第38話 君は一人じゃない
目の前には美しい景色が広がっていた。
桜が咲き誇り、川辺に散った花びら達が流れていく。
穏やかに風は流れ、心地好さ以外を感じる事はない。
桃源郷というものがあるならきっとここだろう。俺はそう思った。
青々と生い茂る草花の上を歩き、あの異世界でよく着ていた制服のポケットに手を突っ込む。
思えばポケットに手を入れるなんて久々かも知れない。
いつもあいつらが俺の腕を取るから──
……あいつら?
何故だろう、すぐには思い出せなかった。
とても大事な人達で、命を懸けて守りたいと思う人達。
そんな存在を思い出せないなんて……夢じゃあるまいし。
そこまで考えついた時、ぽつりと言葉が溢れた。
「……死んだのか……俺は……?」
実感はない。
ただ、今俺の身に起こっている事を客観的に考えた結果を口にしていた。
俺の心に生まれるのは生への諦め。
もう……やれる事はやった筈だ。
後は皆が何とかしてくれる。
もう顔も思い出せない皆が……
──駄目だ、大切な約束があった筈だ。
誰かの声が聞こえる。
──お前にしか出来ない、お前がやらなくちゃいけない事が。
姿は見えないが俺とよく似た声。
──また……あいつを一人にするのか。
その言葉に、俺の脳裏に一筋の電流のようなものが走る。
──久しぶりだネ、ユウ!
──……やっばいネこれ。すっごいドキドキする
──あたしを助けてくれてありがとう、あたしを諦めないでいてくれてありがとう
──大好き、ユウ!!
そして、最後の言葉に強烈に頭が痛んだ。
──……お別れだネ……ユウ
「……ルーク……!!!」
俺は全身から汗が噴き出すのを感じた。
どうして忘れてたんだろう。
あの俺を惹き付けて止まない笑顔を。
あいつが──ルークが待ってる!!
死んでる場合じゃない……!!
俺は走った。
生い茂る草花の中、脇目もふらず。
見えない出口に向かって喉が裂けそうになりながらも。
「……ハァッ……ルークッ……ルークッッッ……!!」
ただひたすらに彼女の名を呼ぶ。
しかし未だ終わりは見えない。
「……クソッ……俺はもう駄目なのか……!?」
膝に手を着いて諦めかけたその時だった。
「──諦めるなんて君らしくないね、後輩君」
俺は……すぐに顔を上げる事が出来なかった。
俺の目の前に誰が居るかなんて、見なくても分かってるさ。
ずっと聞きたかった声だ。
涙が出る程に待ち望んでいたんだから──
「……先……輩……」
「約束、守ってくれたね」
「え……?」
「もう一度会えたら、また私を先輩って呼んでねって言ったじゃん。忘れてたの?」
「……忘れる……訳ないでしょ……ずっと、ずっと……俺は……!!!」
彼女は涙で未だ前を見れない俺を、優しく抱き締めてくれた。
「分かってる。君の事なら全部分かってるよ」
「……っ……先輩……!すみません……助けられなくてっ……!!」
「謝るのは私の方だよ。ごめんね後輩君、君の心に傷を残しちゃった……」
「違うんです、俺は……!!」
「良いんだよ後輩君……もう良いの。私は君の心の中に居れて幸せだったから」
「俺は……先輩の願いを踏みにじったのに──」
「そんな事ないよ。君は十分頑張った。私達の為に良く頑張った!」
「……先輩……メリア先輩……!!」
「ありがとね、後輩君──」
「……ぁぁああ……っ!!!」
俺は泣いた。
彼女の名を何度も呼びながら。
子どものようにいつまでも、いつまでも──
※
「後輩君、そろそろ時間だよ」
「……嫌です」
「駄々こねないの。これ以上ここに居たら──」
「本当に死んじゃう?」
「君がずっとここに居るつもりなら、そうなるかもね」
「……え……?」
俺はスッと立ち上がった彼女を見上げた。
その顔は厳しく、俺をまっすぐに見つめている。
「君は今自分がどこに居るか分かってる?」
