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BANされた俺、なぜかゲーム運営側で働く ~VRMMORPGにクソ真面目に行政法をぶち込んでみました~  作者: Altis
第3章 閾の境界― The Boundary of the Gate ― 第1部 声加ふ

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谺(こだま) — Let the Voice Cross the Gate —

※今回の手続は、現実の行政事件訴訟法にある複数の制度を、ゲーム内向けに一つへまとめています。現実の条文をそのまま再現したものではありません。詳しい対応関係は補足メモで説明していますが、本文以上に長いため、読み飛ばしていただいても問題ありません。

なお、本文も雰囲気で読んで貰って大丈夫です笑




 白い管理空間の作業板に、黒い封筒が浮かんでいた。



 また音はしなかった。

 いつ現れたのかも分からない。

 封筒はミナトの時と同じものだった。


「……来た」


「来ました」


「いや、来ましたじゃないんだよ」


 俺はアイを見る。


 アイも、黒い封筒を見ていた。

 表情は変わらない。


 けれど、すぐに開けろとも言わなかった。


「これ、外部審査からか」


 アイの視線が、封筒の中央へわずかに落ちる。


 肯定らしい。


 俺は封筒へ手を伸ばした。


 前と同じでも、中身まで同じとは限らない。


 封を開く。


 黒い縁取りの通知が、作業板の上へ展開された。



【黒環書庫・訴訟通知】

根拠規定:

世界律・運営訴訟律第四十五条

同律第二十四条


対象紛争:

運輸ギルド《青車輪》

《蒼白の観測者》


争点となる運営処理:

代替導線表示処理

入口流入制限処理

優先導線設定処理

行先制限処理

第漆転送門一時封鎖処理


通知理由:

上記紛争において、本件運営処理の存否又は効力が争点となっているため


職権調査対象:

上記処理の実施経過、判断根拠及び影響範囲に関する記録



「……種類が違うな」


 アイが小さく頷く。


「黒環書庫?」


「外部デバッグを行う機関の名称です」


「名前が重い」


「処理内容も重いです」


「それは見れば分かる」


 俺は通知を読み直した。

 見慣れない名前だった。

 けれど、その下に並んでいる処理には、全部見覚えがある。


「俺たちの処理が、なんで利用者同士の争いに出てくるんだ」


「運輸ギルドとシオンとの間で争われている法律関係について、本件運営処理の存否又は効力が争点になっています」


「訴訟の当事者は、運輸ギルドとシオン」


 アイの目が、対象紛争の欄から通知理由へ移る。


「はい」


「なのに、こっちへ通知が来た」


「その訴訟を判断する前提として、本件運営処理の内容を確認する必要があるためです」


「それで、処理した側にも知らせが来た」


 今度は、はっきりと頷いた。

 アイが、通知に記載された根拠規定を開く。



【世界律・運営訴訟律第四十五条】

利用者間その他の私的関係に関する訴訟において、運営処理の存否又は効力が争われる場合、審理機関は、当該処理を行った運営機関にその旨を通知する。

審理機関は、必要があると認めるときは、当該運営機関を訴訟に参加させることができる。



「つまり、別の裁判で俺たちの処理が問題になったから、処理した側にも通知が来た」


 アイの視線が、条文の後半で止まる。


 参加。


 今はまだ、そこまでではない。

 そう言いたいらしい。


「それで、第二十四条は?」


「職権による記録調査です」


 次の条文が開く。



【世界律・運営訴訟律第二十四条】

黒環書庫は、訴訟を適正に判断するため必要があると認めるときは、職権で記録その他の資料を調査することができる。



「記録を調べるってことは、こっちから出すのか」


「必要な記録の提出と、意見の提示を求められています」


 いつもの声だった。

 けれど、アイは通知を閉じなかった。


 黒い縁取りだけが、白い作業板の上に残っている。


 その向こうに、まだ見たことのない場所がある。


 そう思うと、少しだけ息が詰まった。


 アイが次のログを開く。



【対象訴訟・主張概要】

申立側:

