最終話 十年後
天界に戻ってから、十年経った。
神からすると十年なんてのは一瞬もいいとこだけど、人間からするとかなり長い時間だというのは、下界に降りた件で学んだ。
レーアたちがどうなったのか気になる。
だから俺は、もう一度“ラナイ”としてフリーデに行くことにした。
このことを武神と女神に報告すると、
「またついていってやろうか?」
「私も行っちゃおうかしら」
などと言ってきたが、今回ばかりは「一人で行かせてくれ」と固辞した。
そして、下界に降りる黄金のゲートの前に立ち、
「我は“人”として下界に降りる! その許可を与えたまえ!」
こうして俺は十年ぶりに下界に降りた。
***
短い草が生い茂る平原を歩き、フリーデに到着する。
前回は旅人リップのおかげでたどり着けたが、今回は自力だ。俺も成長しているな。
あの大きな城壁はそのままだが、だいぶ開放的な門になっている。
前来た時は、巨大な要塞に入るような気分だったのに。
手続きを済ませ、俺は都市部に入る。
街並みはだいぶ変わっていた。
なんていうか、前より質素になった。
ゼーゲルが支配していた頃は、華美で煌びやかな印象だったが、だいぶ雰囲気が大人しくなっている。
もっとも俺はこっちの方が好きだ。
街中を歩く。
噴水があった。この近くには俺が笑ってしまったイラナミ神像があったはずだが、あれは撤去されている。
まあ、はっきりいって似てなかったし、レーアたちが撤去してくれたのかもしれない。
でかい神の像を建てて、みんなで崇めましょう……ってのも、従来のイラナミ教からすると、らしくないしな。
そのまま、かつて大神殿があった方に向かう。
ゼーゲルの居城ともいえた大神殿は、だいぶ小さく、素朴なデザインになっていた。
かつての大神殿はゼーゲルの野心を具現化させたような代物だったので、やはりあの後取り壊し、改築したのだろう。
しかし、新・大神殿ともいえる建物は、白を基調とした石造りの建物で、しっとりとした美しさを醸し出す。
そのしっとりさは、どこかレーアを思い出させる。
俺はまっすぐ歩いていく。
大神殿に、レーアやディゴスはいるだろうか?
不安と期待を抱きつつ、俺は新しい神殿の敷地内に入っていく。
すると――いた。
白い僧衣をつけて、神殿の周辺を掃除している女性がいた。
すぐに分かった。あれはレーアだ。
「レーア!」
俺が声をかけると、
「! ……ラナイさん!?」
“ラナイさん”と言ってくれたのが俺は嬉しかった。
レーアは美しく成長していた。
あでやかな長い黒髪とぱっちりとした黒い瞳はあの頃のままだが、大神官としての威厳や貫禄、責任感みたいなものが、彼女をより魅力的にしている。立派になった。
その成長ぶりに、俺は思わず目を細めてしまった。
「来て下さったんですね」
「ああ、もう一度ぐらい“人”として降りたいと思ってね」
「確か30日間は“人”のまま、ということでしたよね。ぜひゆっくりなさって下さい。こちらへどうぞ」
レーアに促され、神殿内の応接室に案内される。
俺とレーアは小さなテーブルを挟み、向かい合うようにソファに座った。
ティーカップで出された紅茶は、香ばしくていい味だった。
ゼーゲルを倒し、俺が天界に戻った後――あれからすぐフリーデでは国王の視察が行われた。
レーアはこの機に、ゼーゲルのやってきたことを全て訴えた。ゼーゲルは正式な領主ではなかった上、街一つを私物化させた罪は重いとして、その命で罪を償うことになった。ドラゲノフも同じ運命を辿ったようだ。
レーアが国王に「イラナミ教は質素にやっていく」と告げると、国王はその信念を気に入り、イラナミ教の庇護を宣言する。
ドミル王国がイラナミ教の存在を正式に認めてくれたことで、今後ゼーゲルのような輩が現れる心配はなくなったといっていい。
その後、レーアはスラム民だった者たちを中心に、かつてのイラナミ教を取り戻す活動をし、それらはようやく形になりつつある。
レーアはディゴスと結婚したそうだ。
二人の結婚が俺には嬉しかった。俺には子供はいないけど、親が我が子の結婚を知った時の心境はこういうものなのかな、なんてちょっと想像した。
レーアとディゴスの間には、フィーネという娘が生まれ、今は5歳になるという。
一家は神殿で暮らしており、ディゴスは娘と買い物に行っているとのこと。
「じゃあ、ちょっと待たせてもらおうかな。あいつにも会いたいし」
「きっと驚きますよ、あの人」
「だろうね。ディゴスは信心深いところあるし……」
「そうなんですよ。あの人、毎日のお祈りは私以上にしっかりやりますし……」
「あー、そういう感じする!」
俺とレーアが盛り上がっていると、ディゴスが娘と一緒に帰ってきた。
かつては猛獣のような顔つきだったが、だいぶ穏やかになった。きっとこれが本来の彼なのだろう。
ディゴスは俺を見た瞬間、目を丸くしていた。
「ん? あ、あんた、いやあなたは……イラナミ神様!」
「今はラナイでいいよ」
「そうですね。ええと、じゃあラナイさんと呼ばせて頂きます。ほらフィーネ、挨拶しなさい」
「はーい! あたし、フィーネです! こんにちは!」
「俺はラナイって言うんだ。こんにちは」
娘フィーネは黒髪をお下げにした可愛らしい少女だった。
レーアのしっとりとした美しさを受け継ぎつつ、目鼻立ちはディゴスの凛々しさの面影がある。
レーアとはまた違うタイプの女性に成長していくのだろうな。
「ディゴスに似なくてよかったな」
俺がからかうように言うと、レーアとディゴスは笑っていた。
「“人”になって降りてきたってことは、しばらく下界にいてくれるんですよね? 新しくなったフリーデを楽しんで下さい」
ディゴスに言われ、俺は笑顔で応じる。
「ああ、前回は散々な目にあったから、そうさせてもらうよ」
「なにしろ天界から降りてきた日に捕まって、処刑されそうになったんですもんね」
レーアにからかい返され、俺は「あれはホント参った!」と頭をかいた。
それから俺は一ヶ月間、たっぷりとフリーデを堪能した。
レーアたち一家と遊んだり、一人でぶらぶらしたり、イラナミ信徒に混ざってイラナミ神に祈ってみたり……前回とは方向性が違うが、密度の高い30日間を過ごせた。
そして神に戻れる日になって、俺はレーア、ディゴスと別れた。
おそらく彼らが生きている間には、もう俺は下界に降りることはないだろう。
しかし、彼らのことはずっと気にかけていきたいと思う。見守っていきたいと思う。
***
天界に戻った俺は以前にもまして、熱心に修行する。
武神と女神が近づいてきた。
「熱心にやっとるな」
「私たちもうかうかしてると、神としての実力を抜かされちゃいそうだわ」
俺は二柱にニヤリと笑い返す。
「レーアたちがあれだけ頑張ったんだから、俺も頑張らないといけないからな」
この返事に、武神も女神も顔をほころばせていた。
俺の神としての日々はこれからも続く。
レーアとディゴス、イラナミ教のみんなは今日も懸命に生きている。
だったらイラナミ神である俺も、彼らが信仰するに値する、立派な神にならないとな!
おわり
以上で完結となります。
最後までお読み下さりありがとうございました。
少しでも楽しんで頂けたら、評価・感想等を頂けますと嬉しいです。
今後も様々な小説を書いていきますので、よろしくお願いいたします。




