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20. 初任給とお買い物②

活動報告にこれまでの話のおさらいと、今後の展開を少しだけ公開しました。

よろしければそちらもご覧ください。


工場の同僚イルーシャと休日の買い物を楽しむ垂だったが……トラブル発生です。


(ロープベッド? じゃなくて編み上げ式の、なんて言うんだっけ……)

すいはご機嫌だった。

背中に背負った袋には、何種類かの紐と角材。雑貨屋「金の働きアリ」で購入したベットの材料たちだ。


「ふんふん、ふーん♪」

両手に小箱を大事そうに抱えるイルーシャもご機嫌である。


「スイちゃんのお連れ様かな? じゃあお友達価格でどうだい?」

値札を見て悩むイルーシャに、店員さんがサービスしてくれたのだ。


雑貨屋の後は、イルーシャの案内で商店街のウインドーショッピングを楽しんだ。

いくつか必要な日用品も買い、「そろそろ帰らないと」と言う垂だったが。


「だめだめ、お昼も一緒に食べよ?」

イルーシャが軽食屋を指さす。


「でも……そろそろ昼寝しないと不味いんです」

人混みで疲れたし、気絶する前に宿に帰らないと。


「いいから、いいから。お姉さんに任せなさい」

渋る垂をイルーシャはぐいぐいと店内へ引きずっていく。


「カラン」

軽いベルの音が響き、薄暗い店内に入った。

通りから少し入り込んだところだからか、中は空いていた。

店員に「2人よ」と告げると、イルーシャは垂を店内奥のベンチ席に案内した。


「ここね、穴場なの」

イルーシャが秘密を打ち明けるように小声で話す。


「食事は美味しいんだけど、注文してから料理が来るまですっごく時間がかかるから、あんまり客がこないのよ」

ここなら昼寝できるわよ、とウインクしてみせるイルーシャ。


「イルーシャさん……」

「ほら、イル様はできる女だから。デートコースも完璧よ」

胸を張るイルーシャに垂は感謝した。


『78』


ちょうど視界に赤数字が表示されていたのだ。

先ほどイルーシャと別れなくて良かった。危うく宿に着く前に行き倒れるところだった。


「イル、ありがとうございます」

小さな店内は外の喧騒から切り離され、ベンチシートのひんやりとした感触が心地よい。

まぶたが自然と重くなり、そのまま、垂は静かに眠りに落ちていった。





◇◇◇

「ねえ、まだ時間あるでしょ? せっかくだから、可愛い服とか見に行かない?」


昼寝と食事を終えた2人は、再び商店街をぶらついていた。

ちなみに、食事は素朴だけど美味しかった――半時ほど眠った垂が起きてから、配膳されるまでさらに30分は待ったが。



イルーシャの言葉に、垂は一拍、返答に迷ってから肩をすくめた。


「そういうの、あんまり合わないですし……」

「そもそも、なんで“俺”って言うの? ずっと気になってたんだけど」

垂はふっと息を吐いて、少しだけ視線を外した。


「あー……。そんな深い理由があるわけでもなくて。

……道端で突然『女の子』が寝ていたら、ちょっと無用心じゃないですか? いろんな意味で」


イルーシャは一瞬考え、頷いた。

短く切りそろえた黒髪、女性にしては鍛えられた筋肉、なんの面白みもない灰色一色の格好。

確かに、いつも突然眠気に襲われる垂には、仕方のない選択かもしれない。


「だから、格好も……少しでも注目されないように、ってこと?」


「ま、そんな感じですかね……」

あはは、と笑う垂に、イルーシャはまだ納得できないのか口をヘの字に曲げた。


「じゃ、今日は大丈夫ね。私がついてるんだもの!」



◇◇◇

その後、垂はめっちゃ連れ回された。

試着、試着、また試着。


荷物が増えた2人は、ようやく帰路につくことにした。


「イル。今日は色々とありがとうございました」

垂の腕には水色の飾りが揺れていた。羽根とハートの飾りが付いたブレスレットだ。


「どういたしまして。でも結局服はそのまんまなのね」

若干不満そうにしながらも、イルーシャは腕を掲げた。

垂と同じ、色違いのピンクのブレスレットがついている。


可愛い服を頑なに拒む垂に、イルーシャが腕輪をプレゼントしてくれたのだ。


「ブレスレット、ありがとうございます。大事に――」


「きゃあああぁぁっ!」

突然の悲鳴に2人は振り返った。

通りを歩く人々が何かから逃げている。

人がはけた空間に、うぞうぞと黒い影が這い回るのが見えた。


「インク! こんな街中に!?」

2人も慌てて走り出すが、行く手にもインクが現れたようだ。

足に絡まれた者が尻もちをついて動けなくなっていた。

気分が悪くなり、うずくまる人も続出している。


なかなか進めず立ち往生しているうちに、一匹のインクがイルーシャに襲いかかった。

垂は反射的に、イルーシャをかばうように前に飛び出した。


(弱点は……目!)