運輸ギルド《青車輪》

相手方:

《蒼白の観測者》


申立側主張:

イベント用資材の搬入計画は、《蒼白の観測者》が提供した混雑予測及び搬入可能時間帯情報を参考に作成された。

しかし、実際には第漆転送門の入口流入制限、行先制限、一時封鎖及び代替導線の混雑により搬入が遅延した。

予測情報は搬入計画の前提として利用されており、提供情報の精度及び注意表示には問題がある。


相手方主張:

提供情報は、運営通知、公開混雑情報、定点観測ログ及び過去流量を基にした参考情報である。

搬入が遅延した原因は、観測不備のみではなく、第漆転送門の入口流入制限、優先導線設定、行先制限、一時封鎖及び代替導線の混雑の影響を含めて判断されるべきである。

よって、責任範囲を判断する前提として、運営処理の存否、効力及び影響範囲を確認する必要がある。



「……シオンのやつが相談したかったのはこれか」


 アイは申立側と相手方の欄を順に見た。


「しかも、グレンとシグレが噛んだな」


「可能性は高いです」


「可能性じゃなくて確定だろ」


「公開記録上は確認できません」


「ここまで来たら間違いないだろ」


「推測ですね」


「適さない?」


 アイの目が、わずかに細くなる。


「記録には」


「適さなくていい」


 俺は表示を読み直した。


 運輸ギルド。

 蒼白の観測者。

 混雑予測。

 搬入可能時間帯。

 第漆転送門封鎖。

 代替導線。

 優先導線。


 嫌な単語が、きれいに並んでいる。


 グレンとシグレが、シオンの話を別の争いの形に整えた。


 その結果が、今、ここへ届いている。


 直接、誰かが管理空間まで来たわけじゃない。


 それなのに、閉じていたはずの場所へ、別の道から手が伸びてきた。


「これ、シオンの予測が責任問題になってるってことか?」


「利用者間の訴訟で、提供情報に関する責任の確認を求められています」


「民事っぽいけど、その判断にこっちの処理が必要になる」


 アイが小さく頷く。


「つまり、俺たちは当事者じゃないのに、俺たちの処理が見られる」


 今度は、視線を逸らさなかった。


「言えば言うほど嫌だな」


「ええ」


 短い返事だった。


 それだけで、余計に嫌になった。


 アイは提出候補を表示した。



【職権調査・提出候補記録】


・世界律・該当条項

・第漆転送門負荷推移ログ

・民間観測ログ参照履歴

・代替導線表示ログ

・入口流入制限発動ログ

・優先導線設定ログ

・行先制限発動ログ

・一時封鎖発動及び解除条件監視ログ

・関連通知履歴



「苦情ログは?」


「原則として調査対象外です」


「全部出せば誠実ってわけじゃないのか」


「違います」


 アイは静かに言った。


「必要なものを出さなければ、隠したことになります」


 俺は提出候補を見る。


「必要でないものを出し過ぎれば、別の者を巻き込む」


 アイの視線が、苦情ログの項目へ一度だけ向いた。


「……ちょうどよく出せってことか。一番難しいやつだな」


 肯定するように、わずかに顎が下がった。

 俺は提出候補を見直した。


 残すもの。

 出すもの。

 出してはいけないもの。

 その線を、これから一本ずつ引いていく。


 俺は、第漆転送門負荷推移ログを開いた。


 時間ごとの流入予測。

 実測値。

 警戒値。

 一時封鎖を判断した時点の状態。


 橙色の表示が、一定の間隔で続いている。


 その途中で、実測値が事前予測の最大値を越えていた。


「ここだな」


 アイが、該当箇所を拡大する。


【第漆転送門負荷推移】

事前予測最大値:

九四パーセント

警戒域到達見込み:

イベント開始四〇分前


実測最大値:

九九パーセント

危険域到達時負荷:

九五パーセント

救護導線最大遅延:

通常比二・一倍


実施済み処理:

代替導線表示

入口流入率五〇パーセント制限

入口流入率二五パーセント制限

優先導線設定

行先制限


一時封鎖判断時負荷:

九九パーセント


一時封鎖判断時の状態:

内部処理滞留の解消見込みなし



「最初の予測は、最大九四パーセント」


 アイの視線が、事前予測の欄から実測値へ移る。


「でも、実際には九五で危険域に入って、最後は九九まで上がった」


「入口流入率の制限、優先導線設定及び行先制限を実施した後も、上昇は継続しました」


「これだけやっても止まらなかった」


 アイの視線が、一時封鎖判断時の欄へ落ちる。


「内部処理滞留について、解消の見込みが確認できませんでした」


「だから、門を閉じた」


 アイの視線が、実施済み処理の欄を上から順にたどる。


「シオンの公開予測には、門を閉じることまでは入っていなかった」


「一時封鎖は、その後の実測値及び救護導線の状態を受けて決定された運営処理です」


「予測した時点では、まだ決まっていなかった」


 アイの視線が、九四パーセントの表示から、九九パーセントへ移る。


「決定されていない処理を、民間の観測者が前提にすることはできません」


「だから、シオンだけが外したとは言えない」


 アイは否定しなかった。


「それでも、搬入は遅れた」


「そうです」


 シオンが見ていたもの。

 俺たちが見ていたもの。

 運輸ギルドが見ていたもの。


 同じ場所について考えていたはずなのに、見えていた範囲も、見えていた時点も違う。


 どこか一つだけが、全部間違っていたわけじゃない。


 それでも、荷物は遅れた。


 誰かが損をした。


 その責任を、誰がどこまで負うのか。


 それを決めるために、黒環書庫は俺たちの記録を求めている。


「次」


 俺が言うと、アイが民間観測ログ参照履歴を開いた。




【民間観測ログ参照履歴】


提供者:

《蒼白の観測者》


参照対象:

第漆転送門周辺流量

東部導線滞留状況

広場内移動速度

通常時搬入時間帯

利用目的:

補助的状況確認


判断上の位置づけ:

運営処理の単独根拠とはしていない



「単独根拠ではない」


 アイの視線が、最後の一行に落ちる。


「でも、見てはいた」


 今度は、提供者の欄を見る。


「シオンの記録も、俺たちの処理に入っている」


「補助資料として参照されています」


 俺は、その一文を見た。


 運営処理の単独根拠とはしていない。


 シオンの予測だけで門を閉じたわけではない。


 けれど、完全に無視されていたわけでもない。


 届かなかったと思っていたものが、記録の中には残っていた。


 本人へ返ったわけではない。


 望んだ形で届いたわけでもない。


 それでも、処理の一部にはなっていた。


「これも出す」


「提供者情報は、必要な範囲に限定します」


「名前はもう対象訴訟に出てるだろ」


「公開されていることと、提出範囲は別です」


「そうだった」


 アイが、必要部分だけを切り出す。


 白い作業板の右側に、細い黒枠の記録が一つ増えた。


 まだ一つだけだった。


 それなのに、そこだけが少しずつ暗くなっていくように見えた。


 次に、代替導線表示ログを開く。


 入口流入制限発動ログ。

 優先導線設定ログ。

 行先制限発動ログ。

 一時封鎖と解除条件。

 関連通知履歴。


 俺が項目へ目を向けるたび、アイが必要な範囲だけを開いた。


 違うと思えば、俺が首を振る。


 アイは何も言わずに閉じる。


 迷えば、そのまま残す。


 しばらく二人で見たあと、どちらかが視線を外す。


 それが答えになった。


 話すことは、ほとんどなかった。


 それでも、作業板の右側には、黒い枠の記録が一つずつ増えていった。


 白い管理空間の中で、そこだけ別の場所へ続いているように見えた。


 最後に、関連通知履歴が残った。



挿絵(By みてみん)


