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19. 初任給とお買い物①

7日に1回の貴重なお休み。

息抜きに出かけます。


「いやぁ、いい朝だね。昨夜はありがとうな、スイ」

気持ちよさそうに伸びをしながら声をかけてきたのは、太眉の商人だった。


「おはようございます、メルカーさん。今朝は早いですね」

空の籐カゴを下ろしてすいは笑顔で振り返った。

朝日がちょうど昇り始めた頃、あたりはまだ薄暗い。


「いやあ、ふくろう亭に泊まり始めてから調子が良くてね。特に、昨夜の"足湯"、あれは良い」

足のむくみも取れてすっきりしたよ、とご満悦の様子だった。


太い眉がトレードマークの商人メルカーは、以前垂に紹介されたハンモックが良かったのだと、再びこの宿に泊まりに来てくれた。


「またよく眠れる技があれば、ぜひ教えてくれないかな」

垂が取り組む安眠活動に興味を持ってくれる、素敵な眉毛のおじさまである。


「あ!ではでは、朝食前に体操をするんですが、一緒にどうですか?」


面白そうだと参加を決めたメルカーを、垂は食堂の裏口へと案内した。


「おや、メルちゃんも一緒にやるかい?」

「女将さん、ちゃん呼びは勘弁してくれ。私ももうすぐ孫ができるんだぞ」

途中、宿の女将さんも合流した。


「あんたが騙されて有り金全部なくして彷徨ってたこと、わたしゃつい最近のように思うけどねぇ」

私から見たらまだまだ坊主だよ、と笑う女将に苦笑するメルカー。


「では、"朝ヨガ"を始めます」

宿の裏手に、すのこを何枚もつなげたフロアへと垂は2人を手招きした。


「ヨガ?」

聞き慣れない言葉だ。不思議そうな顔をするメルカー。


「身体と精神を統一する修行法の1つ、なんですが。とりあえず難しく考えないで、朝日を浴びながら体をほぐしていきましょう」


少し肌寒い空気の中で、胡座あぐらの垂が体を伸ばし始める。

口からゆっくりと息を吐ききり、鼻から吸う。

「……まずは自分の息に集中しましょう」


お手本を示すと、女将は慣れた様子で目を閉じ、気持ちよさそうに深呼吸をしている。


朝の柔らかな日差しに照らされながら、静かに呼吸を深めていく。

徐々にポーズを変えていけば、次第に血が巡り、体が目覚めるのが感じられた。


「……変わった動きだな」

体操といえば、訓練のような動きを思い浮かべていたメルカーは驚いた。

激しい動きはないのに、随分と体がほぐれたような気がする。


「無理はしなくて大丈夫。毎日少しだけ、できる範囲でやるのがおすすめですよ」

朝の光が体のリズムを整えてくれるので、夜の睡眠にも効果的なんです、と付け加える垂。


ぐーっと誰かのお腹が鳴った。


「それじゃ朝ごはんにしようかね」

女将が笑って立ち上がる。


「いつもよりしっかり食べれそうだ」「メルカーさん、いつも寝起き悪いですもんね」垂とメルカーもいそいそと食堂へ向かった。



◇◇◇

「ここで合ってるかなあ……」

沢山の店が並ぶ通りは、人で賑わっていた。

向かいの野菜や果物が並ぶ店には主婦層が集まっている。

左隣は古着屋で、右隣は……蛇の抜け殻みたいなのが並んでる。もしかしてインクだろうか。


垂は今、雑貨屋の前で待っていた。

今日は週1回の貴重な休日。

職場の同僚、イルーシャと買い物の約束をしているのだ。



初任給をもらったとき、垂は必要経費を除いてすべて貯金する予定だった。

フミンに返す入市税として。

それから女将さんに宿代を渡そうとしたら怒られた。


「スイちゃんはもう、うちの子みたいなものだから! 余計なこと気にしないの」


これまでの宿泊代としては全く足りないのに。

むしろ、好きな物買いに行っておいで! と送り出されてしまった。

また、居合わせたメルカーさんから、これまでのお礼だよ、と渡されたお小遣いもあり、ちょっとした買い物ならできそうだ。


懐に入れた小銭袋の感触をそっと確認する。

その膨らみに、皆の優しさが詰まってる気がした。



待ち合わせたのは、正面に人間大の金ピカありの像が鎮座する雑貨屋の前。

待ち合わせ場所として確かに分かりやすい。

商人のメルカーさんも、買い物するならここ「金の働きアリ」がお勧めだと言っていた。


「スイ、おまたせっ」

白いワンピース姿の少女が、三つ編みを揺らしながら駆け寄ってきた。


「イルーシャさん、今日はお誘いありがとうございます」

「もう、スイったら。固すぎるわ。イルでいいし、敬語も禁止!」

いつも工場の作業着姿だからか、ワンピース姿が新鮮だ。

チラッと自分の格好を見直す。街に入る時にもらった灰色の貫頭衣、垂の一張羅。

あとは工場の作業着と女将さんのお下がりの寝間着しかないのだから仕方あるまい。


「もう中は見た? まだならちょっと覗いて行くわよ」

イルーシャに促されて店に入った。


これぞまさに「雑貨屋」だ。

赤、青、緑、黄色……絵具パレットをぶちまけたように店内に鮮やかな原色が散りばめられていた。


足元に並ぶ木箱を1つずつ開けてみる。

橙のスポンジみたいな海綿、粉に埋められた骨らしきもの、蜂の巣、小動物の毛皮……

何に使うのかさっぱりだが、見ていて面白い。


「スイ、こっちこっち!」

瓶詰めや小箱が並ぶ棚の前から呼び声がした。


「外国の化粧品なんかもあるのよ」

イルーシャが目を輝かせるコーナーは、ジャングルみたいな店内の中では比較的きれいに整頓されていた。


「庶民向けの掘り出し物も多いから、いつもチェックしているの」

それでもお高いけどね、と色粉が入った小箱を見比べるイルーシャ。


確かに見るだけでも楽しい店である。

ちょうど、店員が通りかかったので声をかけてみた。


「すみません。メルカーさんの紹介なんですけど……」

立派なモミアゲのダンディが即座に反応した。


「ああ、君かい? 会長から聞いてるよ!」

(会長!? ってことは……メルカーさん、実はかなり偉い人?)


驚いているうちに、奥へと案内された。

丁寧に椅子を勧められ、いくつかの冊子を渡される。


「今、お茶を淹れさせてるからね。それを見ながら少し待っててくれるかな」

恐縮しつつも手元の冊子を開けば、どうやらカタログのようだ。


「なんでも、新しいベッドの材料を探してるとか。うちは外国の珍しい物を色々揃えてるから、気になるものがあれば教えてほしい」

ゴワゴワした厚めのページをめくると、木材、釘、糸、紐、毛皮――材料系のカタログだろうか。



出されたお茶が冷めるのにも気付かず、真剣にページをめくる。

そんな垂を、店員は興味深そうに眺めていた。


太い眉毛が素敵な商人メルカーさんは、番外編のex.1 小話『ふくろう亭の新サービス』が初登場です。

ご興味のある方は、ぜひそちらも覗いてみてください。



お読みいただきありがとうございます。

引き続き日常回……と思いきや次回、トラブル発生です。

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