荷物の角材をインクの目を狙って振りかぶる。

しかし、大ぶりな攻撃はぬるりと躱され、煤を撒き散らしながらインクの牙が垂に迫った。


「ざしゅっ」

刹那。

横から突き出されたレイピアに、インクは串刺しにされていた。


「大丈夫か!?」

褐色の髪を束ねた青年が、心配そうに垂をのぞき込んでいる。


「あ……ありがとう、ございます」

インクに近づかれた怖気と恐怖で、言葉に詰まりながらもなんとかお礼を言う。


「良かった! スイさんに何かあったら、あいつにドヤされるからな」

快活に笑う青年に、垂はきょとんとしている。


「あの、俺のことご存知で……?」

「あれ? 忘れちゃった? ほら、街に入る時に――」

「街に入る手続きをしたの俺なんだけど」と説明されるが、顔……全く覚えてないや。


「あー……忘れちゃったか。俺、アミックス、"冷血の狩人"フミンの唯一の親友さ。ミッキーでいいよ」

話しながらも、フミンの親友を名乗る青年は何匹かインクを仕留めていった。


いつの間にか兵士が数人集まっており、周囲の混乱も落ち着きつつあった。


「さ、スイさん。そろそろ帰るなら送っていくよ?」

スイが落とした買い物を拾い集め、アミックスは手を差し出した。


「ちょっとちょっと。なんなの、あのイケメンは!?」

ようやく落ち着いた様子のイルーシャが、目の色を変えて垂に駆け寄ってきた。

アミックスの顔をチラチラ眺めている。


「前から思ってたんだけど、スイ、あなた何者なの? 工場では特別だし、『金の働きアリ』の店長とは知り合い――」


「お友達かな? お嬢さん、ごめんね。俺仕事があるから、スイさんを送り届けてすぐ戻らなきゃいけないんだ」

話を遮るアミックスの笑顔に、頬を染めて目を逸らしたイルーシャは、早口で垂に囁いた。


「……とにかく、今度教えてね。あとアミックスさん、紹介してちょうだい!」

絶対よ! と念押しするイルーシャに、苦笑いしつつ垂は手を振った。


アミックスが着いておいでと手招きしている。


「アミックスさん! 先ほどはありがとうございました」

あと一瞬、助けが遅ければインクに噛みつかれていただろう。

インクに噛まれたところは、痺れて動かなくなると聞いたことがある。危なかった。


「送っていただかなくて大丈夫です。一人で帰れますから」

兵士のアミックスには他にも仕事があるはずだ。これ以上、手を煩わせるわけにはいかない。


荷物を受け取ろうと手を伸ばすと、アミックスはその手をやさしく制して微笑んだ。


「フミンに頼まれたんだよ。それに、レディに荷物を持たせるわけにはいかないからね。宿までエスコートさせてくれるかい」


(フミンさん、心配性すぎるよ……)

工場からの帰り道に毎日迎えに来るのもそうだ。

宿の女将曰く、日本人の垂はこの辺りの人たちに比べて幼く見えるらしいが──


まあ、正直いろいろあって疲れていた。

荷物も思ったより重く感じていたし、ここはありがたく甘えさせてもらうことにしよう。


しばらくの間、二人は黙って並んで歩いた。


「あの、アミックスさん――」

「ミッキーでいいよ」


商店街を抜けたあたりで、垂が口を開いた。


「インクを倒すお仕事って、大変だって聞きました。さっきも街に現れて……」


「ああ、驚いたよな。最近は街中でも見かけるようになってきてる。でも大丈夫。俺たち兵士がすぐ駆けつけるから」


そう言われても、垂の表情は晴れなかった。


「街の外では、兵士の皆さんと狩人の方たちが協力してインクを討伐してるんですよね? 今は、どんな状況なんでしょうか。……その、最近フミンさんがすごく忙しそうで」


心配そうな顔を見たアミックスは、何か珍しいものでも見たかのような表情を浮かべた。


「もしかして、フミンのことが心配なのかい?」


──そりゃそうだ。 森にはトラックより大きな蛇もいた。そんな中、ずっと単独で狩りをしているフミンは大丈夫なんだろうか。


「……え? なんで笑うんですか?」


急にアミックスが笑い出したものだから、垂は不満そうに眉を寄せた。


「大丈夫、大丈夫。あいつ、めちゃくちゃ強いから」


睨みつける垂に、アミックスは宥めるように言ってから、ふと立ち止まり、少し考えるような顔をした。


「スイさん、ありがとう」


突然の言葉に、垂はきょとんとしてアミックスを見上げた。


「フミンさ、最近ちょっと表情が柔らかくなっててさ。機嫌もいい。……君のおかげだよ」


「……?」


『君のおかげ』という言葉に、垂は首をかしげた。

何がそんなに可笑しかったのか、アミックスは声を出して笑った。


「無口な奴だけど、君のことはちょくちょく話すんだ。寝られないあいつのために、いろいろ工夫してくれてるんだろ? これからも頼むよ、無理のない範囲でね」


とりあえず、夜のアイマスク活動は気に入ってくれている、ということで良いのだろうか。

ちょっと押しつけがましかったかと心配していたから、少し安心した。


宿の前に着くと、垂は荷物を返してもらった。


「今日はありがとうございました」


「いや、こちらこそ。親友の新しい友達と話せて、楽しかったよ。困ったことがあれば、南門の詰所においで。力になるから」


褐色の髪を揺らして去っていく彼の背に、垂は声をかけた。


「ミッキーさんも、お仕事気をつけて。頑張ってくださいね!」




お読みいただきありがとうございます。

本日20時頃に、もう一話更新予定です。

眠りの神様から重大発表です。

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