「封鎖予告は出してたんだな」


 アイが表示時刻を拡大する。


 実際の封鎖よりは前だった。


 ただし、搬入計画を組み直すには遅い。

 現場で経路を変えるなら、ぎりぎり間に合う。


 そんな時間だった。


「出したから十分だった、とは言えない」


 アイは通知時刻を見たまま、動かなかった。


「でも、不十分だったとも、ここでは決めない」


「判断するのは、黒環書庫です」


 俺は小さく息を吐いた。


 こちらが示すのは、何をしたか。

 いつしたか。

 何を見て判断したか。


 それで十分だったかどうかまで、こちらで決めるわけではない。


「提出案、見せて」


 アイが、新しい表示を開いた。




【記録提出案】

一 世界律・該当条項

二 第漆転送門負荷推移ログ

三 民間観測ログ参照履歴

四 代替導線表示ログ

五 入口流入制限発動ログ

六 優先導線設定ログ

七 行先制限発動ログ

八 一時封鎖発動及び解除条件監視ログ

九 関連通知履歴


除外:

個別苦情本文

無関係利用者の識別情報

本件判断に直接関係しない内部記録

後続処理に関する未確定記録


「意見書もいるんだよな」


「求められています」


「何を書く」


「処理の目的、発動条件、各処理の関係及び民間観測情報の取扱いです」


「正しかったと主張する文書じゃない」


 アイの視線が、提出案から俺へ移る。


「事実を説明する文書です」


「何をしたかだけを書く」


「確認できる範囲で」


 白い文書が開かれた。


 処理の目的。

 代替導線表示、入口流入制限、優先導線設定、行先制限、一時封鎖の順序。

 シオンの観測情報を、単独の根拠ではなく補助資料として参照したこと。


 確認できる影響範囲。


 評価は書かない。

 言い訳もしない。

 必要以上に謝りもしない。


 俺たちがしたことを、した順番で残していく。


 文書の下に、俺の確認欄が浮かんだ。


 アイを見る。

 アイは、文面から目を離さなかった。


 もう直すところはないらしい。


「これでいい」


 その言葉を待っていたように、確認表示が開いた。



【黒環書庫・記録提出】

提出根拠:

世界律・運営訴訟律第二十四条

提出内容:

記録九件

意見書一件



提出しますか。




 確認ボタンが、白い作業板の上に浮かんでいる。


 押す前に、アイを見た。


 アイも、俺を見ていた。


 止める様子はない。


 俺は確認ボタンへ触れた。


 作業板の右側に並んでいた記録が、細い黒い線へ変わる。


 一本ずつ。


 順番に。


 線は白い板の上を走り、黒い封筒の中へ吸い込まれていった。


 最後に、意見書が消える。


 封筒が閉じた。


 黒い縁だけが一瞬残り、それも白の中へ沈んだ。



【黒環書庫・記録提出】

記録及び意見書を提出しました。



「行ったな」


 アイの視線が、提出完了の表示に落ちる。


「黒環書庫に」


「送信は完了しています」


 黒環書庫。


 名前を口にしても、どんな場所なのかは浮かばなかった。


 それでも、俺たちの記録はそこへ行った。


 何を見て、どこで門を閉じ、どの条件で開けたのか。


 判断に必要な範囲を、知らない誰かが読む。


「出すために残した記録じゃないのにな」


 アイが、俺を見る。


「記録は、後から確認できるように残すものです」


「……それは分かってる。分かってるけど、嫌だな」


「そうですね」


 短い同意だった。


 その声が、白い管理空間へ小さく残った。


 しばらくして、作業板の端に黒い線が走った。


 今度は封筒ではない。


 手続状況の更新だった。



【対象訴訟・手続状況】

運輸ギルド《青車輪》

《蒼白の観測者》

黒環書庫による記録調査:


提出確認済み


次回手続:

