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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第1部 第一章

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22/121

(22)地下道②

 指が形作る円の中に、何かが蠢いている。

 それが何か考える前に、言葉が出ていた。

「シャ・ラ」

 円の中から水が噴き出した。

 水はたちまち両手にたまり、傷口の血と泥を洗い流す。


 何が起こったのか理解できず、ロッシュはただ呆然とそれを見つめていた。

 手のひらからすっかり水がこぼれてしまって、初めて理解した。


 ハリシュが言っていた、輪の中で動くもの。これだ。


 もう一度円を作る。

「シャ・ラ」

 水が湧き出る。それを口に含む。うがいし、口の中の埃っぽさを流す。

 もう一度円を作る。

「シャ・ラ」

 次はのどを潤す。

 もう一度。

 もう一度。

 もう一度。


 のどの渇きが収まるまで繰り返す。


 人心地ついて、考える。

(私には才はなかったはずだ。それが、開花したのだろうか)

 もしかしたら、ハリシュの訓練を見ているうちに開花したのかもしれない。

 あるいは、ハリシュの指輪ではダメだったが、自分で作る指の輪だとうまくいくのかもしれない。


(ほかの呪文も使えるだろうか)

 小さな石を前に置く。

 指で円を作り、それをのぞく。

「ク・ロッシュ」

 石が割れた。


 穴から落ちたときのことを思い出す。

(あの時、両手を伸ばし、無意識で円を作っていた。だから、助かったのではないか)


 両手を伸ばし、円を作る。

「ファイ」

 空気が体を押し上げる。

「やった」

 このまま上がれ。あの光まで。


 しかし、すぐ落っこちた。

 打ち付けたお尻をさすりながら考える。

「きっと力が足りないんだ」


 ハリシュは「ク・ロッシュ」で粉々にした。でも、自分は二つに割っただけだ。

 彼は毎日訓練をしていた。そのやり方は、見て知っている。

 自分も訓練を重ねれば、この壁を上れるかもしれない。


 でも、できるようになるまで、どのくらいかかるのだろう?


 水は確保できる。でも、食べ物は?

 ハリシュが試していた魔法には、食べ物を出す呪文はなかった。

 第一、そんなことが出来たら凄すぎる。一生、働く必要もない。


 壁を上るか、穴を進むか。


「進もう」

 ロッシュは決意を固めるように声に出した。

 ここにいても仕方ない。壁を上る力も空飛ぶ力も、今の自分にはない。

 ならば、可能性のある方に賭けよう。

(リシュならきっと、無謀だって笑うだろう。でも、それが私だ)


 穴をのぞく。幅は、匍匐前進タイプ。では、長さは?

「おおい」

 穴に向かって呼びかける。

 反響の仕方が、思っていたのと違う。

(この穴、短い気がする)


「よし」

 意を決して穴に入る。

 それを二、三度繰り返したとき、頭のてっぺんが何かにぶつかった。心臓が激しく動きだす。もし、地下道の終点だとしたら……。

 しかし、伸ばした指先に触れたものは、土ではなかった。

(これは、板?)

 少しささくれた、けれど、平らに削った板の手触りだ。


(何でこんなところに?)

 そう思いながら押してみる。板はあっけなく倒れ、指先は空を掻いた。

(外!)

 ちょうどロッシュの身長より少し長めで、トンネルは終わっていた。


 最後の踏ん張りで、体を引っ張り出す。続いて足。両足が出たところで、立ち上がる。

「痛ぁ」

 こんなに天井が低いとは思わず、強か頭を打ち付けた。目を閉じ、手のひらで打ったところを撫でる。

 その目を再び開いたとき、わずかに漏れる光に浮かび上がった光景に息を呑んだ。

「ここは……」


 そこは、天井こそ低いものの、きちんと整備された居間だった。

 ドールハウスのような、木製の小さな椅子と机。壁には食器棚があり、小さなお皿とお椀やコップが並んでいる。そっと引き出しを開けると、スプーンにナイフとフォークがそろっていた。

 入って来た穴を振り返ると、そこは出入り口だったようで、扉代わりの木の板が倒れ、自分はそれを踏んづけていた。急いで降りると、穴の横に立てかける。

 近くには、調理台付きの薪ストーブがあった。煙突が壁に突き刺さっているところを見ると、さっきまでいた空間につながっていて、そこから煙を出すのだろう。


 残った二つの壁には、それぞれ一つずつ、出入り口の穴があった。

 まず、小さい方の穴をのぞいてみた。穴の径は首も入らないほど狭いうえ、向こうが暗いのでよく見えない。しかし、壁にベッドのようなものが取り付けられているのが、ぼんやりと見て取れた。

「寝室だな。きっと」

 穴に腕を突っ込み、ベッドの上の布団をつまみだす。それは、布の袋の中に乾燥させた草をつめたもので、柔らかく、微かにポプリの香りがした。思わず、笑みがこぼれる。


 布団を戻し、もう一つの穴をのぞく。

 思った通り、通路だった。

 しかし、その幅は、寝室に通じる穴よりは幾分広いものの、匍匐前進でも入れないほど狭かった。

(つまり、これ以上は進めない)

 ロッシュは、体中から力が抜けるのを感じた。


 脱出の可能性は断たれた。

 否。諦めるのはまだ早い。

 ここは台所。食べられる物があるかもしれない。


 ロッシュは、改めて部屋の中を見回した。

 食器棚の向こうに、さっきは気づかなかったが棚があるようだ。

 土壁を削って作った棚で、布の袋がいくつか見える。


 まず、一番下にある一番大きい袋を開けた。

「穀物、かな?」

 麦のような穀物が、籾に入ったままの状態で一握り程入っている。初めて見るものだが、籾を取ればきっと食べられるだろう。


 次に大きな袋には、乾燥した豆と思われるものが入っていた。ほとんどが虫に食われた穴あきで、けれど、二粒、三粒、しっかりと形を保ったものもあった。

 上の棚には、おそらく芋と思われるものの残骸が入っていた。乾燥し、カチカチに縮んで、とても食べられそうにない。

 最後の袋を開けて、思わず声が出た。


「ロシュナーハ!」

 たった一つだけれど、殻に包まれたままのロシュナーハの種が入っていた。

 ロッシュは急いで取り出すと、両手で包み込むようにして感謝の祈りをささげた。

 それから、引き出しからナイフを取り出し、それを使って殻をこじ開けた。

 いつ頃収穫されたものかは不明だが、ロシュナーハは恵みの果実、種は長期保存がきく。その上、栄養満点。一つあれば、お腹がかなり満たされる。味も悪くない。


 貪るようにそれを食べ、ほあーっと安堵の息を漏らした。


 さて、どうやってここを脱出するか。


 ところが、考えているうちに、眠気が襲ってきた。

 大きな欠伸をする。目がとろんと垂れてくる。

(腹の皮が突っ張ると目の皮がたるむ、っておばあちゃんが言ってたなぁ)

 などと思っているうちに眠ってしまっていた。


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