「……それは……」
俺が体験しているのは、恐らく臨死体験とでも呼ぶべき、生と死の狭間。
「本当は分かってんでしょ?ここに居れば居るほど帰れなくなるって」
「俺はそれでも──」
「怒るよ?」
「……いてっ」
先輩は俺の額に強めのデコピンを食らわせてくれた。
……分かってますよ。それでも……俺は……
「なんて自信の無い顔してるのー?私の知ってる君はいつだって最強の男の子だったよ?」
「俺は……そんな大それた男じゃないです……今だって怖くてたまらないんですよ……」
「……何が怖いの?」
「そんなのっ……!!」
俺は先輩の両の肩を掴んで、縋り付くように顔を歪めた。
「先輩を生き返らせれるか……ずっと怖くてたまらないんですよ……!!こうしてまた会えたならもうずっとこのままっ……!!」
「……」
先輩は何も言わずただ俺の言葉を待っている。
それが何よりも俺の心を見透かしているようで、徐々に俺は本音を吐露し始めていく。
「……ずっとこのまま居たい……そう思う自分も嘘じゃないんです。だけど本当は分かってる……帰らなくちゃならないって……」
「……」
「……俺、ちゃんと先輩とまた会えると思いますか?」
「……」
「……先輩?」
とうとう質問にまで答えてくれなかったので思わず呼んでしまう。
先輩は少し俯いた後、冷たい視線を俺に向けた。
「どうだろうね」
「……そこはまた会えるよって言う所でしょーに」
「だってそんな淡い希望に縋り付くような後輩君、私の知ってる後輩君じゃないもん」
「……だって……」
「私の知ってる後輩君ならこう言うよ。"絶対また会う"ってさ」
「……分からないじゃないですか。何が起きるか分からないんですから……」
「……そっか。私は君をそこまで追い詰めちゃったんだね」
「そ、それは違っ──」
先輩は俺にその先を言わせなかった。
優しく俺の唇を自らの唇で塞いだからだ。
「……先輩……?」
「今のは誓いのキス」
「え……?」
悪戯な笑顔がよく似合う彼女は、俺の唇に人差し指を乗せた。
「君が私との約束を忘れない為のね」
「約束……?」
「後輩君、約束して」
「は、はい……」
先輩は俺の額に自分の額を押し当てた。
鼻先で目を瞑る彼女の瞳は微かに濡れていた。
「私とまた会ったら────って言って」
「そ、それが約束……?」
「そう。君が私の英雄で居てくれる、誓いの約束」
「……分かりました。ちなみに破ったらどんな罰があるんです?」
「お、ようやく後輩君らしくなってきたね。そうだねぇ……一生童貞の呪いとか!」
「……それは本当にあり得るから困るな……」
俺の前世は童貞のまま──
いや、今はいい……
先輩は一歩だけ、俺より前に進んだ。
そして振り返らずに言葉を投げ掛ける。
俺は一つも余さずそれを受け取った。
「だったら、意地でもまた私と再会すること」
「……はい」
「ずっと、私達みんなの英雄で居ること」
「……はいっ……!」
「そして……私を忘れないこと」
「……絶対、忘れたりしません……!!!」
俺は溢れる涙を止める事が出来なかった。
先輩はそんな俺から更に一歩、歩みを進めて黄金に輝く未来に俺を招いた。
「君は一人じゃない。いつだって私が、みんなが居る。さぁ、みんなが待ってるよ。行ってこい私の後輩君!!!」
俺は大粒の涙を流しながらも、満面の笑みで答えた。
「はいっ!!!」
俺は駆け出した。先輩の横を走り抜けて。
決して振り返る事はしなかった。
先輩が、皆が、俺の背中を押してくれている。
希望に満ちた、幸せな未来へと──
お読み下さりありがとうございます!
次回、いよいよ最終話となります。
感慨深いものがありますね……
また活動報告にも色々書こうと思いますので、良ければ最終話後そちらも見て頂ければ幸いです!
ぜひ明日もよろしくお願い致しますm(_ _)m