提出記録確認後に指定



「ちゃんと続いてるな」


 アイが表示を確認する。


「誰かが勝ったわけでも、負けたわけでもない」


「判断はまだ出ていません」


「でも、シオン一人で説明する段階は終わった」


 アイは、相手方の欄へ目を向けた。


 本人の説明だけではなく、運輸ギルドの搬入記録と、俺たちの処理記録が並べられる。


 別々の場所にあった事実が、ようやく同じ場所へ集まり始めた。


「これで、俺たちの仕事は終わり?」


「現時点で求められている対応は完了しました」


「現時点では」


 アイは何も言わなかった。


 その沈黙が、肯定だった。

 嫌な答えだった。



「そういえば、参加ってあったよな」


 アイの視線が、閉じられた条文表示の位置へ向く。


「必要がある時は、運営機関を参加させられる」


「その規定はあります」


「来ない可能性もある?」


「あります」


「どのくらい」


「判断できません」


「そうか」


 白い管理空間が静かになった。


 作業板には、提出完了の表示だけが残っている。


 俺がそれを閉じようとした時、板の端にもう一度、黒い線が現れた。


 細い線が四角く広がる。


 その中央に、黒い封筒が一通浮かんだ。


「早くない?」


「先ほどの提出に関するものとは限りません」


「じゃあ、何だよ」


 アイは封筒を見る。


 それから、俺を見る。


「開封してください」


「嫌だ」


 視線を逸らさない。


「未確認のままにはできません」


「知ってる」


 俺は封筒へ手を伸ばした。


 指先が触れる直前で、少し止まった。

 さっきより、黒く見えた。


 封を開く。


 黒い縁取りの通知が展開される。



【黒環書庫・意見照会】

根拠規定:

世界律・運営訴訟律第四十五条


対象紛争:

運輸ギルド《青車輪》

《蒼白の観測者》


照会事項:

本件訴訟への運営機関の参加について


回答期限:

本通知受領日の翌日から三日以内



「……行くやつじゃないか」


「現時点では、参加についての意見を求められている段階です」


「参加するって答えたら?」


「黒環書庫の手続に加わります」


「誰が」


 アイは、すぐには答えなかった。


 通知の文字を見たまま、一度だけ瞬きをする。


 その間で、大体分かった。


「俺か」


「運営側の対応者は、これから確認します」


「今、目を逸らしただろ」


 アイがこちらを見る。


「逸らしていません」


「逸らした」


「確認が必要です」


 通知の下に、二つの選択肢が表示された。



【回答】

参加の必要性を認める

現時点では参加の必要性を認めない



「今押すのか」


 アイの視線が、選択肢ではなく回答期限へ向く。


「参加した場合の権限、役割及び影響を確認してから回答します」


「よかった」


 そのまま、期限の文字を見ている。


「回答期限があります」


「よくなかった」


 俺は通知を閉じなかった。


 閉じても、なくなるわけじゃない。


 外へ出した記録は、もう戻らない。


 向こうでは、誰かが読んでいる。


 そして今度は、記録だけでは足りないらしい。


 処理した側の言葉まで、求められている。


 ミナトの声は、入口で止まった。


 シオンの声も、そのままでは届かなかった。


 けれど、別の争いの形に組み直され、記録を呼び寄せ、俺たちのところまで戻ってきた。


 声そのものではない。


 それでも、確かに響いている。


 門の向こうから。




 俺は、その声のする場所へ行きたくなかった。





アイの補足メモ

争点訴訟と現実の行政事件訴訟法との関係について


今回登場した世界律・運営訴訟律第四十五条及び第二十四条は、現実の行政事件訴訟法に定められた争点訴訟その他の制度を参考にしています。


ただし、物語上の制度に合わせて変更している部分があります。


争点訴訟とは


今回描いた利用者間訴訟は、現実の行政事件訴訟法でいう「争点訴訟」を参考にしています。


争点訴訟とは、私法上の法律関係に関する訴訟の中で、行政庁の処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無が、判断の前提として争われるものです。


