第29話 聖樹の桜
─どうしてなの、滝川。
目の前で暗いオーラを纏いながら、マーネの遺体から高坂の声が響く。
「ユウ、危ない!!」
キスをしていたルークが、不意に密着していた俺の体を突き飛ばした。
「痛っ……ルーク!?」
「……あたしは……だ、大丈夫……だから……」
ルークは亡骸となっている筈のマーネに、心臓の辺りを手刀で背中まで貫かれていた。
吹き出した血が、喉に絡み付き苦しそうにしている。
「くそっ……!」
俺はすぐにルークの体から腕を引き抜こうと駆け出した。
だが、それをルークが止める。
「あたしはいいから……!ユウは高坂を探して……!!」
ルークは自らを貫いている腕を、懸命に両手で抑えている。
そのまま膠着状態に入る事でマーネを留めるつもりなのだろう。
「ユウ……!!早く……!!」
「……っ……!……すぐに高坂を見付けるから、死ぬなよ!!」
「誰に言ってるの……あたしは不死身の吸血姫ダヨ……!」
ルークは吐血しながらも、ニッと笑った。
彼女の頑張りを無駄にしない為にも、全神経を張り巡らせて魔力探知を掛けた。
──どこだ……高坂……!!
真っ白い空間の隅々まで調べたが、高坂の反応は無い。
こうなりゃ仕方ない。
「いつまでも隠れていられると思うなよ……!」
俺は体の内にある精霊の力、更にその奥にある聖女の力を解放した。
体全体が黄金に輝き出し、溢れる生命力に反応し、聖樹内部の空間であるこの場所に、緑が芽生え始める。
足元から生えるそれらは、聖樹内部の構造を感知するのに役立った。
伸びる枝にそっと触れると、詳細なイメージとして、高坂の居場所を感じ取れた。
「……上、それも天辺か!」
分かれば簡単だ──
「……ユウ、気を付けてネ……」
「行ってくる!!」
黄金色の輝く全身が、光の残滓を引きながら、白い空間の真上目掛けて、翼をはためかせた。
天井のようなものがあるかと思ったが、一向にそれがらが現れる事は無く、ただひたすらに上へ上へと登りつめた。
やがて、ルークの姿も見えなくなった頃だ──
「……!!」
……何か、空気……いや気配が変わった感覚があった。
冷たいけど、どこか優しさを感じる懐かしいあいつの持つ気配。
今はそれを魔力として感じ取れてしまう。
──近い。
そう直感した俺は、スピードを落とし、高坂へと声をあげた。
「高坂!!そろそろ姿を見せてくれ!!頼む!!」
反響もしないこの空間に、虚しく俺の叫びが上空へと消えていく。
このままグダグダやってたら、ルークが……!
「……そうかよ、分かったよ。俺も覚悟を決めるよ……」
高坂は今、この樹と深く繋がっているような感覚を先ほど覚えた。
この空間で起きる事は漏れ無くあいつに伝わってるって事だ。
恥は捨ててやる……!
「高坂ー!!よーっく見とけ!これが俺の生まれたまんまの姿だー!!」
俺は黄金の輝きを抑え、着ていた服を全て脱ぎ去った──
「お前がこのまま姿を現さないなら──聖女の輝きを股間に集めてやる!!」
本当に聖女の力を股間に集約させとうとした時だった。
「……何をしているのバカ川」
「高坂!」
※
「……ユウも行っちゃったし、そろそろ本気で行くヨ──」
魔装──あたしにユウと、そしてマーネがくれた力を身に纏う。
「……んっ……!ぐっ……!!」
あたしは力の限り、胸を貫くマーネの腕を引き抜いた。
後方へ飛び退いた後、フラフラとこちらへ歩いてくる、マーネの遺体を見つめた。
「……ルー……ク……」
「マーネ……」
あたしの胸中にある想いは、正直な所ぐちゃぐちゃだ。
最愛の人がゾンビのような出で立ちではあるが、あたしの目の前で動いている。
たぶん、さっきのユウの言葉が無かったら、あたしは今すぐマーネに抱き付いていた。
「ヒヒ……これってもしかして浮気なのかな」
ユウというものが有りながら──
とは言え、同一人物だし正確には浮気じゃ無い筈。
──ま、詭弁カナ。
だってやっぱりマーネとユウは違うもん。
きっと、マーネならさっきのユウみたいに、はっきり告白なんてしてくれない。
一番大事な芯の部分は同じだと思うけど、ユウはユウ、マーネはマーネなんダヨ。
そしてあたしはもう決めてる。
マーネとは、ユウと契約を交わしたあの夜。
あたしが作ったお墓の前で別れを告げた。
出来る事なら、もう一度マーネと一緒に歩いて行きたかった。
でも、今あたしにはそのマーネ自身が繋いでくれた、あいつと同じ器の持ち主が、隣に居るから──
「マーネ、あたしはネ──ユウと幸せになるヨ」
この先、何百何千年経とうと、マーネへのこの愛は変わらない。
ユウは怒るかもだケド、……怒ってくれたら嬉しいんだケド。
──だからこそ、あたしはユウを大好きで居れるんだ。
彼の魂には別れを告げた。
今度は彼の肉体に別れを告げる──
「さよなら、マーネ──」
あたしは魔力を手のひらに集め、ユウの得意技でマーネを送る。
「──魔力砲」
この真っ白い空間では、魔力砲による攻撃の余波で、何かが傷付く心配は要らない。
だからあたしは最大出力で、愛しい彼を消し去った。
こうする事がマーネの為なんだ。
ずっとあんな風に十字架に磔にされて、いいように"聖職者達"に弄ばれて……
長かったよネ、ごめんネマーネ。
これで正真正銘、この世にマーネのカケラは存在しなくなった。
魂も肉体も、何もかもこのあたしが消し去った。
まるで、マーネが全てをユウに紡ぐかのように──
「……うっ……あぁ……!」
覚悟は決まってた筈なのに、やっぱりちょっと泣いちゃった。
この涙は許してネ、ユウ。
魔力砲がマーネの肉体を消し飛ばした後、不思議な現象が起こった。
ユウが先程まで居た場所に、聖樹の枝が伸びてたんだケド、急速にそれが太い幹へと変わっていく。
その姿には見覚えがあった。
マーネと初めて出会った時、あたしが登っていた大きな桜の木。
今はびっくりするくらい大きな木になっているケド、そうだあの時はこのくらいの大きさだった。
やがて聖樹の枝から出来た桜の木は、その花びらを散らし始めた。
一人泣いているあたしを優しく包むように──
「……あ」
あたしの足元に、桜の花びらが1ひら。
それを右手で拾い、舞い散る桜の様子を見守ってしまった。
思い出すのはマーネのクエストだった、花びらの採取。
あたしは花びらを手渡し、そこからマーネと仲良くなった。
それがあたし達の出会い。
まるで、お別れの為にマーネがあたしに花びらを渡してきたかのようなこの光景に、もう涙は見せなかった。
花びらの全てが散り終え、聖樹の枝が見せた悠久の記憶に酷似した光景。
その最後、あたしの耳元に、最愛の人の声が届いた気がした。
──今までありがとう、ルーク。
あたしは遥か先、天空まで届く聖樹の天辺を見上げた──
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