(21)地下道①
目を開けたが、何も見えなかった。
(暗闇? それとも目がつぶれてしまったの?)
ロッシュは、横たわったまま両手を上げ、目の前でぶらぶら振ってみた。
やはり、何も見えない。
「でも、まあ、生きているから良しとしよう」
口に出して、それを実感する。
どれくらいの距離を落ちたのだろう?
そして、どれくらいの時間、気を失っていたのだろう。
うめきながら上半身を起こす。
広げた手のひらが、でこぼこの床面に触れる。手触りから、石のようだ。
とりあえず立ち上がる。よろめいて、背中が壁に触れた。
壁にもたれたまま、右手を前に伸ばすと、指先がすぐ壁に触れた。しかし、左右に伸ばしてみたが、先には何もない。
どうやら、幅の狭いトンネルにいるようだ。
誰かが作った物なら、どこかに通じるだろう。
けれど、この壁の平さは、手で掘った物ではない。何か、包丁のような物で切ったか、かんなをかけたかのように滑らかだ。
(つまり、手をかけて昇るのは無理ね)
顔を上げる。もちろん、何も見えない。
けれど、自分は落ちてきたのだからこの上は空洞のはず。
「おおい」
「おおい」
「おおい」
「おおい」
「おおい」
「……」
声の反響から考えて、かなり深さがありそうだ。
「皇太后さまー」
「皇太后さまー」
「皇太后さまー」
「皇太后さまー」
「皇太后さまー」
「……」
返事はない。どころか、自分が落ちた入口さえ見えない。
(いったいどうして? 皇太后さまは気づいてくださらない……)
そこで思い出した。
皇太后の声。あの時彼女は何と言った?
(ク・ロッシュは、破壊の魔法。つまり、私は嵌められたんだ)
最初から私を落とすつもりで、一番奥の高いところに杖をかけ渡した。
その後、穴は修復されたに違いない。魔法で……。
つまり、閉じ込められた。
歯ぎしりして悔やんでも悔やみきれない。
(あんな人に母の面影を見るなんて、……)
ロッシュは顔を上げた。
(見てろ。絶対ここを抜け出してやる)
とりあえず、今いる位置から左手に進んでみることにした。
背中を壁につけた状態で、左手のひらを壁にあてる。そのまま左を向いて、指先を壁に滑らせる。右手は前に出し、前方に何もないことを確かめながら進む。
数歩歩いただけで、右手は壁に触れた。
行き止まりだ。
(じゃあ、次は反対)
左手はそのまま壁に添えてUターンする。
右手を前に出し、ゆっくり進む。
足元は、依然として石ごろごろだ。
(こんな狭いところをぶつかりもせず落ちたなんて、ずいぶん上手に落ちたのね。
我ながら感心するわ。
壁をずり落ちた記憶もないし、……。
あ、でも、待って……)
思わず足を止め、考える。
(落ちる時、手を伸ばして、無意識に何か叫んだんだ。
そしたら、体が軽くなって……、浮いた?
いや、違う。空気が体の下に入ってきて、押し上げられた?)
その時の記憶が徐々に蘇る。
叫んだあと、落ちる速さが急激に遅くなり、そのため、どこかにぶつかるということもなく、安全に着地できたのだ。
(そうよ、確かに叫んだ)
では、何と?
「ファイ」
あの時、思わずこぼれた言葉を口にする。確信をもって。
けれど、何も起こらない。
(当然よね。気のせいだわ)
魔法を身近に見てきたせいで、自分も何か魔法でも使ったかと思ったのだ。
(才もないのに、何考えてんのよね)
自分で自分を嗤い、また、歩き始める。
右手は何も触れない。
しかし、どんどん圧迫感が強くなってきた。
両側の壁が迫って来たのだ。
(うそでしょ。これ以上狭くなったら通れない)
体を横にし、顎とおなかを引っ込め、爪先立って横歩きする。最近出っ張って来た胸とお尻が腹立たしい。ついでに、高い鼻も。
息をつめ、もう駄目だと思ったとき、急に穴が広くなった。
壁に預けていた体が投げ出され、バランスを崩す。
「わ、わ、わ」
よろけたはずみで、したたか頭をぶつけた。
思わず目を閉じ、座り込む。
「痛ぁ」と右手で側頭部を撫でながら目を開けた。
「あれ? 光?」
小さな白い点が見える。確かに光だ。
(つまり、あそこまで行けば外だ)
急に力が湧いてきた。
光を目指して進む。その速度も、以前より早い。
ところが、今度はだんだん天井が低くなってきた。
仕方なく、四つ這いになって進む。
進むほど天井は低くなり、頭がつっかえ、とうとう腹ばいになった。
終いには、手で土をかき分けながら前に進む。
尖った石を見つけ、それで土を崩し穴を広げる。出てきた土をかき集め、おなかの下から足の方へ押しやる。前ににじり寄り、また土を崩す。その繰り返しだ。
進む速度は微々たるものだ。
それでも進めたのは、点だった光が徐々に大きくなり、確実に外が近づいているという希望があったからだ。
そして、ついにその時が来た。
伸ばした右手が外に出た。
(あと少し。もう一息だ)
右手に持った石で土を砕く。砕けた土は外に落ちていく。石を持つ手に力がこもる。
もう十分と思えるだけ崩し、前進する。
何とか肘まで外に出る。両肘を穴の縁にかけ、壁を押すように力を籠める。
肩と頭が出た。はぁーと大きく息をつく。
ここまで来たら、あとは楽勝だ。
両手で穴の縁を押し、体を引き寄せる。お尻が少しつっかえたが、ねじるようにして無理やり引き出す。
「出た!」
思わず声も出た。
そこは、広いとは言えない場所だったが、それでも座ることができた。
壁に背をもたせ掛け、ぜいぜいと息をつく。
今出てきた穴が、隣に見える。
「我ながら、よく頑張ったなあ」
自然と笑みが広がった。
息が整うまで、しばらく座っていた。
気持ちが落ち着くと、喉の渇きを覚えた。
今までは必死だったので気づかなかったが、一口の水さえ口にしていない。思い出すと、急激に渇きを覚えた。
辺りを見回すが、目の前に新しい地下道が口を開けているだけ。水の気配はない。
(光はどこから来ているのだろう)
地下道をのぞく。その先は暗闇だ。
上を見る。
ほぼ垂直に切り立った壁の上部に、小さな光が見えた。
(この壁は、登れない)
急にめまいがしてきた。
今までは光を求めて進むことができた。
それを達成した今、新たに出現した障壁に挑む力が残っていない。
進むとすれば、地下道だ。外につながると信じて行くしかない。
その地下道の壁は今までと違い、手で掘られたもののようだ。
(誰かが作った物なら、きっと出口があるはずだ)
けれど、進む気力が湧かない。
(水が欲しい……)
頑張った自分の手を見る。
指先はぼろぼろで、血が滲み、爪がはがれかけている指もある。
普通の人とは少し違う指。でも頑張った。
(水が飲みたい……)
指先を合わせる。綺麗な円形になる。
何気なくのぞきこみ、目を見開いた。