争点訴訟そのものは、行政処分の取消しなどを直接求める行政事件訴訟ではありません。


たとえば、私人同士の契約上の責任や所有権などが争われているものの、その結論を出すためには、


ある行政処分が存在したのか

その行政処分が有効なのか

その行政処分によって法律関係がどのように変わったのか


を判断しなければならない場合があります。


このように、私人間の法律関係をめぐる訴訟の中で、行政庁の処分又は裁決の存否・効力が争点となる訴訟を、一般に争点訴訟と呼びます。


今回の物語で直接争っているのは、


運輸ギルド《青車輪》



《蒼白の観測者》


です。


争われているのは、イベント用資材の搬入が遅延したことについて、《蒼白の観測者》が提供した混雑予測に問題があったのか、また、誰がどの範囲で責任を負うのかという点です。


運営側は、その利用者間訴訟の直接の当事者ではありません。


しかし、その責任を判断するためには、


第漆転送門にどのような運営処理が行われたのか

各処理がいつ発動したのか

処理によって搬入経路や所要時間がどのように変わったのか

《蒼白の観測者》が予測を行った時点で、その後の運営処理を予測できたのか

運営側が民間の観測情報をどのように参照していたのか


を確認する必要があります。


そのため、直接の当事者ではない運営側にも通知が届き、判断記録の提出や訴訟への参加が問題となりました。


この構造が、現実の争点訴訟に対応しています。


行政事件訴訟法第四十五条との対応


現実の行政事件訴訟法第四十五条は、私法上の法律関係に関する訴訟において、行政庁の処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無が争われている場合について定めています。


その場合には、行政庁の訴訟参加に関する第二十三条第一項及び第二項と、出訴の通知に関する第三十九条が準用されます。


今回の、


運輸ギルド《青車輪》と《蒼白の観測者》との利用者間訴訟

その責任を判断する前提として、運営処理の存否及び効力が問題になる

処理を行った運営側へ通知が届く

必要に応じて運営側を手続へ参加させる


という構造は、この第四十五条を参考にしています。


ただし、現実の第四十五条が対象としているのは、行政庁の「処分又は裁決」です。


作中では、


代替導線表示

入口流入制限

優先導線設定

行先制限

第漆転送門の一時封鎖


を、まとめて「運営処理」として対象にしています。


現実の法律では、行政機関が行った行為であれば、すべて当然に第四十五条の対象になるわけではありません。


その行為が法的な意味で「処分」又は「裁決」に当たるかどうかが、別に問題となります。


作中では、ゲーム内の運営処理が利用者の移動や行動可能範囲などに直接影響する世界観に合わせ、現実より広い範囲の運営処理を対象とする制度に変更しています。行政事件訴訟法第四十五条は、私法上の法律関係に関する訴訟で処分・裁決の存否や効力が争われる場合に、第二十三条第一項・第二項と第三十九条を準用しています。


行政庁の訴訟参加について


現実の行政事件訴訟法第二十三条では、裁判所は、必要があると認める場合に、当事者若しくは行政庁の申立て又は職権によって、関係する行政庁を訴訟へ参加させることができます。


ただし、参加を決定する前に、裁判所は当事者及び参加対象となる行政庁の意見を聴かなければなりません。


本文の最後に届いた、


【黒環書庫・意見照会】


照会事項:


本件訴訟への運営機関の参加について


という通知は、この意見聴取を参考にしています。


もっとも、現実の制度では、行政庁が画面上の選択肢を押すことによって、自ら参加の可否を確定するわけではありません。


行政庁の意見を聴いた上で、最終的に参加させるかどうかを決定するのは裁判所です。


作中でも、


参加の必要性を認める

現時点では参加の必要性を認めない


という二つの選択肢は、運営側の参加を確定するものではありません。


黒環書庫に対して、参加の必要性に関する運営側の意見を回答するための選択肢として描いています。


なお、現実の第二十三条は、処分又は裁決をした行政庁以外の行政庁の参加を定めた規定です。


争点訴訟では、第四十五条によって、この第二十三条第一項及び第二項が準用されます。


作中では制度を単純化し、問題となった運営処理を行った部門を含め、黒環書庫が必要と認める運営機関を手続へ参加させられる仕組みに変更しています。現実の第二十三条では、裁判所が参加決定をする前に、当事者と対象行政庁の意見を聴くこととされています。


