどとは異なり後ろで支える者がいないため、爆流の威力によって後方に激しく吹き飛ばされた。
しかし残る二人はそれに構わず、爆流を避けるように両側から猛然とガイウスへ襲い掛かった。
ガイウスは小太りの男が吹き飛んだのを確認すると爆流を止め、二人の突進に対して交互に目を遣り、距離を測った。
(左のリーダーの方が速い!)
ガイウスはほんの数歩リーダーの方が先んじているのを確認すると先ほどの必殺技を再び放つため、かざしてある左手はそのままに、右手をさりげなく自らの胸の前に持ってくると、右手の人差し指を一本突き出し、リーダーの喉元あたりに照準を合わせた。
(くらえっ!)
ガイウスは裂帛の気合を込めて必殺技を放った。
しかし、その必殺技をはっきりと目で捕らえた者はどこにもいなかった。
それというのもガイウスのいう必殺技の正体とは、限界まで圧縮し、目に見えないほどに細くしたレーザービームのような「究極のアクア」であったからだった。
だがその標的たる男は、なんとそれを予期していたかのように大きく横に弾けるように飛ぶことで見事にかわしたのだった。
(なにっ!?)
だが彼の回避運動は非常に大きなものであり、すぐさま反撃に移れるという訳ではなかった。
そのためガイウスは、「究極のアクア」をかわされたことに落胆しつつも、すぐさま気持ちを切り替え標的を第三の男へと移した。
背中の直刀をすでに抜き放って迫るその男の喉元を眼光鋭く捉えると、ガイウスはすかさず「究極のアクア」を放った。
「ごふっ!」
第三の男はリーダーと違い「究極のアクア」の存在に気付いていなかったため、喉に直撃を喰らい、もんどりうって地面に倒れこんだ。
ガイウスは第三の男を倒したことを確認するとすかさずリーダーへと向き直り、次弾を放とうと身構えるも、リーダーはすでに立ち上がって臨戦態勢を整えていたため諦めることにした。
「……なるほど。極限まで圧縮したアクアとはな。見事なものだ」
リーダーはひどく感心した様子で言った。
「しかし、それよりも驚くべきことは……貴様が無詠唱魔法の使い手であるという事だ」
「なっ!?無詠唱!?こんな子供がですか?」
小太りの男は飛び上がらんばかりの驚きの声を上げた。
「お前も見ていただろう?お前への攻撃のときはわざわざ大きな声で「アクア」と叫んでいたが、俺たちへの攻撃の時にはこの小僧、無言だった。つまり大声で叫んでいたのはカムフラージュだったという訳だ」
「脳内詠唱ではなく、無詠唱……こんな……こんな子供が……」
「ああ……恐るべき子供だ」
するとガイウスは一つ大きなため息を漏らし、次いで観念したように言った。
「ばれたか。まあしょうがないかな、何度も見せちゃったしね」
「観念したかね。ではおとなしく捕まってくれるとありがたい」
「うん?気絶させるんじゃなかったの?」
「気が変わった。貴様も連れて行くことにする」
「……いやだね」
「だろうな。だが連れて行く。貴様についてわかったことが三つある」
「……なんだ?」
そこでリーダーは不敵な笑みを浮かべた。
「まず一つ目だが……貴様、アクアしか使えんのだろう?」
ガイウスは内心の動揺を悟られまいと必死に無表情を装いつつ言った。
「……二つ目は?」
だがリーダーはガイウスの表情がほんのわずか曇ったのを見逃さなかった。
「……やはりな」
「なにがやはりだ。別に俺はあんたの言うことを肯定したわけじゃないぜ」
「ふむ。まあいいだろう……では続けて二つ目だが……」
リーダーはそこでちらっと倒れ伏す仲間を見た。
すると仲間は息苦しそうに喉を押さえてはいるものの、命に別状はなさそうであった。
それを見たリーダーは何度もうなずきながら言った。
「二つ目は……貴様には人を殺した経験もなければ、殺す度胸もないということだ」
するとガイウスはこの言葉に衝動的に反応してしまった。
「あるさ!別に人を殺すことなんて恐くないぜ!」
だがガイウスは言ったそばから後悔していた。
(やっちまった!こんなのどう聞いたってただの強がりじゃないか!)
案の定リーダーは大声で笑い出した。
「……いや失敬。先ほどまでとあまりにも態度が違うのでな。では気を取り直して三つ目を言おう」
リーダーはそこで一旦言葉を区切り、零れていた笑みを完全に消し去ってから言った。
「三つ目は、手の内が判った以上、貴様はもはや敵ではないということだ」
ガイウスは歯軋りをしてリーダーの言葉を聞いた。
(くそっ!他に打つ手はないのか……アクアの他の使い方は……)
「さて、それではおしゃべりはこのくらいにしよう。おい、サポートを頼む」
リーダーは小太りの男にそう指示すると、今度ははなから背中の直刀を素早く抜き放った。
そして刀の握りをカチャリと音を立てつつ反転させた。
「殺しはせん。とはいえかなりの痛みを伴うことになるが、それは我慢してもらおう」
言うや、リーダーはとてつもない速度でガイウス目掛けて突進を仕掛けた。
(くそっ!手の内が……無い!)
ガイウスは「究極のアクア」と爆流とを交互に繰り出し必死の抵抗を試みるも、内心ではもはや観念するしかなかったのであった。