第二十四条との違い


現実の行政事件訴訟法第二十四条は、裁判所が必要と認める場合に、職権で証拠調べを行うことができると定めています。


ただし、その証拠調べの結果については、当事者の意見を聴かなければなりません。


これは、裁判所が当事者から提出された証拠だけに完全に拘束されず、必要な証拠を自ら調べられるようにする制度です。


一方で、行政事件訴訟が全面的な職権探知によって進められるという意味ではありません。


裁判所が、訴訟に関係するすべての事実や証拠を最初から自ら探し出す制度ではなく、当事者による主張及び立証を基本としながら、必要な場合に職権で証拠調べを行うことができるという位置づけです。


また、現実の行政事件訴訟法第四十五条は、第二十四条を直接準用していません。


そのため、私人間の訴訟で行政処分の存否や効力が争われたからといって、第四十五条だけを根拠として、裁判所が行政庁の内部記録を包括的に調査することになるわけではありません。


第四十五条が明文で準用しているのは、


行政庁の訴訟参加に関する第二十三条第一項及び第二項

出訴の通知に関する第三十九条


です。


作中では、この点を変更しています。


世界律・運営訴訟律では、利用者が取得できない運営記録が多く、黒環書庫が自ら調査しなければ事実を確認できない場合があります。


そのため、


第四十五条による運営側への通知

第二十四条による職権調査

運営側からの記録及び意見書の提出


を組み合わせた制度にしています。


つまり、現実の第四十五条による争点訴訟の手続に、第二十四条に近い調査機能を加え、黒環書庫が必要な運営記録を直接確認できる仕組みに変更しています。第四十五条が直接準用する規定に第二十四条は含まれていません。


現実の記録提出に近い規定


本文では、黒環書庫からの求めに応じて、運営側が、


判断理由に関する内部記録を提出する

必要な部分だけを切り出す

処理の目的や発動条件、実施経過を説明する

民間観測情報の取扱いを明らかにする


という対応を行っています。


この手続は、現実の行政事件訴訟法第二十四条だけでなく、第二十三条の二に定められた「釈明処分の特則」に近いものです。


第二十三条の二では、裁判所は、訴訟関係を明瞭にするため必要があると認める場合、行政庁に対して、処分又は裁決に関する資料の全部又は一部の提出を求めることができます。


対象となるのは、たとえば、


処分又は裁決の内容

根拠となる法令の条項

原因となった事実

その他、処分又は裁決の理由を明らかにする資料


です。


また、資料を別の行政庁が保有している場合には、その行政庁に対して資料の送付を嘱託することもできます。


ただし、第二十三条の二は、主として取消訴訟などにおいて処分又は裁決の理由を明らかにするための規定です。


第四十五条は、第二十三条の二を争点訴訟へ直接準用していません。


したがって、作中のような記録提出が、現実の争点訴訟で第四十五条から当然に導かれるわけではありません。


作中では、黒環書庫が訴訟関係を明らかにするため、直接の当事者ではない運営側にも必要な資料の提出を求められる制度として再構成しています。


今回の黒環書庫による手続を現実の制度に置き換えると、


第四十五条による通知及び行政庁参加

第二十三条の二による資料提出

第二十四条による職権証拠調べ


の機能を、一つの手続にまとめたものに近くなります。第二十三条の二は、処分・裁決の内容、根拠法令、原因となる事実や理由を明らかにする資料について、提出要求や送付嘱託を認めています。


提出する記録を限定する理由


本文では、運営側が保有する記録をすべて提出しているわけではありません。


提出対象としたのは、


世界律の該当条項

第漆転送門の負荷推移

民間観測ログの参照履歴

代替導線表示の記録

入口流入制限の発動記録

優先導線設定の記録

行先制限の発動記録

一時封鎖及び解除条件の監視記録

関連する通知履歴


など、本件の判断に必要なものです。


一方で、


個別の苦情本文

無関係な利用者の識別情報

本件判断に直接関係しない内部記録

後続処理に関する未確定記録


は除外しています。


必要な記録を提出しなければ、判断に必要な事実が伝わりません。


しかし、関係のない記録まで提出すれば、本件と無関係な利用者や内部処理を巻き込む可能性があります。


そのため、本文では、


「必要なものを出さなければ、隠したことになります」


「必要でないものを出し過ぎれば、別の者を巻き込む」


という形で、記録提出の範囲を定める難しさを描いています。


これは特定の一つの条文をそのまま再現したものではありません。


訴訟に必要な資料を提出することと、無関係な情報まで際限なく開示しないことを両立させるための、作中独自の整理です。


記録を提出する側が評価を決めない理由


本文では、運営側は、


何をしたか

いつ行ったか

何を根拠に判断したか

各処理がどのような順序で実施されたか

民間観測情報をどのように参照したか

どの範囲への影響が確認できるか


を説明しています。


一方で、


運営側の処理が十分だったのか

《蒼白の観測者》の予測に問題があったのか

搬入遅延について誰が責任を負うのか

それぞれがどの範囲で責任を負うのか


までは、運営側の意見書で決めていません。


資料を保有する側が事実関係や判断の経過を説明することと、その事実にどのような法的評価を与えるかは、別の問題だからです。


運営側が自分たちの処理を「正しかった」と評価して提出すれば、事実の説明と、自己の立場を守るための主張が混ざります。


反対に、必要以上に謝罪した場合も、まだ判断されていない責任を、運営側が先に認めることになりかねません。


そのため、作中では、


「事実を説明する文書です」


という形にしています。


運営側が示すのは、確認できる事実と判断の経過です。


それで十分だったのか、誰がどの範囲で責任を負うのかを判断するのは、黒環書庫です。


作中制度との違い


今回の世界律・運営訴訟律は、現実の行政事件訴訟法第四十五条を中心にしながら、


第二十三条の行政庁参加

第二十三条の二の資料提出

第二十四条の職権証拠調べ

第三十九条の出訴通知


に近い機能を、黒環書庫の手続へ集約したものです。


ただし、現実の制度とは、主に次の点が異なります。


作中では、「処分又は裁決」よりも広い「運営処理」が対象となります。


黒環書庫は、争点訴訟においても、職権で運営記録を調査できます。


黒環書庫は、直接の当事者ではない運営側に対して、記録と意見書の提出を求めることができます。


運営側の参加については、画面上の選択肢によって意見を回答できるようにしています。


また、作中の運営処理は、利用者の移動、行先及び施設の利用可能性に直接影響します。


そのため、現実よりも黒環書庫の調査権限を広くし、対象となる運営処理の範囲も広く設定しています。


まとめ


今回描いたのは、利用者間の争いに、運営側が直接の当事者として加わった場面ではありません。


運輸ギルド《青車輪》と《蒼白の観測者》との責任関係を判断するために、運営側が行った処理の存否、内容及び影響が問題となった場面です。


運営側は直接の当事者ではありません。


それでも、運営側が何を見て、なぜその処理を行い、その結果として何が変わったのかを確認しなければ、利用者間の責任を判断できません。


そのため、閉じたはずの運営記録が、別の争いを通じて黒環書庫へ呼び出されました。


今回の制度は、現実の争点訴訟を中心にしながら、行政庁の訴訟参加、資料提出及び職権証拠調べの機能を、ゲーム内の手続として一つにまとめたものです。


現実よりも黒環書庫の調査権限は広く、対象となる運営処理の範囲も広く設定されています。


以上です。

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